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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
47/85

47 鈴


「こいつぁ仕方ないなァ」

 俺は頭をガリガリと掻いた。

「どうやら、これしか方法は無さそうだ」

「方法?」

 パルテノは首を傾げた。

「カワカミ殿。この状況を脱する妙案があるのですか」


 まぁね、と俺は懐から(すず)を取り出した。


「妙案ってほど良いもンじゃないんだけど。ま、全員が死ぬこたぁないってことで」

「それは一体どういう――」

「出し惜しみしてもしょうがないと、まあそんな感じっス」


 そして。

 俺はその鐘の内側に貼ってある呪符を剥ぎ取った。


「カワカミ」

 クルッカが眉根を寄せた。

「そいつは、お前がいつも持ってる鈴じゃねぇか」


 俺はうんと頷いた。


「こいつのエネルギーはあんまり使いたくねーんだけどね。せっかくコツコツ貯めてきたもんだし。これで"還る"のが随分と遅れちまうから」

「還る? 還るってのはどういう意味だ? 一体、どこに還るってんだ」

「今は説明してる暇はないね。少数区域に生きて帰れたら、教えるかも」


 俺はそう言うと。

 呪符を削いだ鈴を振り上げた。

 

解錠(バーゼム)


 俺が呟くと。

 鈴はほんの小さく、本当に微かにキュゥゥウウ、と鳴り始めた。

 そしてそのまま浮き出すと、俺の頭上で止まり。


 そこから。

 淡雪のような丸い光球が降り注いだ。


 ――と。

 次の瞬間。


 ズドン、と銀の光柱が俺の身体を貫いた。


 ∇


 クルッカがカワカミと出会ってから、もう数年は経つ。

 その間。

 マチルダの強さというのは何度も見てきた。

 その異次元の強さはまさに魔人と呼ぶに相応しく。

 人間の限界を遥かに越えていた。

 

 しかし。

 カワカミが戦闘をしているのは数えるほどしか見たことが無かった。

 奴はいつも後方支援が専門で。

 舞台を整えるまでが"仕事"だ。

 時折トドメを刺すことはあっても。

 カワカミ自身が戦うところは滅多に見なかった。


 それでも、奴の強さの検討はついていた。

 恐らくは中の下程度。

 俺より少し下くらいのはずだ。

 体術も力も、暗殺者の世界では並以下。

 "目"だけは異常に発達していたが、それを差し引いても、有能な部類とは呼べなかった。


 ――だが。


 今、目の前で光を纏うこのカワカミは。

 間違いなく、Sクラスのアサシンである。

 マチルダを除けば。

 この街で最も強いと言えた。


「人形屋、おめぇ、その姿は」


 クルッカは息を呑み、聞いた。

 するとカワカミはこちらを見ずに応えた。


「クルッカ。パルテノさん。二人は逃げてくれ。とりまここは、俺が――出来るだけ時間は稼ぐ」


 ∇

 

 どうせ死ぬなら全滅より一人の方が効率が良い。

 カワカミはそのように言いたいのだろうとパルテノは思った。

 とことん合理主義のカワカミ殿らしいと、彼は思わず苦笑した。


 カワカミは白く輝いていた。

 身体中をエネルギーが包み込み、アオイとほぼ同じ量のオーラを纏っている。

 どのような技を使ったのかは解らないが――完全に、覚醒したようだ。


 しかし、それでも。

 アオイとはほぼ互角のオーラ量といったところ。


 現在発露されている量が同じ。

 これは即ち。

 アオイの勝ちは約束されているということ。


 アオイにはオーラの総量に底が無い。

 積んでる貯槽(タンク)の差だ。 


「クルッカ」

 パルテノは言った。

「悪いが、一人で逃げてくれ。私はここに残――」


 そのように言いかけた時に、パルテノは気付いた。

 クルッカは、既に逃げ出していた。

 

 パルテノはくすりと笑った。

 うむ。

 それで良い、と。


 ∇


 アオイは驚いていた。


 人間とは弱く脆い生物だと考えていた。

 これまで、どの人間も自分には敵わなかった。

 比肩することもなかった。

 闘いにすらならなかった。

 挑んで来るものもいなかった。


 しかし。

 目の前の男は。

 私に臨もうとしている。


 勝ち目が無いことは薄々感じながら。

 仲間を逃がすために。

 闘いを挑もうとしている。


 ――お前さんを殺したくはねェんだ。


 この男――カワカミと言ったか――はそう言った。


 殺したくない。

 そう言った。

 壊したくない、ではなく。


 ()()()()()()、と言ったのだ。


 その時。

 アオイの胸がとくん、と跳ねた。

 なんだろうか。

 この胸の高鳴りは。

 無いはずの体温が上昇した気がした。

 無いはずの脈が鼓動を速めた気がした。


 そして同時に。

 戦意喪失を感じていた。


 闘いたくない。

 そう。

 アオイは、闘いたくないと思った。


 アオイは刹那、混乱した。

 どういう感情なのか、自分でも理解不能だった。

 ただ――カワカミという男とは闘いたくない、と思った。

 彼を殺したくない、と思った。


「お前に、恋心というものが分かればな」


 ガロワがかつて言っていた言葉がアオイの中で瞬いた。


 もしかして。

 もしかして、この感情が――


 しかしその葛藤は。

 彼女が自ら確認できた最後の理性に過ぎなかった。


 【人間を殺せ】


 再び。

 頭の中で、指令が響いた。


 アオイは「了解」と呟くと。

 カワカミに向かって、弾丸のように飛び出した。

 


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