26 店番
パルテノが「人形屋」の店内の掃き掃除をしていると、うぃー、という気怠げな声と共にピンク色の頭髪をした男が入ってきた。
ピアスをじゃらじゃらとつけたこの痩せた男は確かクルッカとか言う情報屋だ。
彼は前に一度、カワカミと話をしているのを見たことがあった。
「うぃーす、おっさん」
クルッカは首もとをガリガリと掻きながら言った。
「人形屋いる? ちっと話があるんだけど」
実に馴れ馴れしい男である。
年上に対する礼儀というものがなっていない。
もしも軍隊時代にこのような男が部下にいたら、恐らく骨の一本か二本は折っている。
「いや、今はおられない」
パルテノはまた廿木を動かし始めた。
「恐らく、もう本日は帰って来られないのではないかな。少し前に一度戻られたが、またすぐに出ていかれた」
あーん? とクルッカは不機嫌そうに顔をしかめた。
「んだよ、そりゃよ。あの野郎、また新しい事件に首を突っ込んでんのか。こっちはまだスクワード家の件の報酬をもらってねえってのによぉ」
クルッカはパルテノの方へとよたよたと歩み寄り、がし、と肩に手を掛けた。
「なあ、パルちゃんよ、あんた、ここで働くことになったんだよな?」
「パ、パルちゃん?」
ピキリ。
パルテノの額に青筋が浮かんだ。
パルちゃんよぉ、とクルッカはお構い無しに続けた。
「あんたさ、正式にこの店の従業員になったんだろ? ならよ、ちっと金庫から、金を都合してくんねーかな。今日中にまとまった金がいんだよ」
「私はまだ正式な店員ではない」
パルテノはクルッカの手をぞんざいにはね除けた。
「それに恐らく、スクワード家の"仕事"はまだ終わってはいない」
「あん?」
「あの事件の本当の悪党は、まだ生きている」
「本当の悪党?」
クルッカは眉根を寄せた。
「どういうことだよ。今回のヤマは依頼人はラースってガキだろ? 姉貴の仇を討ってくれって依頼だろ?」
「そうだ」
「なら、もう終わりじゃねーか。そのガキの仇は今朝、どうやら死んだみてーじゃねーかよ。街中、大騒ぎになってんぜ。スクワード家の3女が、何者かに殺されたってよぉ」
「そのようだな。先程、マチルダ様が懇意になさってる水飴屋の主人も、納品に来たときに興奮気味に話していた」
「そりゃそうだろう。いくら商人あがりだっつってもよ、スクワード家っていやあこの街の商売人を束ねる爵位持ちだ。そこらへんの貧乏人が死ぬのたぁ訳が違う。しかも殺人となりゃあ口さがない庶民にとっちゃ娯楽も同然。これからしばらくはああだこうだと噂話が溢れかえるぜ。しかし、ってことはだ、ありゃあ……カワカミの"仕事"じゃねーのか?」
「恐らくは、違う」
パルテノは短く首を振った。
「今回の標的は、フランシーヌ=スクワードではない」
「あん? 違うのか?」
「カワカミ殿は仕事が終われば帰ると仰っていた。それは翻って言えば、まだヤマは終わっていないという意味。あの口調は既に目標を定めておられるようだった。つまり、本当の仕事は今夜か、明日か」
「ほぉ~」
クルッカは短く頷きながら、顎をさすった。
それから突然、少し調子の外れた様子で、かごめかごめ、と謳い始めた。
「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる、後ろの正面だあれ――」
「なんだね? それは」
パルテノは少し首を傾げて問うた。
これまで聞いたことのない、独特な節のある、不思議な曲調の唄だった。
なんというか、奇妙で呪術的な調があり、少し背筋がゾッとした。
「人形屋の故郷に伝わる古い歌だってよ。あの野郎、ときどき故郷の記憶が無くなりそうになるらしくてよ、自分の郷のことを忘れねえためだとか言って、よくこの鼻唄を歌ってる」
クルッカは肩を竦めて、土間にある簡素な椅子にどかりと座った。
「籠の中の鳥ってのは罪人のことだ。んで、その罪人が外に出てくるのを待って、仇を討つ機会を見計らってる。そういう民謡らしい」
「そいつはまた随分と物騒な歌だな」
パルテノは思わず苦笑した。
だろ? とクルッカも笑った。
「だが、今の人形屋にはピッタリだ。標的はもはや籠の中の鳥。あとはタイミングだけなんだろうぜ。フランシーヌじゃねーなら標的は誰だか知らねーけど、その悪党が死神の後ろの正面に回ったときに」
クルッカはパチリと指を鳴らした。
「終わりだ」




