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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
45/85

45 戦闘


「おいおい、こいつぁマジか。このクッソ美人のおねーちゃん、マジもんで人形なのか。創りもんなのか。マジくそ信じらんねー。どう見ても人間じゃねぇか」


 イエローチャペル前の荒れ野。

 向かって右手の路地から、ピンク髪をした痩せぎすの男――クルッカが、ポケットに手を突っ込み、やや背を丸めて、がに股で歩いてきた。


「確かに信じられぬが、こうして目の前に存在するのだから仕方ない。現実とは、時に空想を越えるもの。人間の偽物が、本物となることもあるようだ」


 そして向かって左側の路地から、軍服に身を包んだ長身で筋肉質の壮年男――パルテノが、軍人らしいキビキビとした足取りで歩いてきた。


「キミたちね、あんまり失礼なこと言うもんじゃないよ。借り物の身体という意味なら、俺らだって似たようなもんじゃあないか」


 そして、俺。


 この三人で、アオイを三角を描くように取り囲んだ。

 アオイは身動ぎもせず、俺たちを順番に見た。

 こちらの強さを確認しているようだった。


「念のために聞いておくんだけど」

 俺は少し顎を引いて、アオイを見た。

「キミは、自分の意志で人を殺しているのかい?」


 アオイは俺を無感情に見つめた。

 創り物の瞳。

 "色"が無いのは当然だ。


「私に意志はございません」

 アオイは言った。

「私はただ、主様から命令を受け、常に使役される存在」


 だろうね、と俺は頭をガリガリと掻いた。


「なら、俺たちがもう殺人を止めてくれと言っても無駄かな」

「はい」

「俺はさ、出来ればお前さんを殺したくはねぇんだよね。だから出来ることなら、大人しく投降して欲しいンだけども」

「それは出来ません。私の行動規範は既にガロワ様によって決定済みです。()()()()により、変更は不可」

「ガロワはどこだい。姿が見えないようだけど」

「禁秘事項です」

「俺たちの動きに気付いて、逃げたんじゃないのかい?」

「禁秘事項です」

「キミを棄てて、逃げたんじゃないのかい?」

「禁秘事項です」

「そっか」


 すっかり承知の上。

 彼女に自由意思なし。

 思っていた通り、完全な傀儡。

 仮にこれからガロワを探しに追っても、この彼女は全力で止めに来る。

 戦闘は――不可避。


 俺ははあと小さく息を吐いた。

 ここまで気が進まない仕事も久しぶりだ。


 俺は懐から短刀を取り出して、言った。


「仕方ねぇなァ。それじゃあ、始めようか」


 ∇


 俺の言葉を合図に、状況は開始された。


 まず、クルッカが飛び上がり、口許に二本の指を当てて強力な火炎を吐いた。

 彼は炎使いだった。

 刹那、夜が昼に変わったように辺りが赤く染まった。 

 アオイは炎を横に飛び退いて避け、建物を蹴ってクルッカ目掛けて突進した。

 速い。

 クルッカはすんでのところで彼女の攻撃を交わし、体制を反転させて、アオイの腹に手を当てた。

 次の瞬間、クルッカの掌からは炎の塊が放出され、アオイの腹を焼き飛ばした。

 アオイは煙を発しながら教会の壁に激突した。

 クルッカが追撃しようと追いかけようとしたとき――


「止まれ! クルッカ!」


 俺は叫んだ。

 クルッカは動きを止めた。


「な、なんだ、人形屋」

「トラップだ。よく目を凝らせ」


 よく見ると。

 夜の荒野のそこかしこが、キラキラと輝いている。

 "糸"だ。

 先程のやり取りの最中に、彼女は糸を張り巡らした。

 恐らくは触れるだけで致命傷だ。


「言ったろ。彼女の武器は鉄糸だって」


 俺は小刀を取り出した。

 鉄と瑪瑙を削り特別な加工を施した短刀。

 マチルダ用に創られただけあって――かなり()()()


「まずはあの厄介な蜘蛛糸を斬らねェとな」

 

 その戦闘の間に、パルテノは詠唱を済ませて、自身と俺に運動能力向上の魔法(バフ)を掛けた。

 そのおかげで、体術が苦手な俺の能力は一時的に上がっている。

 俺はまず、張り巡らされた鉄糸を斬るために跳んだ。

 アオイ本体から最も離れたところの糸に刃で斬りつけると、ギャン、という鈍く不快な音を立てて、それは断ち斬れた。

 

 よかった。

 斬れた。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 これならなんとかなりそうだ。

 この調子ですべての糸を斬りさえすれば、(アオイ)に武器は無くなる。


 やることがハッキリすれば思考が楽になる。

 俺はさらに砂塵を残して跳ねた。


 ――と。

 その刹那。

 視界の端に気配を感じた。

 

 気づいた時には遅かった。

 目の前にはアオイがおり、それを認識したのとほぼ同時に、激しい衝撃が頭部に走った。

 俺は彼女の渾身の右ストレートをモロに食らい、土製の東の廃墟へと吹き飛ばされた。


「大丈夫ですかな」


 壁に激突し、地面へと崩れ落ちたところには、丁度パルテノがいた。

 彼は俺を労うと、アオイを目で牽制した。


「まあまあ大丈夫じゃないっす」

 俺は口許の血を拭いながら立ち上がった。

「あの糸に気を取られすぎちゃいました。さて、どうしましょうかね」

「私とクルッカ殿で人形の気を反らします。カワカミ殿は、あの面倒な()を斬ることに専念してください」


 パルテノの視線の先を目で追う。

 すると――先程までピンと張り巡らされていた鉄糸は、()()()、揺れ、まるで意志を持ったようにうねうねと蠢いていた。


「か。自在に操れるのかい」

 俺は額をほりほりと掻いた。

「こいつはいよいよ厄介だねェ」 


 あの鉄糸。

 恐らくは触れるだけで皮膚を裂き、肉に突き刺さる。

 完全に避けきることは、人間には不可能だろう。


「そう悲観するものでも御座いませんよ」

 パルテノは目を細めて言った。

「彼女のあの慌てた様子。どうやら、どうしても"糸"は斬られたくないようだ。それはつまり、あの糸はそれほどストックが無い、ということの証左」

「なるほど。そんじゃ、あんまり痛い想いをせずに済むかな」

「そのためにも、糸の処理は出来るだけ手早く御願いしたい」

「うん。俺もそうしたい」


 会話をそこで打ちきり。

 俺とパルテノは二手に別れて跳んだ。


「さて。あの糸でどれだけ身体を斬られるかねェ。とりま、太ぇ血管だけは斬られねぇように」


 俺はひとつ、苦笑を噛んで。

 アオイに向かって突っ込んだ。



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