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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
46/85

46 変形


 アオイの操る全ての鉄糸を斬り終わったとき。

 俺とクルッカは血塗れだった。


 アオイの動きは素早く、かつ鉄糸の運動(モーション)を完全に把握することはとても不可能で、身体の至るところに生々しい切り傷と擦過傷が出来ていて、そこから真っ赤な血がいいだけ流れ出ていた。

 ただ幸いにも、二人ともなんとか致命傷だけは避けた。

 クルッカは太ももを大きく切り裂かれたが、傷は太い動脈までには至らず済んだようで、大事にはならなかった。


「お疲れ様です」

 パルテノはにやりと口の端をあげた。

「どうにかなりましたね。さすがです、カワカミ殿」


「いや、さすが、じゃないっス。ヤバいっス」


 俺は肩で息をしながら、しんどー、とその場にへたりこんだ。


「っとによ。やってらんねぇ。めちゃくちゃ痛ぇよ」


 クルッカは顔をしかめながら自らの傷だらけの身体を視認した。


 同意だった。

 身体中が痛かった。

 多分、俺達はそれぞれ三桁は斬られた。


 他方。

 パルテノはほとんど無傷だった。

 彼は経験なのか見切りなのか、ほとんどランダムで規則性のない鉄糸の動きを避け切った。

 このおっさんこそ"さすが"の一言だ。

 

 もちろん。

 アオイの方も俺達3人相手では無傷というわけにも行かず、ダメージを食らっている。

 まず、先にも言ったように彼女の武器である鉄糸は全て切断した。

 さらにクルッカの炎と、パルテノの打撃+魔法による攻撃で、その身体の節々が焦げたり身切れを起こしたりしている。

 しかしそれでも彼女は無表情でケロリとしており、その外見からどの程度ダメージを与えているか類推することは困難だった。


 だが、それでも。

 アオイの攻撃の9割を占める"糸"が無くなった今。

 既に決着はついたと言えた。

 あの鉄糸は武器と同時に、防具でもあった。

 ここから先。

 丸腰で俺達と戦わなければならない。


 現時点でこちらのダメージは大きくとも。

 少なくともパルテノはまだピンピンしているし、俺とクルッカもまだまだ戦闘には参加出来る。

 "糸"を無くした彼女に、勝機はない。


 俺たちは無防備となったアオイを取り囲んだ。


「ここに至っても、降参はしねぇんだよな?」


 クルッカが、顎を上げながら言った。

 アオイは無言だった。

 戦闘態勢を崩さないその姿勢が答えだった。


「既に勝敗の決まった上での戦闘は本意ではないが、仕方無かろう。これもまた、運命」


 パルテノはそう言うと、両手を合わせて陣を組んだ。


「ねーちゃんよぉ、本当に良いんだな?」


 クルッカも、スーと息を吸い込み、両手に炎を纏わせた。


 俺もそれらに倣い。

 無言で、刀を構えた。


 アオイはその姿を視認すると。

 突然、脱力したように両手をぶらりと下げた。

 一瞬だけ、降伏の合図を出したのかと思った。

 さすがに諦めたのかと、刹那、感じた。


 だが。

 そうではなかった。


「……戦闘様式(バトルモード)へ移行」


 背を丸め、アオイは呟いた。


「バトルモード?」


 俺は眉を寄せた。

 なんだそれ、と続けようと口を開けたが、次の瞬間に起こったことを見て、そのままあんぐりと、短い時間、自失した。

 

 アオイの瞳がぐるんと回り。

 白目が無くなり、瞳が全て真っ赤に染まった。

 それから「クキキキ」と気味の悪い音を立てながら、肩、肘 腰などの関節が変形していく。

 ジャコン、という機械的な効果音がして、腕が六本に増えた。

 それぞれの関節からは銃口のようなものが剥き出しになり、キュイイイインという、エネルギーを充填するような音がした。


 ヤバい、と思った。

 しかし――その"兵器"はアオイのヤバさの始まりに過ぎなかった。


 ほとんど同時に。

 アオイの身体全体から凄まじい量のエネルギーが発露された。

 それは質量を持って可視化したオーラとなり、淡い紫の光が彼女を包み込んだ。

 こいつがマジでヤバかった。

 このオーラ量。

 マチルダと闘った時のパルテノの魔力を遥かに凌いでいる。


 とてつもない強さ。

 背骨に氷柱を突っ込まれたように、身体がぞわりと戦慄した。

 

