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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
39/85

39 相談


「こんちはー」


 数日後。

 早朝。

 俺はスクワード家のエントランスに入ると、そのように声をかけた。

 相変わらず綺麗な玄関だ。

 少し装飾は減っただろうか。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 少し待っていると、やがて奥からいそいそとエマが現れた。


「すいませんね、急に連絡を入れてしまって」

「いえ。マリアナ様もお喜びになるかと思います」

「そうですか」


 エマはどうぞ、と俺を中に促した。

 ありがとう、と俺は会釈をして中に入る。


「あ、そうだ。これ」


 俺は持っていた洋菓子の詰め合わせをエマに手渡した。


「えと、これは」

「ああ、すいませんね。俺の故郷の国には、お邪魔する家には手土産を持っていく文化がありまして」

「そうなんですか。では、あとで必ず主様に渡しておきます」

「ああ、いえ、これはエマさんたち、女中のみなさんで食べてください」

「……はい?」

「これはここで働いてるみなさんのために買って来たんス。つーか、スクワードさんに手土産なんて渡したら、怒られちゃうかもしれないし」


 俺はははと笑った。


「あの……よろしいのでしょうか」

「もちろん。あ、もし規則かなんかで間食とか禁止されてるなら、こっそり食べてね」

「え、ええ、それは、はい」

「それと、この前はすいませんね。あなたのことを騙しておいて、黙って出ていってしまって」


 俺がペコリと頭を下げると、物珍しそうに菓子折りを見ていたエマは「へ? あ、ああ」と顔を上げた。


「そんなことはお気になさらないでくださいまし。私たちのことなど」

 

 エマは大袈裟なほどに(かぶり)を振った。

 俺はくすりと笑った。

 そして、大理石の廊下を二人して歩きだした。


「あれからみなさんはどうですか」


 歩きながら少し立ち入った話をふると、エマはそうでございますねと言い、目を伏せた。


「スクワード様ご夫妻はやはり気落ちなされております。仕事も少し縮小されるようですし」

「あらま。そりゃー大変だ」

「でも、その代わり、といっては無礼なのですが、マリアナ様がお二人に代わって気丈に振る舞われておりましてね。それがこの家の、私たちの希望となっております」

「うん。それは良いことですね」

「失礼ながら、カワカミ様から、マリアナ様に何かご助言をされましたのでしょうか」

「うん? 俺が?」

「はい。前に一度、カワカミ様のお宅にお邪魔してから、マリアナ様は少し変わりました。前よりも、よく笑われるようになった」

「はあ。心当たりはないですけど」


 俺は肩を竦めた。


「けど、それも良いことですねぇ。あの人、変な人だけど、笑うと可愛いから。やっぱり女の人ってぇのは、笑ってた方がいいですねぇ」


 変な人ってのはここだけの話ですけど、と人差し指を口許に当てる。

 エマはくすりと笑い、そうですねと言った。

 そこで、マリアナの部屋に着いた。


「では、(わたくし)はここで」

「うん。ありがとう」


 エマは踵を返して歩きだした。

 俺はマリアナの部屋の豪奢な扉の方に向かい、ノックをしようと手を上げた。


「カワカミ様」


 と、その時、再びエマが声をかけてきた。

 目をやると、彼女はえらく真面目な瞳で俺を見ながら、


「ミスティの――私たちの仇を討っていただき、ありがとうごさいました」


 そのように言って、深々と頭を下げたのだった。


 ∇


「ようこそ、いらっしゃいました」


 俺を部屋に招き入れると、マリアナは丁寧に礼をした。


「ごめんね。こんな朝から」

「いえ。カワカミ様なら何時でもいらっしゃってください」

「そういってもらえると」

「ただ、次は、出来ればマチルダちゃんも連れてきてくださいまし」


 マリアナはそういうと、優雅ににこりと笑った。

 圧があった。

 本気だ。


 俺はあはは分かりましたと笑顔を張り付かせて、客用の豪奢な長ソファに腰かけた。

 辺りを見回すと、相変わらず夥しい数の人形が部屋を覆い尽くしていた。

 うむ。

 いつ見ても凄まじい。


 俺が今日、殺人事件の調査を中断してわざわざマリアナを訪ねて来たのには理由があった。

 俺は、()()()()()について、彼女から助言をもらいたかった。


 数日前。

 イエローチャペルの公園で、ガロワという男が扱っていたあの人形。

 まるで生きているかのように操っていた、あの傀儡人形。

 どこかで見覚えがあった。

 実は一目見たときから、あれがどうにも気になって仕方なかった。

 だから、俺は今日、マリアナに会いに来た。

 

