45 戦闘
「おいおい、こいつぁマジか。このクッソ美人のおねーちゃん、マジもんで人形なのか。創りもんなのか。マジくそ信じらんねー。どう見ても人間じゃねぇか」
イエローチャペル前の荒れ野。
向かって右手の路地から、ピンク髪をした痩せぎすの男――クルッカが、ポケットに手を突っ込み、やや背を丸めて、がに股で歩いてきた。
「確かに信じられぬが、こうして目の前に存在するのだから仕方ない。現実とは、時に空想を越えるもの。人間の偽物が、本物となることもあるようだ」
そして向かって左側の路地から、軍服に身を包んだ長身で筋肉質の壮年男――パルテノが、軍人らしいキビキビとした足取りで歩いてきた。
「キミたちね、あんまり失礼なこと言うもんじゃないよ。借り物の身体という意味なら、俺らだって似たようなもんじゃあないか」
そして、俺。
この三人で、アオイを三角を描くように取り囲んだ。
アオイは身動ぎもせず、俺たちを順番に見た。
こちらの強さを確認しているようだった。
「念のために聞いておくんだけど」
俺は少し顎を引いて、アオイを見た。
「キミは、自分の意志で人を殺しているのかい?」
アオイは俺を無感情に見つめた。
創り物の瞳。
"色"が無いのは当然だ。
「私に意志はございません」
アオイは言った。
「私はただ、主様から命令を受け、常に使役される存在」
だろうね、と俺は頭をガリガリと掻いた。
「なら、俺たちがもう殺人を止めてくれと言っても無駄かな」
「はい」
「俺はさ、出来ればお前さんを殺したくはねぇんだよね。だから出来ることなら、大人しく投降して欲しいンだけども」
「それは出来ません。私の行動規範は既にガロワ様によって決定済みです。魂の契約により、変更は不可」
「ガロワはどこだい。姿が見えないようだけど」
「禁秘事項です」
「俺たちの動きに気付いて、逃げたんじゃないのかい?」
「禁秘事項です」
「キミを棄てて、逃げたんじゃないのかい?」
「禁秘事項です」
「そっか」
すっかり承知の上。
彼女に自由意思なし。
思っていた通り、完全な傀儡。
仮にこれからガロワを探しに追っても、この彼女は全力で止めに来る。
戦闘は――不可避。
俺ははあと小さく息を吐いた。
ここまで気が進まない仕事も久しぶりだ。
俺は懐から短刀を取り出して、言った。
「仕方ねぇなァ。それじゃあ、始めようか」
∇
俺の言葉を合図に、状況は開始された。
まず、クルッカが飛び上がり、口許に二本の指を当てて強力な火炎を吐いた。
彼は炎使いだった。
刹那、夜が昼に変わったように辺りが赤く染まった。
アオイは炎を横に飛び退いて避け、建物を蹴ってクルッカ目掛けて突進した。
速い。
クルッカはすんでのところで彼女の攻撃を交わし、体制を反転させて、アオイの腹に手を当てた。
次の瞬間、クルッカの掌からは炎の塊が放出され、アオイの腹を焼き飛ばした。
アオイは煙を発しながら教会の壁に激突した。
クルッカが追撃しようと追いかけようとしたとき――
「止まれ! クルッカ!」
俺は叫んだ。
クルッカは動きを止めた。
「な、なんだ、人形屋」
「トラップだ。よく目を凝らせ」
よく見ると。
夜の荒野のそこかしこが、キラキラと輝いている。
"糸"だ。
先程のやり取りの最中に、彼女は糸を張り巡らした。
恐らくは触れるだけで致命傷だ。
「言ったろ。彼女の武器は鉄糸だって」
俺は小刀を取り出した。
鉄と瑪瑙を削り特別な加工を施した短刀。
マチルダ用に創られただけあって――かなり斬れる。
「まずはあの厄介な蜘蛛糸を斬らねェとな」
その戦闘の間に、パルテノは詠唱を済ませて、自身と俺に運動能力向上の魔法を掛けた。
そのおかげで、体術が苦手な俺の能力は一時的に上がっている。
俺はまず、張り巡らされた鉄糸を斬るために跳んだ。
アオイ本体から最も離れたところの糸に刃で斬りつけると、ギャン、という鈍く不快な音を立てて、それは断ち斬れた。
よかった。
斬れた。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
これならなんとかなりそうだ。
この調子ですべての糸を斬りさえすれば、奴に武器は無くなる。
やることがハッキリすれば思考が楽になる。
俺はさらに砂塵を残して跳ねた。
――と。
その刹那。
視界の端に気配を感じた。
気づいた時には遅かった。
目の前にはアオイがおり、それを認識したのとほぼ同時に、激しい衝撃が頭部に走った。
俺は彼女の渾身の右ストレートをモロに食らい、土製の東の廃墟へと吹き飛ばされた。
「大丈夫ですかな」
壁に激突し、地面へと崩れ落ちたところには、丁度パルテノがいた。
彼は俺を労うと、アオイを目で牽制した。
「まあまあ大丈夫じゃないっす」
俺は口許の血を拭いながら立ち上がった。
「あの糸に気を取られすぎちゃいました。さて、どうしましょうかね」
「私とクルッカ殿で人形の気を反らします。カワカミ殿は、あの面倒な糸を斬ることに専念してください」
パルテノの視線の先を目で追う。
すると――先程までピンと張り巡らされていた鉄糸は、たわみ、揺れ、まるで意志を持ったようにうねうねと蠢いていた。
「か。自在に操れるのかい」
俺は額をほりほりと掻いた。
「こいつはいよいよ厄介だねェ」
あの鉄糸。
恐らくは触れるだけで皮膚を裂き、肉に突き刺さる。
完全に避けきることは、人間には不可能だろう。
「そう悲観するものでも御座いませんよ」
パルテノは目を細めて言った。
「彼女のあの慌てた様子。どうやら、どうしても"糸"は斬られたくないようだ。それはつまり、あの糸はそれほどストックが無い、ということの証左」
「なるほど。そんじゃ、あんまり痛い想いをせずに済むかな」
「そのためにも、糸の処理は出来るだけ手早く御願いしたい」
「うん。俺もそうしたい」
会話をそこで打ちきり。
俺とパルテノは二手に別れて跳んだ。
「さて。あの糸でどれだけ身体を斬られるかねェ。とりま、太ぇ血管だけは斬られねぇように」
俺はひとつ、苦笑を噛んで。
アオイに向かって突っ込んだ。
 




