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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「メイド殺人事件」編
23/85

23 アラン


「やあ、少し遅れてしまいましたね」


 アランはそのように言うと、少し辺りを気にする素振りを見せたあと、身分とはやや不釣り合いの山高帽を取りながら席についた。


 やべぇ。

 マジでチョー美男子(イケメン)だ。


 安バルに現れたアランを見て、俺は思わず息を呑み、そして脱力してしまった。

 一目彼を見て、神様はなんて理不尽なんだと思った。

 男の俺でも見蕩れるほどに、彼は美しい顔立ちをしていた。

 これだけ差があると嫉妬すらしないものだ。


「すいませんね。天下のモンタギュー様をこんなところにお呼びだてして」

 俺は腰を折って謝った。

「何しろことがことですのでね。あまり目立つところは上手くない」


 そうでしょうね、とアランは眉を下げた。


「話はクルッカ君から聞いてます。えーと、何でも自警団の方だとか」

「はい。私は公儀から頼まれた弁護士のシーザーという者でございます」


 俺は微笑んで手を差し出した。

 アランは爽やかに笑い、その手を握り返した。


 俺は感心していた。

 この庶民への礼儀正しさ。

 貴族のそれとは思えない。

 というより。

 そもそも貴族ならこのような場所を待ち合わせに指定されても応じない。

 最も、それは身内への誤解を生みたくないというアランの保身もあるだろうが。


 俺はちらと窓外へ目をやった。

 外ではお付きの者らしき御者が直立している。


「弁護士、ですか」

 と、アランは言った。

「あまり馴染みのない職業だ。いえ、私もその職名は聞いたことがあるのですが、はあ、この目で見るのは初めてです」

「まだ新しい職業なものでね。少々珍しいかもしれません。しかしね、アラン様。これからは、私のような法律家が重宝される世の中になりますよ」

「へえ。そうなんですか」

「ええ。これからの裁判は証拠主義と弁論主義がどんどん主流になっていきますからね。私たちのような人間も増えるかと思われます」

「なるほど、はあ、世の中は動いているんですね」

「どうやらそのようで」


 俺が肩を竦めると、アランは苦笑した。


「申し訳ないですね。私は、世事に疎くて」

「アラン様のような地位にいれば仕方のないことでしょう」


 俺はにこりと笑った。

 アランはしばらく、興味深げに俺を見ていた。


「それで、私に話というのは」


 ありがたいことに、アランの方から話を切り出してくれた。


「ええ。実は私は今、スクワード家のメイドたちのことについて調べてまして」

「そうらしいですね。それもクルッカ君から聞いてます」

「それなら話は早い。アラン様は、あそこの家にはよく出入りなさると聞き及びまして」

「はい。フランシーヌ様が、私のフィアンセですから。時々、挨拶をしに」

「では、あそこのメイドが何人も不審な死を遂げていることもご存知で?」

「……えぇ。もちろん、聞いてます」


 アランは悲しげに目を伏せた。


「本当に悲しいことです。私は、あそこのメイドたちは本当に良い娘が多かったから、心が痛い」


 アランは目に涙を浮かべて、下唇を嚙んだ。

 ふむ、と俺は顎に手を当てた。


「すいません。辛い記憶を思い出させてしまって申し訳ないんですけど――何か、心あたりはありませんかね」

「心あたり?」

「いえね、私の調べたところによると、どうやら亡くなったメイドさんたちは、みんなアラン様と仲がよかったらしいと聞いてまして」

「ええ。仲の良かった者も確かにいます」

「それはその、男女のような関係も」

「まさか」

 アランは少し大きな声を出し、即否定した。

「私にはフランシーヌ様がいる。他の女性に手を出すなどと、しかもフランシーヌ様のお世話をしているメイドに手を出すなどと、あるわけがない。……ただ」


 アランはそこで一旦、言葉を切った。


「ただ?」


 俺は先を促した。

 すると彼は声を一段、落としてから、


「……ここだけの話ですが、実は、中には積極的にアプローチをしてくるメイドたちも多くおりましてね。少し困っていたのも事実です」

「アプローチ、ですか」


 はい、とアランは大きなため息を吐いた。


「私は生来気の小さい男でして――その、情けない話なんですが、女性に対して、ハッキリと断ることが苦手な性分がありまして」

「そのようですね。クルッカから聞いてます。アラン様は身分の差を気にしない御方で、どんな女性にもお優しいと」

「女々しいだけですよ」


 アランは自嘲気味に笑った。


