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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
57/85

57 平日


 くあ、と欠伸を噛んだ。


 なにもない平日。

 久しぶりに、平常運転の「人形屋」である。

 雨のせいか、今日は来客もゼロだ。


 パルテノは在庫チェックをしながら、店内の掃除をしている。

 アオイは店の奥でマチルダの遊び相手になっている。

 先ほどから少し芳ばしい香りがしているので、なにか料理をしているのかもしれない。


 そして、俺は。


 なにもしていない。


 さらに言うと。


 なにも考えてない。


 暑くも寒くも無く、乾いても湿ってもいない部屋で、うかうかと目を瞑り、店の奥から聞こえるマチルダの楽しげな声と、外の雨音と、ドアの隙間から入ってくる濡れた土の匂いに浸っている。


 実を言うと。

 こういう時間が、俺は結構、好きだった。


 ああ。

 なんつーか。


 いい感じだ。


「カワカミ殿」


 ふと。

 パルテノが、掃除をしながら俺に話し掛けた。


 俺はんー、と返事を返した。


「あの、ちょっと今、お時間よろしいですかな」

「んー、まー、ダメ、とは言えないっすね。見ての通り、なんもしてないんで」

「では、あの時の続きを、教えてくださいますかな」

「あの時の続き?」


 俺は右目を開いた。

 パルテノははい、と言って、俺の方を向いた。


「ほら、例の"(すず)"のことです」

「ああ」


 俺は再び、目を瞑った。


「あんま人に話すよなもんじゃないっすけど」

「それは申し訳ない。ただ私はどうしても、あの不思議な魔具が気になってまして」

「は。全く、物好きっスね」


 俺はくすりと笑った。

 すいません、とパルテノは律儀に頭を下げた。


「言っときますけど」

 俺は目を閉じたまま、肩をすくめた。

「俺は、聞かない方が良いと思いますよ」


「ほう、それは何故」

「面倒だからっス」

「面倒」

「はい。"鈴"のことは、俺達の"事情"と切っても切れない話ですから。そいつを聞いちまうと、あなたも、俺達と切っても切れなくなっちまうかも」

「カワカミ殿たちとの縁が切れなくなる」

「へえ、そうです」

「私としては、それはむしろ臨むところですが」


 パルテノは口髭をさすりながら、にやりと笑った。


「そんな軽はずみに返事をしていいんですかい? 俺たちとあなたはまだ浅い縁だ。まだまだ因縁は軽い。しかし、これ以上は、引き返せなくなるかもしれねぇスよ」

「ここは平気だと言わせていただきましょうか。話を聞いても、私は絶対に後悔はしない。私には、そう言える根拠がありますから」

「へえ。何です? その根拠ってぇのは」

「心からマチルダ様に惚れているからです」


 パルテノは躊躇いなく言った。

 真顔である。

 俺は肩をすくめた。


「まったく、はあ、呆れたことを言いますね。いい年をしたおじさんが」

「愛に年齢は関係ありますか?」

「へいへい、分かりましたよ」


 しょうがないなあ、と俺は息を吐いた。

 どうやら引き下がりそうにない。


「あれはエネルギーを貯蓄するタンクタイプの装置です」

 と、俺は言った。

「古代宝具【メッサーの鈴】を改良して造られた貯槽型の古代具。"特殊な状態にある人間"が発するエネルギーを吸い取り、溜めることが出来るんです」


「特殊な状態、ですか」

「はい」

「それはどのような」

「知りたいっスか」

「是非」


 俺は薄目を開けた。

 それから「死です」と言った。


「死」

「そうです。人の"死"。人間が息絶えるその瞬間に発生する生命エナジー。そいつを丸ごともらい受けることの出来る呪術具です」

「人間の死をエネルギーに変える――そ、そのような禍々しい魔導具がこの世にあるのですか」


 パルテノの額に、じんわりと汗が滲んだ。 

 あるんです、と俺は頷いた。


()()()を創った人間は発狂して死んだと言われています。ま、扱いのすこぶる難しい下手物(ゲテモノ)っすね。鈴の使用は世界の国際法で禁じられていて、もちろん所持も赦されません。故にその所持や使用がバレたら、裁判なしで即有罪、いかなる使用意図があろうと酌量はありません。つまりこの話をきいてしまったパルテノさん、あなたはもう、共犯者ということになります。もう、善意の第三者ではいられない」


 パルテノはごくりと息を呑み、真剣な瞳で俺を見た。

 俺はニシシと笑った。


「ほら、聞くんじゃなかった」

「……いえ、そんなことはありませんよ」


 パルテノは微かに笑い、首を振った。


「しかし――では、つまりカワカミ殿とマチルダ様は、そのために、即ちその"死のエネルギー"を溜めるために、この暗殺業をやっておられるワケですか」

「そういうことっすね」


 俺は肩をすくめた。


「だから俺たちは善人なんかじゃないンすよ。これは謙遜でも卑下でもなくて。正真正銘、俺達は悪党なんです。()()()()()()()なんです。自分達のために、人の命を"頂戴"してるンだから。だから、依頼主から感謝される謂われもない」

