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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
41/85

41 ガロワ


「ただいま、アオイ」


 細く長い階段を降り。

 地下室の重い扉を開くと、ガロワはそう言って山高帽をハットスタンドに掛けた。

 

 部屋に入ると、麝香(じゃこう)を使った薫香の匂いがした。

 瓦斯灯に照らされた十畳ほどの室内には、家具、本棚、極彩色の瓶、地球儀、配管の伸びた球官などが雑多に置かれてあり、それ以外のところには、大小様々な人形がびっしりと飾られてあった。

 マヌカン人形や球体関節人形、螺巻人形に操り人形、木製の観賞用ドールから小児用ギミックドールまで、様々な形態、様々な外形、形状のものが置かれてある。

 共通しているのは、どれもみな人形(ひとがた)だということ。

 獣や人外を象ったものは一つもなく、どれもこれも、人間を模した人形たちである。


 その一番奥には、人間と同じ背高の双子の人形があった。

 この二体だけ、少し離れた場所に、綺麗に並べて据えてある。

 どちらも美しい顔立ちをした、人間の理想、或いは欲望を雛型にしたような容姿をしていた。


 片方が黒髪の髪。

 もう一方は銀色の髪。

 こちらにはネームプレートが誂えてあり、その銀盤には【アオイ=クスノキ】と刻印されてあった。


「お帰りなさいませ。ガロワ様」

 その内の一体――銀髪の方が、言葉を発した。

「お疲れになったでしょう。お夕飯の準備は出来ております。ゆっくり休んでください」


 美しい人形はぎこちなく動きだし、ガロワの背後に回り込むと、彼の外套を脱がして折り畳み、腕に掛けた。

 そのまま壁の方へと移動すると、今度はそれを木製のポールハンガーに掛け直した。

 その頃には既にその人形の動作はスムースになり、彼女の動きは人間のそれと遜色がなかった。


「ありがとう、アオイ」 

 ガロワはそう言うと、食事の席に着いた。

「すまないが、水を一杯もらえるか」


 動きだした銀髪の人形――アオイは、はい、と頷いて、キッチンへと向かい、コップに水を注いでガロワの元へと持ってきた。

 

「どうぞ。ガロワ様」


 ありがとうアオイ、とガロワは礼を言った。

 アオイはぺこりと頭を下げると、ガロワのために作った料理を並べた。

 彼女はまだ複雑な品は作れないため、簡素なサンドウィッチと卵を焼いて丸めたものだけだった。

 ガロワはそれを静かに平らげた。

 その間、アオイは黙ってガロワの近くに立っていた。


「アオイ。僕は間違っているのだろうか」

 ガロワは何もない壁を見つめながら言った。

「いや、間違っているのだろうな。私は、人道に背いた行為をしているのだ。だが、もう後には退けない。ここで止めては――意味が無くなる」


 そうだろう、アオイ、とガロワはアオイを見た。


「アオイ。僕は大きな罪を2つ犯したんだ。決して赦されない罪を、ね。だから僕はいつか地獄に落ちる。しかしその時、僕は一体、どちらの罪で裁かれるのだろうか。人を殺したことと、人を創ったこと。神を否定したことと、神に近付いたこと。神は果たして、どちらの罪にお怒りになるのだろうか」


 なあアオイ、とガロワはアオイを見つめた。


「教えてくれ。お前なら、答えが分かるはすだ。僕は、僕は」

「申し訳ございません。私は仕えるためだけに創られたものです。私には、ガロワ様に意見をする権限は与えられておりません」

「……そうか」

「申し訳ございません」

「そうだったな」

「申し訳ございません」


 ガロワは俯いた。

 彼の頭を抱えた。

 そして、まるで寒さに凍えるように、身体を震わせ、奥歯をカタカタと鳴らした。


「アオイ。お前に、人間の心というものがあれば」

「申し訳ございません」

「お前に、"恋心"というものがあれば」

「"恋心"、ですか」

「そうすれば或いは僕も、きっと、もっと()()()に生きられたのかもしれない。もっと、良い人間になれたのかもしれない」

「申し訳ございません。ガロワ様。"恋心"とはなんでしょうか」

「……いや、何でもない。忘れてくれ、アオイ」

「畏まりました。ガロワ様」

「アオイ」

「はい」

「僕を、抱きしめてくれ」


 ガロワは再び壁に目をやった。

 そしてそのまま、いつまでも壁を見続けていた。


「畏まりました」


 アオイは彼の背後に回り込み。

 ゆっくりと。

 優しく。

 その震える身体を抱きしめたのだった。



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