 餅は餅屋。

 人形のことは、人形マニアに聞くのが一番。

 この街で俺やマチルダよりも人形に詳しい人間は、恐らく彼女だけだ。

 

「それで」

 と、マリアナはベッドの端に座った。

「聞きたいこと、とは何ですか」

「それじゃあ、早速で申し訳ないんですけど、まずはこれを見てもらいましょうか」


 俺は肩掛けカバンから【人形歴史大全】を取り出した。

 それを膝の上でパラパラと捲ると、以前に付箋を付けておいたページを開き、マリアナに見せた。


「この人形、御存知ですかね」


 マリアナは目を細めて見つめた。

 それからすぐに「はい」と頷いた。

 

「それはトワイライト=トーマスという人形作家が作った人形、それも、中期から後期にかけての作品ですわね。糸で動く傀儡人形――いわゆる操り人形(マリオット)という種類です」

「さすがですね。一目でお分かりになった」


 俺は立ち上がり、マリアナの近くに歩み寄った。

 それから、ページを開いたまま、彼女に手渡した。


「このトワイライトの人形。完全なオリジナルですよね」

「ええ。この人は比較的多作でしたけれど、大量生産は決して行わなかった。いわゆる職人的芸術家(アルチザン)という人種の御方でした」

「では、かなり貴重ですか」

「はい。数が少ない割に愛好者が多いものですから、値段は高騰し続けております。私も欲しいですわ。……しかし、この人形がなにか」

「いえね、実は少し前に、これを街中で見かけたんです」

「トワイライト人形を?」


 マリアナは眉を寄せた。

 そうなんです、と俺は頷いた。


「スラムに近いチャペルで、ガロワという大道芸人が傀儡パフォーマンスに使っていたんです」

「スラムのチャペル、ですか」

「ええ。マリアナさんは御存知ですかね。今話題の、()()イエローチャペルです」


 その言葉を聞いて、マリアナの顔色が変わった。


「カワカミさん。あなたまさか、例の事件に絡んでいるんですか。あの、"首ハネヴィーナス"の」

「ええ、まあ、成り行きで」

「……全く、あなたという人は次から次へと」


 マリアナは少し呆れたように息を吐いた。


「いえ、俺も全然乗り気じゃあねぇんですがね。付き合いってやつです。いや、今はそんなことはどうでもよくてですね」


 俺はごほんと空咳をした。

 ここからが本題である。


「それよりも、このトワイライト人形について、気になることが一つありましてね」

「気になること?」

「ええ。実はその、数日前に、一日中ガロワに張り付いて人形パフォーマンスを見ていたんですがね、その時のマリオネットの動きが、俺には何て言いますか、まるで生きているかのように見えたんです」

「生きているかのように?」

「はい」

「それは――それだけ、そのガロワという御人に腕があったということでは」

「いやぁ、そんなレベルじゃあ無かったように感じたんですよねぇ。大袈裟にいっちまうと、あれは人形のする動きじゃねぇ」

「人形の動きじゃ……ない?」


 マリアナは呟くように一人ごちた。

 そうなんです、と俺は頷いた。


「そこで、ピンと来ましてね。トワイライト人形と、その製作者に関する流言飛語、浮沙汰、いわゆる怪情報のあれこれを思い出したんです。いえね、俺はかなり昔に一度聞いたきりで、かなり記憶が曖昧なんですけどね、たしか、"トワイライト人形"には色んな曰くが付いておりますよね。そのカルト的な人気から、色んなオカルト話に尾ひれはひれがついちまって、真偽不明の怪しい噂が満載だった気がするんです。マリアナさんなら、トワイライトと、彼の作る人形について、詳しく知っているかと思って、それで今日はここに来たってわけで」

「はあ、トワイライト人形の噂、ですか」

「はい。そんでね、ここからは、もしかするとかなり素っ頓狂な与太話をするかも知れねえんですけど」


 ズバリ聞きます、と俺は語気を強めた。


「マリアナさん、このトワイライトって人。確か――」


 そこで一度、言葉を止めた。

 それから、息を呑んでから、続けた。


「確か、自動人形(オートマトン)の研究をしていませんでしたっけ」



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