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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
40/85

40 トワイライト 


「……自動人形(オートマトン)、ですか」


 マリアナはしばし考えてから、ほつりと、そのように答えた。


「確かに――そのような風説は遺っておりますわね。トワイライトは幼少期のころより"からくり"で動く人形に興味を持っていたとされています。故に、彼の初期の作品はそのほとんどが螺巻式のものか、水圧機式歯車を使用した機械人形でした。中期に差し掛かると、彼の創る人形は精密さを極めて行き、その動きは他の自動人形とは比較にならぬほどに精緻で繊細、その動作の滑らかさはまさに芸術の域にまで達しておりました。……しかし、トワイライトはある時期から、パタリと自動式人形の作成を止めます」

「止めた?」

 俺は首を傾げた。

「そいつはどういうことですかね。彼は、自動人形への情熱が冷めてしまったんですかい?」


 いいえ、とマリアナは首を振った。


「それはまるで反対ですわ」

「反対?」

「ええ。トワイライトは、螺巻き式自動人形を極限まで極めてしまってなお、その情熱を絶やさなかった。いいえ、むしろそれ以上でしたわ。彼の情熱はいよいよ燃え上がり、ほとんど欲望と呼べるような衝動に支配されたのです。もっと生々しく。もっと人間らしく。もっともっと、もっともっとと、彼は研究に没頭していった。そしてやがてトワイライトは――究極の自動人形を創り出す方法を導き出したのです」

「究極の自動人形――?」


 俺はその言葉を繰り返した。

 心の内がざわついた。


「カワカミさん」

 マリアナは少し目を細めて聞いた。

「カワカミさんは人形というものを見て、"怖い"と感じたことは御座いませんか」


 唐突にそのように聞かれ、俺は少し戸惑った。

 しかしすぐに、自らの記憶にある(おそ)れを想起した。

 夜。

 閉店後の店内。

 暗闇に並ぶ人形たち。

 彼女たちの視線。

 彼女たちの顔。

 彼女たちの存在。

 俺はそれらに、恐怖に似た感情を持った。

 確かに――


 ()()()()


「……ありますね」


 と、俺は答えた。

 そうでしょう、とマリアナは微かに笑った。


「それは、人形に魂を感じているからなんです。人形に、意思や意志を感じているからなんです。それは即ち、人形と人間の境界があやふやになっているということ」

「人形と人間の境界、ですか」

「そうです。人形をまるで人間のように感じる。反対に、人間をまるで人形のように感じる。ないはずのものがある。あるはずのものがない。その恐怖。生きているものと生きていないものが曖昧となり模糊となる。その畏れ。人形を愛しているだけの私たちですら、本能的にその感情に脅かされることがある。毎日毎日、何年も何十年も、人形のことばかり考えていたトワイライトが、()()()()()()()に至ったのは、むしろ自然の成り行きだったのかもしれませんわね」


 マリアナは近くにあった小さな布製のお人形を手に取った。

 そしてその腕を持ち、俺に向かって手を振らせた。


「トワイライトは」

 俺は聞いた。

「トワイライトは、何を創ろうとしたんですか」


 マリアナは目線を強くして、俺を見つめた。

 それから、静かに、呟くように言った。


「自らの意志を持つ人形。生命に似た力を持つ人形。そして、魂を持った人形――」


 ∇


「魂を持った人形?」

 俺は眉根を寄せた。

「なんですか、それは。そんなものを、どうやって創るというんですか」


 マリアナは苦笑を浮かべて肩をすくめて見せた。


「そうですわね。ここからは少々、オカルト染みたお伽噺になってしまいますけれど」


 マリアナはそのように前置きを置いて、話し始めた。


「トワイライトが一般的な自動人形(オートマトン)を創ることを止めたのは、ある学問に出会ったことがきっかけでした。その学問は無から有を創り出すという、彼にとってはまさに探し求めていた学殖領域でした。それが――」


 錬金術です、とマリアナは言った。

 俺は思わず、眉根を寄せた。


「なるほど。錬金術、ですか」

「そうです。トワイライトは人形を人間に近づけようとするあまり、ついに魂そのものを精製しようという考えに至ったのです。無生物を生物のように見せるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()。この時点で、彼は既にまともでは無かった。人形と人間の区別が、付かなくなっていたのです」


 マリアナはそこまで一気に話すと、テーブルに置いてあったワインを口にした。

 それからベッドに座り直し、人形を大事そうに抱えた。


 俺はなるほど、と呟き、思案した。

 ガロワが操っていたあのマリオネット。

 あの人形は"自分の意志"で動いていたのではないか。

 トワイライトの研究は完成しており、魂を持った人形は実在するのではないか。

 であるなら――


「と、言われておりますわね」

 マリアナの言葉で、俺は物思いから覚めた。

「まあ、最初に申し上げた通り、これはあくまでも風説・伝承の類いですわ。何一つ証拠は御座いません」


 マリアナはふふと目を細めて微笑んだ。

 俺は少し首を傾げて、


「マリアナさんは、どう思われますか?」

「どう、とは」

「つまり、トワイライトの研究は成功したと思いますか。即ち、魂を持った"自動人形(オートマトン)"は実在すると」

「さて。どうかしらね」


 マリアナは肩を竦めた。


「正直に言って、検討も付きませんわ。あまり興味のない話ですので、考えたこともございませんし」

「興味ありませんか」

「ありませんわね」


 マリアナはキッパリと答えた。


「人形は人形だから完全なのです。既に完全であるものを、わざわざ不完全な人間に近づけようなどと、(わたくし)には理解出来ません」

「なるほど」


 俺は思わず苦笑した。

 さすが筋金入りの人形マニア。


「では、私からも一つ、質問をしてもよろしいかしら」

「どうぞ」

「カワカミさん。あなたはイエローチャペルの事件を調べていらっしゃるのですわよね」

「ええ」

「では、この"トワイライト人形"と"首ハネヴィーナス"が、一体どう繋がるのかしら。あなたはもしや、この事件の犯人を―――」

「その通りです」


 マリアナを遮り、俺はそう言って肩を竦めた。


「俺の考えは、おおよそマリアナさんが考えている通りです。言ったでしょう? すっとんきょうなことを言うって」

「しかし、操り人形が一人でに動いていたから、というだけで」

「もちろん、それだけではありません」


 俺は人差し指を立てた。


「実は、ガロワの自宅を突き止めましてね。そして彼の留守中に、ネズミを一匹、忍ばせたんです」

「ネズミを?」

「へえ。その男はこそ泥やらピッキングやらが得意な小悪党でしてね。バレねぇように、部屋を調べさせたんです」


 俺は肩を竦めた。


「そうしたら、出てきたんです」

「出てきたって――一体、何が」


 俺は少し目を細めて、こう言った。


「とても美しい女性型の人形と、血塗れのドレスです」




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