「……なるほど。あなたたちが、目標(ターゲット)を"悪人"に限定する理由も、得心が行きました」

「ま、そりゃね」

 

 俺はうん、と伸びをした。

 さすがに、目が覚めてきた。


「しかし、この間の闘いで、せっかく溜めていたエネルギーをかなり消費してしまいました。また、溜め直しです」

「そうでしたか」

「うん。これからまた、たくさん働かなきゃね」


 俺は自らの額をぺしりと叩いた。

 話に区切りをつけたつもりだったが、パルテノはさらに半歩、俺に近づいた。


「もう一つだけ、聞いても良いでしょうか」

「なに?」

「カワカミ殿は、鈴を使ってエネルギーを溜め、一体、何をするおつもりなのでしょうか」

「知りたい?」

「出来ることなら」


 俺はうーん、と唸った。


「ま、そいつは、止めておくよ」

「……そうですか」

「パルテノさん。あなたのためにも、ね」


 俺が人差し指を向けると、パルテノは首を傾げて、「どういう意味でしょうか」と、問うた。


「言葉のままです。世の中には、知らない方が良いことってもンがある。それはパルテノさん、あなたがどれだけ歴戦の猛者であろうとも、ね」

「それは……そんなに危険なことなのでしょうか」

「というより、マチルダさんの出自が関係してますから」

「マチルダ様の――出自?」

「ええ。あの人、実は結構、色々とややこしい人でね。ただ憧れるだけなのは良いけど、それ以上は、本気で深入りはしない方が身のためです。"鈴"の秘密なんか比べ物にならないほど、マチルダという人間は複雑で深刻(シリアス)ですから」

「先にも言いましたが、覚悟は出来ております。マチルダ様を敬愛しておりますから、どんなことでも知っておきたい」

「マチルダさんが好きなら、なおのこと聞かない方がいい」

「それはどういう――」


 と、パルテノが前のめりに聞いてきたとき。

 

「カワカミー!」


 とてとてと、マチルダが走ってきた。


「なー、カワカミ! これからおままごとすんだけど! お前もやれ!」

「おままごと、ですか」

「そうだ!」


 マチルダは何故か胸を張った。

 その後ろから、足音もなくアオイが歩いてきた。


「お前が父親だ! んで、アオイが母親!」

「マチルダさんは何役をするんです?」

「あたしはお前らの子供で、名門高校のエースの役だ! ガラスの肩を持ってて、本気を出せない悲劇のヒーロー役だ! んでもやっぱり無理して、そこからは打者に転向してまた甲子園目指す役だ!」

「その王道スポ根設定いります?」

「私とカワカミ様が夫婦」


 つと、アオイが口を挟んだ。


 頬に両手を当てて、微かにはにかんでいる。

 表情には乏しいが。

 彼女はなんだか嬉しそうだ。

 つかアオイちゃん、夫婦の意味知ってンのかな。


「ほい。じゃ、家族みんなでお買い物いこっか」

「買い物?」

「うん。今日はみんなでお出かけなのだ」


 マチルダはそう言うと。

 俺とアオイの間に入り、右手をアオイ、そして左手は俺、という具合に3人で手をつないだ。

 そしてそれから。

 俺たちは店内や台所や廊下を巡ったりして、その都度都度に店員や客の役割なんかを交互に立ち回り、そうやって拙い買い物ごっこをし、最後にまた店の売り場に戻った。


 なにこれ、と俺は思った。


 なにこれ。

 なんか、スゲー幸せなんスけど。


「ああ、そうだ。パルテノさん。さっきの話ですけど、やっぱり今日はもうやめて、あれはまた今度に話しましょう――」


 俺はパルテノのことを思いだし、ふと彼の方に振り返った。

 すると――


「マチルダ様。このパルテノのことは、おままごとに誘ってくれないのですね。親戚のダンディな叔父さんの役とか架空の店員の役とか、この老兵にも色々と役回りはあったはずなんですけど」


 パルテノは部屋の隅で背中を丸めて泣いていた。

 いい年をしたおじさんが。


 ままごとに入れてもらえず、涙をボロボロ流していたのだった。


 俺はくすりと笑った。


 今日ってなんもない、超フツーの平日のはずなのに。

 特に特別なイベントはなにもないのに。


 思い掛けず、労働意欲が出てきていた。


 うし。

 んじゃ、また明日から適当にやっていきますか。



ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] マチルダさんの口から『甲子園』なんて固有名詞が出てくるってことは──!? [一言] 終盤の怒涛の展開は、まさに手に汗握るものでした。 いつか続きが書かれることを熱望して、ブクマはその…
[一言] カワカミさんの飄々としながらもマチルダさんを大切にしている二人の関係がだいすきです!いつかまた二人と周りの人たちの日常が見られたらうれしいです。
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