51 涙
激突の瞬間。
目も眩むほどの激しい光が、イエローチャペルを包み込んだ。
その刹那、俺もパルテノもクルッカも、そして瓦礫もチャペルも荒れ野も、その全てが白く白く照らされた。
不思議と音は消え、暴風と静寂と白光の中で、2つの影が交差した。
アオイは6つの腕をマチルダに向け、光を放射しながら前進した。
街が一つ吹き飛ぶほどのエネルギーを蓄えた光量子。
マチルダはそれを真正面から大鎌で受け、地面を抉りながらジリジリと後退したのち――
それを天空へと弾き飛ばした。
そのエネルギー波は夜空を駆ける龍のように上昇し、第12地区の街全体を照らし出した後、やがて満月に溶けるように霧散した。
その直後。
アオイはもう一度、マチルダに向けて銃口を向けた。
しかし、エネルギーの充填速度は鈍かった。
無尽蔵と思われたアオイのオーラに翳りが見えた。
マチルダは軽やかに地面を蹴って飛び上がり。
満月を背負って、大鎌を構えた。
そこから先は、最早人間の視力では追えなかった。
俺の"目"でも追えないほどの超スピード。
人間の限界を越えた神速。
しかし、そのとき確かに。
音の消えた世界で――
死神が踊った。
アオイの身体はそれを証明するかのように。
まるで糸の切れた操り人形のようにくるんと回り。
身体を捩らせたままゆらゆらと揺れ、不恰好にその場に崩れ落ちた。
地上に降り立ったマチルダの足元には、アオイの首が転がっていた。
その頭顱は人間と見紛うばかりに精密な造りであったが、血は一滴も出ていなかった。
マチルダはなにごとか呟いた。
しかしそれは、俺の耳には届かなかった。
強い風が吹いた。
塵や屑やゴミが埃と共に舞い上がった。
貧民街の汚れた風が、マチルダの前髪を揺らした。
首ハネヴィーナスは死んだ。
∇
俺たちは呆然と一部始終を眺めていた。
クルッカもパルテノも、そして俺も。
しばらく言葉が出ず、呆然としていた。
「どうしてマチルダ様の戦闘はこれほど美しいのか」
やがて、パルテノは惚けたように呟いた。
「限界まで極まった強さというのは芸術そのもの。マチルダ様は生ける美。まさに――"女神"だ」
気障なパルテノらしい言い回しだが、同感だった。
マチルダより美しいものを俺は知らなかった。
俺はへたりこんだまま、そうですねと応えた。
立ち上がろうとすると体勢を崩してよろめいた。
足に力が入らなかった。
「パルテノさん。すいませんが、少し、回復してもらえますか」
「え、ああ、それはもちろん」
「すいません。どうやら完全にガス欠みたいです。上手く立てなくて」
「分かってます」
パルテノは簡易な陣を組み、俺に手を当てて呪文を唱えた。
柔らかな光が俺の身体中を包み込んで、僅かに力が戻ってきた。
「開いていた穴が塞がっている」
パルテノが俺の腹を見ながら言った。
「それは――例の錫の力のおかげですか」
アオイに貫かれた穴は完全に塞がっていた。
俺は生々しい傷痕の出来上がった自らの腹をポンポンと叩きながら、「そっスね」と言った。
「ふむ。不思議な錫だ。エネルギーを貯蓄出来るのですか」
「ええ」
「そのようなもの、どこで――いや、それよりも、それはどういった装置になっているんでしょうか。魔導具でも斯様なものは見たことが」
「ごめん。パルテノさん、その辺はまた今度」
俺はパルテノを遮ってそう言うと、マチルダの方に目を移した。
彼女は呆然と、アオイの死体を見下ろしていた。
「今は、あの子の傍にいてあげたいので」
「……そうですね。申し訳ございません」
パルテノは頭を下げると、足を引いて下がった。
俺はすんませんと言いながら立ち上がり。
ヨロヨロと覚束ない足取りで、マチルダの元へと向かった。
∇
アオイは完全に事切れていた。
どうやら首をハネられたことで核を破壊されたようで、最早、完全に生気を感じなかった。
彼女は人形に戻っていた。
マチルダはアオイの遺骸を見つめていた。
俺が近寄ると、彼女は俺のズボンの端をぎゅっと握りしめた。
「この子」
ほつりと、マチルダは呟いた。
「なんのために生まれてきたのかな」
俺は無言で、マチルダの髪を撫でた。
アオイの生まれた理由。
俺にはその問いに返答をする資格はないと思った。
また、その答えも持ち合わせていなかった。
だから口を閉じていた。
俺がいつまでも黙っていたせいだろう。
マチルダは寄る辺ない表情で俺を見上げた。
彼女の大きな瞳には、月と、涙が浮かんでいた。
「なあカワカミ」
「はい。なんですか」
「あたし、ちょっと悲しい」
不意に。
マチルダはそう言って。
俺の腰のあたりに頭を押し付けた。
そしてそのまま。
肩を震わせて泣いた。
「マチルダさん。すいませんでした」
俺は謝ることしか出来なかった。
ふと、空を見上げた。
満月が目に染みた。
やっぱりだ。
と、俺は長い息を吐いた。
やっぱり、ドリトルミのおっさんの"仕事"は割に合わない。




