42 罠
「というわけで」
と、俺は言った。
「クルッカ。お前、男娼やってくれな」
そのように頼むと、はぁ? と、クルッカは少し声を裏返らせて返事をした。
再び、「人形屋」である。
俺はクルッカとパルテノを前にして、作戦会議をしている。
丸椅子の上で胡座をかいてるクルッカ。
勘定台の中で腕を組んでいるパルテノ。
その前で、俺は彼らと共に今回の計画を練っている。
「なんだよ、それ。どうして俺が立ちんぼなんかやらなきゃならねぇんだ」
「実際にやれとは言ってない。フリだよ、フリ」
「フリでもやだよ」
「しょうがないだろ。今回はどうにも確証がない。いや、恐らくは間違いないねぇんだろうが、動機がイマイチ曖昧と来てる。こうなったら、現場を抑えるっきゃねぇ」
今回の事件。
俺の予想では、十中八九、犯人――"首ハネのヴィーナス"はガロワだ。
会話したときの彼の"色"。
目撃証言。
そして、ガロワの家にあったトワイライト人形。
血塗れのドレスたち。
どう考えても、彼がやったように思える。
しかし。
一つだけ、気がかりなことがあった。
肝心の"動機"が無いのだ。
クルッカの調査では、ガロワはマグノリア教の信者ではなかった。
であるなら、彼には男娼を狙う動機がない。
俺の"目"から見ても、快楽殺人者でもない。
動機があやふやな以上、"仕事"は出来ない。
あとは、"罠"を仕掛けて現場を抑えるしかない、というわけである。
俺たちの内の一人が囮となり。
ノコノコやってきた犯人を待ち構えてやろうという魂胆だ。
「だからって、なぁんで俺なんだよ」
「お前が一番華奢だから。それっぽいから。髪もピンクだし」
「いや、言っとくが、男の好みなんて人によって千差万別だぞ。華奢だからモテるとか、ピン毛だからどうとかって、そういうもんじゃねえんだ。むしろ、パルテノのおっさんのような、ガタイがよくていかついオヤジの方がモテるってこともある」
クルッカはそう言って、パルテノに水を向けた。
パルテノは目をぱちくりさせて、「わ、私が?」と胸に手を当てた。
「そうだよ。その業界にゃジジ専ってのも結構いるしよ」
「私が、男娼をやるのか」
「無ぇ話じゃねえ。つーか、リアリティーを出すには、一番いいかもしれねぇ」
「わ、私が、身売りを」
パルテノは少し目を潤ませた。
なんで乙女の顔になってんだ。
いやいや、と俺は手刀を作り、それを横に振った。
「パルテノさんは困る。今回、この人には、また別の役割があるから」
「役割?」
「ええ」
俺は頷いた。
「ただま、それについてはまた後ほど」
「ほんじゃあ、テメーがやりゃいいじゃねぇか、人形屋」
クルッカは今度は俺に向かって言った。
「俺?」
「そうだよ。つかよ、この3人なら、お前が一番需要多いぜ。一番見た目がノーマルなんだから」
「んなことないだろ。俺みたいに特徴のないやつが」
「んなことある」
クルッカは大きく頷いた。
「いいか。確かに人間にゃあ性癖ってもんがある。巨乳が好き貧乳が好き、ロリが好きババアが好きロリババアが好き。ネトラレが好き背徳が好き禁忌が好き。色々ある。みんな変態だ。けどよ、やっぱり一番需要があるのは、フツーなの。フツーのおっぱい。フツーの肉付き。フツーの体位。結局、そういうのに一番ムラムラくんやつが最大公約数なの」
いやいやいや、と俺はさらに手を横に振った。
「性癖とかそういう問題じゃねーから」
「じゃあどういう問題なんだよ」
「だから、リアリティーが」
「だから、リアリティーを出すならテメーだって話だろ」
「いや、ともかくここはクルッカ。お前がいい。お前がやろう」
「だからなんでだよ。説明しろっつってんの」
「カワカミ殿。この不肖パルテノ、その男娼役、やってみても構わんのですが」
「だからアンタは別の役割があるって言ってンだろ。つか、なんでやりたがってんだよ」
「あたしがやってやろうか?」
「いやマチルダさんは女の子じゃないですか。女の子に男娼なんて出来ないでしょーが。つか、なにナチュラルに参加してるンすか。いつからそこにいたんですか」
俺ははあと長い息を吐いた。
ボケが多すぎてツッコミが追い付かない。
「それじゃー多数決取ろうぜ」
と、クルッカが言った。
「誰がやるべきか。ここは挙手で民意を募ろうじゃねーか」
嫌な予感がした。
嫌な予感がしたが――ここは同意せざるを得なかった。
「うーし」
クルッカはぺろりと唇を舐めて、少し生き生きとして言った。
「うーし、それじゃあ、人形屋が囮になるのが面白ぇーと思う奴、手を挙げろ」
∇
で。
結局。
俺がやることになった。
パルテノは自分がやると手を挙げた。
それに便乗して俺も手を挙げた。
これで2票。
俺にはクルッカとマチルダが入れた。
それで同じく2票。
俺はやりたい奴にやらせるべきだと主張したが、結局、じゃんけんで決めることになった。
こういうとき、俺には致命的に運が無い。
「つか、なんでマチルダさん、自分に入れなかったんですか」
クルッカが帰った後。
俺はマチルダに言った。
「マチルダさんが自分に票を入れたら、票が割れてパルテノさんに決まったのに」
「決まってんだろー。カワカミのお化粧が見てーから」
「いや、別に化粧とかしませんけど」
「しないの?」
「しませんよ」
「すればいいじゃん」
「そこまでリアリティは要らないっす。どうせ暗がりだし」
マチルダはむー、と口を尖らせた。
「でも、どちらにしても、マチルダさんは俺の男娼姿、見られませんよ」
「は? なんで?」
「今回、マチルダさんはお休みです」
「は? どゆこと?」
「犯人討伐は、パルテノさんに頼むつもりです」
「は?」
「あの人も十分強いですから。多分、なんとかなります」
「は?」
マチルダは綺麗な眉を寄せて、俺の胸ぐらを掴んだ。
「おい、カワカミ。どーゆーことよ。なんであたしは除け者なんだ」
「すいませんね。ちょっと事情がありまして」
「説明せー。説明せんと分からん」
「すいません。全部終わったら、説明します」
「あたしも行きたい」
「駄目です」
「どーしてもか?」
「どうしてもです」
マチルダはむーと不機嫌そうな顔になり、足をバタバタさせた。
「我慢してください。その代わり、今回の事件が終わったら、我慢したご褒美に人形を一体、買いましょうか」
俺が提案すると、マチルダは「ほんと!?」と目を輝かせた。
「ほんとです」
「よっしゃ! じゃーあたし、我慢する!」
マチルダはそう言うと、「ゴネ得! ゴネ得!」と言いながら、嬉しそうに奥へとスキップしながら戻って行った。




