53 β
アオイに似た彼女は、両手を強力な呪符を練り込んだ拘束具でグルグル巻きにされていた。
どうやら敵意や殺意などはなく、また、人を殺傷するほどの能力も無さそうには見えたが、そのデザインと機能から見て、彼女がアオイと同じトワイライト人形であることは間違いなく、突然秘めたる能力を発露させないとも限らないため、少々可哀想だがこの手械は当然と言えた。
「ドリトルミさん」
俺は頬杖を外し、少し背の退け反らして言った。
「申し訳ないンすけどね、少しだけ、"彼女"と二人きりにさせてもらえませんか」
俺が言うと、ドリトルミは少しだけ皺の浮いた左頬を動かした。
それからしばし黙考したあと、「良いだろう」と頷いた。
「しかし、大丈夫なんだな」
「ええ。ま、いざとなれば、ここにはマチルダさんがいますし」
俺はそういうと、店の奥をちらと見やった。
ドリトルミは相変わらずの仏頂面で、うむ、と低く唸った。
「まあそうだな。だが念のため、我々は店の外で待っている。何かあれば問答無用で即時突入する」
「了解っス。頼りにしてます」
「それから、ガロワの行方など事件の淵源について何か分かったら、後で詳らかに教えろ」
「もちろん」
俺は作り笑いを浮かべて、ぺこりと頭を下げた。
ドリトルミは口を一文字に結んで目を切ったあと、くるりと踵を返し、部下たちを引き連れて店を出ていった。
俺はパルテノを見やり、うん、と一つ頷いた。
すると彼はクルッカに目で合図をした。
クルッカはよく分からないという感じで首を捻った。
パルテノは「野暮な男だ」と呟くと、クルッカの首根っこを掴み、クルッカを引き摺るようにして店の奥へと引っ込んで行った。
みんなが出ていくと、室内には沈黙が落ちた。
アオイは黙っていた。
こうして改めて白日の元で見ると。
恐ろしく綺麗な顔立ちをしている。
いつまでも見ていたくなるような、そんな顔。
「さあて、どこから行きましょうかね」
多少の気まずさを誤魔化すように。
俺はうん、と伸びをした。
「あんまり回りくどいのは性に合わないんでね。申し訳ないが、まずは単刀直入に聞こうかな。キミはあのアオイちゃんとそっくりだけど――彼女とはどういう関係なのかな」
女性は無表情のまま。
俺を見て、「本人です」と言った。
「本人?」
「はい。私の名前はアオイ=クスノキです」
俺は首を傾げた。
こいつはどういうことだ。
「ふむ。なるほど"本人"か。……ただね、俺の知ってるガロワの傀儡だったアオイちゃんは、数日前に亡くなってるンだよね」
「はい」
「なら、今、ここにいるキミは一体、誰なんだい? ってことになっちゃうンだよねぇ」
「私は――私です」
「それはつまり、キミは俺とイエローチャペルで闘った、あのアオイちゃんだという認識でいいのかい?」
「その問いの答えは恐らく、半分だけ"イエス"となります」
「半分?」
「はい」
俺は唇を尖らせて、むー、と唸った。
いよいよよく分からない。
「それは具体的に、どういう意味なのかな」
「私はアオイ=クスノキ本人です。しかし、"容"が違う」
「容?」
「加えて、"契約"も違う。"魂"と"記憶"も少し、違う。しかし、"意識"としては、アオイのそれをほとんど継承しております」
ふーむ。
難しい。
つまり、本体は違うが、中身は同じと言いたいのだろうか。
「……なるほど、はあ、だから"半分"、ね」
俺はしばし考えて、人差し指を立てた。
「それじゃあ、質問を変えよう。アオイちゃん。キミは、今の俺を殺す気はあるかい?」
アオイは少しだけ間を開けてから、「ありません」と答えた。
助かるよ、と俺は苦笑した。
「つまりキミは、自らをアオイ本人だと認識しているンだけど、あの時とは身体と、それからガロワとの関係性――つまりはガロワとの"契約"が違っていると、そういう解釈でいいのかな」
「そうです」
アオイは頷いた。
「私は先の戦闘で身体の"核"を破壊されました。その事により、私の魂は消滅し、意識は霧散し、私は人形に戻った――はずでした。しかし、どういうわけか、気がつくと再び意識が戻っていました。あらかじめ用意されていた別の"身体"βに、私という"意識"が移動していた」
俺は目を細めた。
「……そいつは、ガロワが仕組んだことなのかな」
「恐らくは。私の核が破壊されたら、自動的にこうなるように予め設定されていたものと思われます」
「うむ。今のキミはまだ、ガロワの支配下にいるのかな」
「いえ」
アオイは首を振った。
「先程も言いましたが、私にあなたたちを傷つける意図はありません。人間を殺せ、という指令もありません。既にすべての命令は無効となっており、即ち現在、私は私の意思でここにいます」
「もう、ガロワとの"契約"は完全に切れていると」
「はい」
「それは、君が一度死んだからかい?」
「そうかもしれません。もしくはガロワ様の方が契約を無効化したか、或いは」
「或いは?」
「或いは、ガロワ様が、死んでしまっているか」
ガロワが死んだ。
アオイは相変わらず抑揚や節を全く付けず、淡々とそのように語った。
そこには、やはり感情は介在していないように見えた。
そっか、と俺は肩をそびやかした。
「それじゃあ、最後にもう一つだけ、質問させてくれるかな」
「どうぞ」
俺はふむ、と小さく唸った。
「アオイちゃん。今のキミには"自由意思"があるんだよね」
「はい」
「それじゃあ」
俺は右の眉辺りをほりほりと掻いた。
それから、一番聞きたかったことを、聞いた。
「それじゃあ、キミはどうして俺に会いに来たんだい?」