「な、なんかヤバくね?」

 クルッカはごくりと喉を鳴らし、ジリジリと後ずさった。

「これ、もしかして本気で超絶ヤバいやつじゃね?」


「不味いな」

 パルテノは額にびっしりと、玉のような汗をかいていた。

「非常に不味い」


「パルテノさん」

 俺はアオイを見つめながら言った。

「あんた、マチルダさんと闘ってから、どれくらい力が戻った?」

「5割……いや、せいぜい4割と言ったところでしょうかな」


 パルテノは苦笑した。

 俺も苦笑した。

 形勢は一瞬にして翻った。


 それも。

 圧倒的に。


 隠し持っていた力の差が、あまりに大きすぎた。

 俺の認識が甘かった。

 錬金術により誕生した生命体が、よもやここまで強かったとは。


 不味いな。

 こりゃあ、勝てない。


 と、その時。

 アオイから発せられていた音が止んだ。


「二人とも、私の後ろに!」


 パルテノが叫んだ。

 いつの間にか、彼は防御壁を顕現させていた。

 俺とクルッカは咄嗟にそこに逃げ込んだ――


 その直後。

 アオイから、強烈な光が放射された。

 その光矢は凄まじいエネルギーの塊だった。

 軌道上を石畳が抉れ破壊されるほどに強力な光線だった。

 激しい爆風を伴いながら、その光は俺達に向かって飛んだ。


 パルテノは魔法壁を斜めに傾けて、エネルギーを上方へと()()()()

 光はパチュン、という音を立てて後方の時計台に突き刺さった。

 石造りの建造物はあたかもチョコレートのようにどろりと熔けて、その遥か後方までをも焼き貫いた。

 街に――風穴が空いた。

 まるでSF映画で見たレーザービーム。


 ヒュー! とクルッカが悲鳴に似た口笛を鳴らした。


「なんつー威力だよ! おっさんがいなきゃ死んでたぜ!」

「残念だが、今の一撃を防いだことに――さして意味はない」

「どういうことだよ!」

「そのままの意味だよ。どの道、私たちに助かる道はない、ということだ」


 パルテノはククと笑った。

 何かを察したような笑みだった。


 俺ははあと大きく息を吐いた。

 パルテノの読みはほとんど俺と同じだ。

 先ほどのレーザー砲。

 あんな()()に時間を要する技なんか怖くない。

 どれだけ強力な力であろうと、避けて逸らしてしまえば対処出来る。

 本当にヤバいのは。

 あれだけの超エネルギーを放射した直後なのに、彼女を包むオーラが微塵も減少していないところだ。

 この超回復力からして。

 彼女の気力は無尽蔵と思って良い。

 つまり。

 今より彼女は、先ほどの一撃と同様の破壊力を持って肉弾戦を挑んで来る。

 これから先。

 アオイの一撃一撃は、全て俺たちの命を根刮(ねこそ)ぎ刈り取る文字通りの"必殺の拳"というわけだ。

 まともに食らうのはもちろん。

 かするだけでも致命傷となる。

 触れるだけで肉は焼け落ち。

 内腑は裂け。

 骨は砕ける。


 完全に見誤っていた。

 さすがにここまで強いとは考え及ばなかった。


「お、おい! おっさん! カワカミ! なんか秘策はねーのか! このままじゃ、俺たちゃ全滅だぞ!」

「残念ながら、無い」


 パルテノは応えた。

 パルテノは既にチョーカーを外している。

 つまり、すでにリミットは解除した状態。

 それでも、これだけの差があるのだ。

 

「カワカミ殿」

 パルテノは苦笑した。

「マチルダ様を置いて来たのは間違いでしたな。どんな理由があろうと、彼女は連れて来るべきだった」

「お、おい! なんだよそのセリフ! もう諦めたのかよ! 俺ぁまだまだ死にたかねぇぞ!」


 クルッカは地団駄を踏みながら喚きたてた。


「諦めはしないさ。最後まで足掻く。だが、私は現実主義者(リアリスト)でね。白状すると、先ほどの魔法障壁に全て持っていかれた。もう、魔力がほとんど残ってない。最後の一撃すら撃てそうに無い」


 パルテノはそれでもなお、戦闘姿勢を取った。

 それは戦士としての誇りのように見えた。

 クルッカはヤベーヤベーよと喚きながら、尻餅をついた。


 アオイは悠然とこちらに歩いてきた。


 完全な異形な(かたち)となった、人形が。

 俺たちを殺すために、向かってくる。



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