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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
55/85

55 契約


「新しい契約主になってください、か。まいったね。そいつは、はあ、どうしましょうか」


 カワカミはそのように一人ごちると、しばらく考え込んだ。


 彼がアオイの提案の返事をするまでの間。

 静寂の中。

 アオイの運動機能は著しく低下し、ところどころ不具合を起こしていた。

 カワカミ様は果たして、どのような返事をするのか。

 私のことを嫌がっているのではないか。

 それを考えると、彼女の目の前はゆらゆらと揺れ、身体の動きが鈍った。


 胸がドキドキした。

 自分はなにか、とんでもないことを言い出したのではないかと心配になった。


「……すいません。もしかして、場違いな無礼を働きましたでしょうか。私は、人間の社交というものがよくわかっておらず」

「ああいや、そういうことじゃなくて」


 カワカミは苦笑した。


「俺としては、まあその、提案自体は、そんなに悪くない申し出だと思ってるンすけどね。ただ、なんつーか、"魂の契約"とかそういうのは、なンかちょっと違うんじゃねーかなって――」


 と、そこまでカワカミが喋ったとき。

 部屋の奥から「ガシャーン!」という、陶器が盛大に割れるような音がした。


「どうかしましたかー?」


 カワカミが首を伸ばして声をかけると、奥からエプロンを付けた男――たしか、パルテノという名だったか――がバタバタと小走りで現れた。


「も、申し訳ないですね。少し、マチルダ様がお暴れに」

「あらら。まだご機嫌ナナメですか。しょうがないなあ」


 カワカミは頭を掻きながら、はあ、と息を吐いた。


 しかし、その瞬間。

 カワカミははたと、何やら思い付いたような顔つきになった。


「そうだ、パルテノさん」

 カワカミは言った。

「ちょっと、マチルダさんを連れてきてもらえますか」

「マチルダ様を?」

「はい」

「ここへ呼んでも、良いんですか?」

「はい」


 カワカミは、アオイの方を見ると、少し嬉しそうににこりと笑った。


 ∇


 カワカミはちょっと待ってくださいねと言った。

 だからアオイは待った。

 待つのは得意だった。

 カワカミからの指示ならいくらでも待てる気がした。

 何時間でも。

 何日でも。

 何年でも。


「あ、そうだ」


 何かを思い出したように、カワカミがアオイの近くまでやってきた。

 それから、瑪瑙のついた短刀を取り出し、彼女の両腕を縛り付けていた拘束具を切り落とした。


「……よろしいのですか」

 と、アオイは問うた。

「このようなことを勝手にしては、先程の御方に叱られるのでは」

「叱られるのはいつものことスから」

 カワカミは苦笑した。

「それに、こんな格好のままマチルダさんにアオイちゃんを紹介したら、マチルダさんに殺されちゃうから」


 カワカミは冗談ぽく言って、自分でへへと笑った。

 アオイは「ありがとうございます」と言った。

 そして、首を傾げて、

 

「あの」

「はい?」

「何故、私が拘束具をつけていたら、そのマチルダという御方がカワカミ様を殺すのでしょうか」

「そりゃ、マチルダさんはアオイちゃんのことが好きだから。あんな粗末な扱いしてたらぶちギレちゃいます」

「私のことが……好き?」

「はい。あの人、なんかキミのこと、大好きなんスよね」


 カワカミは肩をすくめた。

 アオイは考えた。

 好き。

 好きとはなんだろうか。

 何故、私が好かれているのだろうか。


「んだよー、カワカミよー、テメーよー」


 と、その時。

 店の奥から、小さな女の子が不機嫌そうに歩いてきた。

 彼女が。

 マチルダ。


 見覚えがあった。

 あの夜。

 私を壊した少女。


「言っとくけどよー、あたしはまだ拗ねてるぞー。繊細な乙女心傷心祭り、絶賛開催中だぞー。どんなうめーチョコだろうが、どんなキュートな人形だろーが、あたしの乙女心は動かねー……ぞ……?」


 そこで。

 マチルダははたと、アオイの方を見た。

 そしてアオイの存在に、気付いた。


「な……んだ? お、お前……」


 マチルダは目を大きく開いて。

 両手を突き出して、ヨロヨロと、アオイの方にちかづいた。

 そして、アオイがアオイであることを確信すると――


「なんだよ! お前! あんときのトワイライト人形じゃねーか! 生きてたんか! 生きとったんかワレ!」


 そう叫んで、アオイの胸に飛び込んだ。

 アオイは慌てて両手を広げて、マチルダを抱き止めた。


「おい! カワカミ! どういうことこれ!? 夢か!? 夢なんこれ!?」

「夢じゃないです」

「アオイが生きてる! 生きてるんだけど!」

「はい。生きてました」

「なになに!? じゃードッキリ!? これドッキリ企画!? どっからドッキリ!? こないだあたしがカワカミの布団でおねしょしたとこから!? それをこっそり干したとこから!? あれもドッキリ!?」

「ドッキリでもないです。つか人の布団で何してんスか」


 カワカミは頭を掻きながら言った。


「んでね、マチルダさん。俺、ちょっと考えたんですけどね。彼女を、ここで雇おうかなと考えてまして」

「マジ!?」


 マチルダはすっかり元気になって。

 アオイの腕の中で、やったー! と叫び声を上げた。


「カワカミ様。それでは」


 アオイはカワカミを見た。

 カワカミはうんと大きく頷いた。


「アオイちゃんの言い分は分かったよ。オーケーだ。俺はキミと"契約"する」

「ほ、本当ですか」

「うん。ただし」


 カワカミは指を一本、立てた。


「それは"魂の契約"なんかじゃなくて」

「魂の契約では……ない?」


 そう、とカワカミは頷いた。

 それから言った。


「魂とかなんとか、そんな大袈裟なもんじゃなくて、もっと普通の契約。ただの雇用契約。俺とアオイちゃん、お互いが平等で対等な権利を保証するための、労使協定契約だ」

「雇用……契約?」

「そ。つまり俺は今日から、キミの雇い主ってことになる」


 それでもいいかな? とカワカミは聞いた。


「ああ、ドリトルミのおっさんのことなら大丈夫。あの人、俺達にたんまりツケがあるからさ。今回はギャラの代わりに、アオイちゃん、キミの身元引受人にさせてもらう」


 カワカミはそういうと。

 親指を立てて、口の端を上げた。


 少し、頭で情報を処理するのに時間がかかった。

 やはり自分は鈍っているようだと、彼女は思った。

 しかしこの感情は、なんとなく理解出来た。

 こういうとき。

 きっと、人間は「嬉しい」というのだろうと、ぼんやり考えた。


「アオイ! お前、ここで働くんか!」


 マチルダが、目をキラキラさせながら聞いてくる。


 アオイは「はい」と頷いた。

 そして。


「働きます」


 と、答えた。


「よっしゃー!」


 マチルダの歓喜の声が、店中に響き渡った。


 パルテノがうんうんと頷いている。

 クルッカはマジかよと眉を寄せて少し引いている。


 そしてアオイは。


 彼女自身は気付いていなかったが。

 とても嬉しそうに。


 微笑んでいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] マチルダも嬉しそうで何より。
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