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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「首ハネのヴィーナス」編
33/85

33 イエローチャペル


 その日の午後。

 パルテノに店を任せて、俺は早速、問題の第12地区へと足を運んだ。

 この街には区画ごとに数字が振り当てられているが、数字が上にいくほど領主の城や海岸線から離れていき、治安が悪くなりがちだ。

 故に、この区画番号の大小から、治安の良い海側の地域は「小数地域(ローエリア)」と呼ばれ、反対に治安の悪い陸側の区域は「大数地域(ハイエリア)」呼ばれることもある。

 11から13辺りはちょうどその中間点のような場所で、貴族や金持ちの住む住宅街はないものの近くに労働者階級の集う盛り場や繁華街があり、活気がある反面、ならず者が集まりスラム化が進んでいて、昼間でもまともな女や子供はあまり近付かない。

 バラックの軒先でタトゥーだらけの女と老女が怒鳴り合いをしている。

 あばら家の林立する裏路地で、痩せた男がクスリの客引きをしている。

 先ほどから、俺の財布でも盗もうとでもいうのだろう、歯の欠けた金髪の青年が少し距離を保ったまま尾行(つけ)てきている。

 まあ要するに、第12地区とは()()()()()()だということだ。


 俺は通行人に道を聴きながら、とりあえず殺人が頻発しているというイエローチャペルへと向かった。

 道々、何故この仕事をドリトルミが依頼してきたのかを考えていた。

 あの男が店にまでやってくるのは珍しい。

 本当に手詰まりになったときか、街の治安維持の根幹を揺るがすレベルの大事のときくらいだ。

 この事件。

 正直に言って、そこまでの緊急性は感じない。

 目撃者も多く、いずれ放っておいても解決しそうではある。

 確かにこの区域は少しややこしい。

 年がら年中マフィアや半グレどもが縄張り争いをしていて、自警団が介入しにくいブラックボックスのような場所になっている。

 だから俺達に依頼するというのは理屈として分からないではないが――老獪なドリトルミにしては少々安易な気もした。


「ありゃ。ここ、さっきの売店だ」


 考え事をしていると、いつの間にか一度通ってきた場所に戻ってきた。

 うーん。

 あんまり地図とか得意じゃないんだよな。

 俺は肩越しにちらと背後を見た。

 あの青年。

 まだ尾けて来ている。


 俺は彼に向かってくいくいと手招きをした。

 すると金髪の青年は一瞬すっとぼけたような顔つきになったが、すぐに薄ら笑いを浮かべて、ヨタヨタとがに股で俺の方に近付いてきた。


「あ? なんだよ、テメー」

「あの君さ、この辺、詳しいかな」

「なんだ? お? やんのか? よそもんか?」

「いや、ちょっと道に迷っちゃってさ。イエローチャペルっていう礼拝堂を探してんだけど」

「あん? やっちまうか? なんでタメ口なんだ? 金出せや? お?」

「ああ、もちろん謝礼はするよ。だから案内を頼めるかな」

「あ? するわけねーだろ? 金出せや? お? 金だけ置いてけ? 早くしねーと? どうなっても知らねーぞ?」


 青年はポケットをまさぐり、ナイフを取り出した。

 それを、俺の胸の辺りに突きつける。


 おっと、と俺は両手を上げた。

 

「キミね、刃物(そんなもの)出したらダメだよ。後に退けなくなる」

「あん? うるせーぞ? 全財産おいてけ?」

「ま、覚悟は出来てるってことね」

「さっさと出せ? あん?」


 ふむ。

 なかなか話が通じない。

 俺はにこりと笑って青年の背後に回り込み、首根っこを掴んでそのまま街路の裏へと連れ込んだ。


 ∇


「い、いやー、嫌だなあ、お兄さん、強かったんスね」


 青年はボコボコに腫れた顔で、ペコペコと頭を下げた。


「早く言ってくださいよー、なんかパッと見、めちゃくちゃ弱そうだったから狙っちゃいましたよー」

「俺は強くないよ。キミが弱すぎるんじゃねーかな。追い剥ぎは向いてないから辞めた方がいいと思うよ」

「またまたー。こう見えても俺、この辺じゃちょっとした()なんスよ」

「へえ。じゃあキミ、この辺りに住んでもう長いのかな」

「そっスね」


 ふーん、と俺は短く数度、頷いた。


「それじゃ、あっしはこの辺で」


 青年は踵を返して走り出した。

 俺はまたぞろ、その首根っこを掴んだ。


「ちょっと待ってよ」

「な、なんスか。もう十分謝ったじゃないスか」

「キミ、名前は?」

「は?」

「名前」

「……ジラール」

「そうか。そんじゃ、ジラール君。今日は1日、俺にこの街を案内してくれないかな」

「え?」

「謝礼はするからさ。頼むよ」


 俺はそこで青年――ジラールを解放した。

 ジラールはそこで、改めて俺をまじまじと見つめた。


「……あんた、何者だ? 自警団には見えねーけど」

小数(ロー)の方で人形を売ってる商売人だよ」

「商売人がどうして"事件"を調べてるんだ」

「事件?」

「首ハネヴィーナスを調べに来たんだろ」

「ああ、まあ」

「やっぱりな。近頃、ブン屋やら自警団やら、余所モンがやたら出入りしてる。しかし商人は初めてだ」

「ふむ。いや、助かるよ。ちょうど地元に明るい人間を探してたんだ」


 俺はがし、とジラールの肩に手を回した。


「そんじゃ、今日は1日、よろしく」

「お、おい、俺はまだ引き受けるとは」


 俺はにこりと笑った。

 そして、ジラールの頭をむんずと掴んだ。


「よろしく」


 もう一度言うと、ジラールは諦めたかのように、はい、と項垂れたのだった。



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