48 カワカミとアオイ
ドンッ、という腹の底に響くような重厚な破裂音がして、2つの圧倒的な力が衝突した。
二人とも体術の基本がなっておらず、完全な我流のようであったが、その動きは野生の獣のように実に合理的で直線的で、対象者を抹殺するために最善かつ最短の"暴力"そのものであった。
殺すために殴り。
死なないために防ぐ。
出来の悪い組み手のように、彼らはただ拳を交えた。
ただひたすら、殴り、殴られた。
不意に。
アオイのブローがカワカミの顎にもろに直撃した。
カワカミはバランスを崩し、後退し踏鞴を踏んだ。
アオイはその隙を見逃さず、カワカミの胸ぐらを掴んでその場に押し倒した。
そして、上からその腹を踏んだ。
ただ、ひたすらに踏みまくった。
ドスンッ、ドスンッ、と凶悪な地鳴りが響いた。
一撃一撃がまるで焼夷弾のような威力の踏みつけ。
カワカミは苦悶の表情を浮かべ、呻き声を上げ、血反吐を吐いた。
アオイはそれでもストンピングを止めることなく、無表情のまま、無慈悲にカワカミを踏み続けた。
不味い。
パルテノはカワカミにかけ続けていた肉体能力向上魔法を一時的に中断し、素早く攻撃魔法の陣を組むと、アオイに向けて氷の矢を放った。
か弱く脆弱な氷魔法であったが、彼女は一瞬だけ、パルテノの方を見た。
その瞬間、ほんの刹那だけ"隙"が生まれた。
カワカミは地面の上を時計回りにスピンして、アオイの足を払った。
今度はアオイが地面に尻餅をついた。
既に立ち上がっていたカワカミは、彼女の上に倒れ込むようにしながら、拳の連打を開始した。
「あああああああああああああああ!」
カワカミは咆哮しながら、渾身の拳を叩きつけた。
ズドドドドド、という凄まじい打撃音と共にアオイの身体は地面にめり込んで行った。
足元が覚束なくなるほどに、大地が揺れた。
「決めてしまえ!」
パルテノは思わず叫んだ。
事実、それは最後のチャンスかもしれなかった。
カワカミは見たことのないような形相を浮かべて、無我夢中でアオイに攻撃を続けた。
この好機に全てを出し切るのであろうことがまざまざと見てとれた。
――キュィィイイイイ
つと。
戦闘音に紛れて。
不吉な音がし始めた。
パルテノの胸を、厭な予感が過った
カワカミは攻撃に夢中で気付いていない。
奴が、オーラを溜めて、凶悪なエネルギー光線を発露させようとしていることに。
「カワカミ殿! 避けろ!」
パルテノは叫んだ。
その瞬間。
カワカミの身体を。
光の矢が貫いた。
∇
イエローチャペル前の荒野に、静寂が訪れた。
地面は大きく抉れ、建物は破壊され、木々は大きく折れ曲がっている。
まるで戦の後のような光景が広がっていた。
その中で、立っていたのはカワカミだった。
彼は血だらけのまま、どうにか立っていた。
パルテノはほんの短い間、安堵した。
しかし。
彼の横腹の辺りに目をやったとき。
思わず息を飲んだ。
穴が開いていた。
傷口の奥さえ見えない、深く致命的な穴。
もはや、パルテノの回復魔法では間に合わないのは明白であった。
「痛って」
カワカミは呻くように言い。
大量の血を口から吐いた。
そしてそのまま――後ろへと倒れ込んだのだった。
∇
もう動けそうに無い。
俺は地面に仰向けに倒れ込み、そのまま四肢を伸ばして仰臥した。
もはや全ての力を使い果たした。
完全なる敗北。
夜空にぽっかりと開いた穴のような満月が浮かんでいる。
ざっざっとアオイが歩み寄ってくる音がした。
やがて、視界の端に、彼女が現れた。
アオイは残しておいたらしい鉄糸を取り出し。
それで輪っかを作った。
そして、それを俺の首に巻き付けた。
俺は最後の力を振り絞って、それを短刀で斬ろうとした。
しかし、その腕をアオイに踏みつけられた。
ここに至り。
俺は観念した。
パルテノのおっさん、巻き込んですまねぇ。
クルッカは上手く逃げられただろうか。
そしてマチルダさん。
約束を果たせず、ごめんなさい。
 




