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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
44/85

44 アオイ


 私は出来損ないである。


 アオイはそのように考えながら、夜の街を歩いていた。

 私はガロワ様のために創られた。

 ガロワ様に尽くすために生きている。

 ガロワ様の命じることを遂行するためだけに行動している。

 それ以外に、私にはなにもない。


 だというのに。

 私には何も出来ない。

 ガロワ様があのように苦しんでおられるのに。

 あのように泣いておられるのに。

 私には、ガロワ様を慰められない。

 私では、人間の代わりは出来ない。

 ずっと孤独だったガロワ様を。

 助けてあげられない。

 

 私は出来損ないだから。


 私は。


 私は。


 私は、人間ではないから。


 どこかで野犬が哭いた。

 蝙蝠が規則性もなく狂い飛んでいる。

 夜空に煌々と光る満月のおかげで、夜なのに影が濃い。


 人間のなりそこない。

 人形のなりそこない。

 それが私。


 "恋心"という言葉が思い浮かんだ。

 ガロワ様は、私には理解出来ないと言っていた。

 私には無い感情だと仰っていた。

 確かに、良く分からない。

 しかし、なんとなく検討はついた。

 ガロワ様は今、人間の女性に夢中だった。

 彼女に好かれたくて、彼女に気に入ってもらいたくて、彼女の言うことを何でも聞いてあげようとしている。

 文字通り、なんでも。


 多分。

 それが"恋心"というものだ。

 好いた相手のためならどんな非合理も受け入れる。

 どんな悪をも成し遂げる。

 例えばそれが無為だろうと。

 見返りなどなくても。


 それが人間の揺らぎ。

 魂の不具合。

 私には、()()がない。


 やがて、アオイはイエローチャペルへと辿り着いた。

 ガロワ様からはこう命じられている。

 チャペルの周辺で売春を行っている男を殺せ。

 この界隈から、罪人を追い払え。

 チャペルを汚した罪を贖わせるのだ。


 アオイは自らの首に空いた穴に、細く長く、美しい木製の指を差し込んだ。

 そしてそこから、鉄の糸の先をつまみ上げた。

 スルスルと引き出すと、それは月光に照らされて鈍く光った。

 

 鉄の糸には極細かな刃が付いていた。

 細く鋭く、強靭な刃が付いていた。


 チャペルには一人の男が立っていた。

 暗がりにいるせいで月の光が届かず、顔は見えない。

 どうやらフードを被っているようだ。

 アオイは男の右手を視認した。

 その手首に、赤い依り糸が結ばれているのを見た。

 あれは娼婦たちの表徴であった。

 買い手に商売中であることを伝えるための目印であった。


 アオイは音もなく、男に近付いた。

 そして、いつものようにピンと張った鉄糸を(たわ)ませると。

 ちょうど首周りを括れる程度の輪を作った。


 この輪を首に巻き付けて。

 引っ張り上げれば、それで人間は()()

 これまで、何人も、それで死んだ。


 死体は人形のようだった。

 動かない人間は人形と同じように見えた。

 しかし。

 ()()と自分は、決定的に違うと、アオイは思った。

 私には"死"がない。

 "死ぬ"という概念がない。

 私が動かなくなることは。

 それは死ではなく、壊にすぎない。


 "死"が無い私は。

 "生"もまた、無い。


 だから私は、死体が羨ましかった。


【人間を殺せ】


 頭に、ガロワの声が響いた。


「了解しました。ガロワ様」


 彼女はぽつりと呟くと。

 男に襲いかかった。




 ――チリン。




 と、その時である。


 錫の。


 錫の音が鳴った。

 

 アオイは刹那、動きを止めて視線を切った。

 音のした方に目をやった。

 だが。

 誰もいない。

 すぐに男娼の方に目を戻す。

 するとそこには、既に男娼の姿は無かった。





 ――白い夜に放たれた 醇乎(じゅんこ)無垢(むく)には罪が無くとも


 


 

 声がした。

 建物に木霊してどこから響いているのか分からないが。

 男の、声がした。

 




 ――罰を与える蝙蝠が 役に立て()と囃し立て (そそのか)される胡乱(うろん)の愚

 




 今度は背後から。

 どのようなカラクリなのか。

 まるで輪唱するように、響き渡っている。




 ――無と生とが入り雑じる 乾いたこの()を恨むが佳いか 




 気配がして振り返ると。

 男が。

 立っていた。




 ――善悪の彼岸を胸に仕舞ぅて 今宵はその芽に平伏すのみ也




 アオイは男と対峙した。

 強い。

 彼女はすぐに察した。

 この男。

 これまでの人間とは訳が違う。


 男は持っていた錫を、チリン、と鳴らした。


「お(めぇ)さんに罪が無ェのは分かってる。けれど(やつがれ)には、こうするより他はねェ」


 男は言った。


「アオイ=クスノキ様。その命、頂戴する」



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