「そのせいで、使用人たちには誤解をさせてしまったかもしれない。私は昔から女性に勘違いをさせるとよく怒られてしまうのです」


 アランは頭を垂れ、肩を落として項垂れた。

 確かに、この男は女性を惑わせてしまうだろうな。

 アランからは、そのように確信できる色気フェロモンがしとどに溢れ出ている。

 この男が優しく微笑めば、それでほとんどの女の子は一瞬で勘違いしてしまうだろう。


「なるほど。それはとても参考になりました」


 ありがとうございますと頭を下げると、アランは少し怪訝そうな顔つきになった。


「あの……私とメイドたちの仲が、事件と何か関わりがあるのでしょうか」


 アランは不思議そうに小首を傾げた。


「いえ、多分関係ないです。ただ、個人的にスッキリしただけで」


 俺は微笑んだ。

 ここは特にわざとらしくならぬよう気を付けた。

 とりあえずこの場では、フランシーヌの嫉妬狂いの話はしない方が良いだろうと判じた。


 アランはいよいよ不思議そうに首を捻っていた。


「すいません。お時間を取らせましたね」


 そう言って話を切り上げた。

 するとアランは壁時計をちらりと見た。


「もうよろしいんですか」

「はい。アラン様もお忙しいでしょうから」

「ええ、実は。これから医師にあって父のことを頼みに行くんです」

「あら、お父様はどうかなさったので」

「大したことはないと思うんですけどね、最近、目眩をすると言ってましてね。もう年も年なので、父には少しゆっくりしてもらおうかと」

「なるほど。世代交代も近いと言うことですね」

「いえいえ。それはまだまだ先の話です。ただ、少し役職を減らして、休暇を増やしてもらおうかと考えているだけで」

「なるほど。お父様は確か軍務に就いて若い兵士を指導してましたよね。あなたもその辺りの職を継ぐのでしょうか」

「いずれはそうなるでしょうね。しかし、父のような偉大な人間になるには、私などまだ足りない」

「そのようには見えませんよ。あなたはどうやら、評判通りの御人だ。既に、立派にやってらっしゃる」

「おだてても良いことはありませんよ」


 アランはにこやかに言うと、それでは、と立ち上がった。


「なにか分かったら、私にも教えてください」

「ええ、もちろん」


 俺も立ち上がり、今日はありがとうございましたと頭を下げた。


 ∇


「あんた、まだ何か頼むの?」


 アランが出ていった後。

 ぼんやりと考え事をしていると、態度の悪いウェイトレスが声をかけてきた。


「ああ、それじゃあ、コーヒーをもう一杯いただこうかな」

「あいよ」


 ウェイトレスは無作法にひょいと手を上げ、踵を返した。


「うーむ」


 俺は腕を組んで体重を後ろにかけ、椅子をギシギシさせた。

 まーた証言が食い違った。

 フランシーヌ。

 エマ。

 オリヴァー。

 そして、今度はアランだ。


 こいつは何とも、気味の悪い事件である。

 何がキモいって、"犯人"の性癖だ。

 俺の想像通りだとすると、奴はかなりの変態である。


 俺はぶるりと身体を震わせた。

 しかしま、どうやら真相の見当はついた。


 さてと――と、俺は伸びをした。

 そろそろ屋敷に戻るか。


「あのさ」


 と、その時。

 先ほどのウェイトレスが戻ってきて、もう一度、声をかけてきた。


「ん? 速いな。もう持ってきてくれたのか――って、何も持ってないじゃん」


 俺はがくりと項垂れた。

 ウェイトレスは何も持っていなかった。

 俺が突っ込みをいれると、彼女は少し照れたような顔つきになって、


「今注文入れてるからさ、もうちょい待ってよ」

「そりゃ待つけどさ。コーヒーがまだなら、一体何の用?」

「いや、あんたさ、ちょっと私のタイプなんだよね」

「は?」

「連絡先教えてよ。今度、デートしよ」


 なんのてらいもなく、ズバリと言う。

 なかなか積極的な子だ。

 それに、普通に可愛い。

 サバサバしていて、ちょっとはすっぱだが、いかにも男性からモテそうだ。

 俺は少し考えてから、


「キミさ、さっき俺と一緒にいた男の人、見た?」

「うん。見た」

「じゃあさ、普通、あっちに食い付くもんじゃない?」

「なんで?」

「いや、なんでって、向こうはあんなに男前なんだぜ。お金も持ってそうだし」


 うーん、とウェイトレスは顎に人差し指を当てて考えた。


「そうね。確かにさっきの人、めっちゃツラの整ったイケメンだったね」

「でしょ? ならさ」

「そうだけど、私はアンタの方が好みなの。昔から、あんまり綺麗な顔すぎると好きになれないのよね。なんつーか、少し濁ってるっていうか、アンタみたいにちょっと目付きの悪い奴がさ、私のドストライクなわけ」


 ウェイトレスはウィンクをして見せた。

 

 ふむ。

 俺にもまだまだニッチな価値はあるようだ。

 そいつはどうもと言って、俺は肩を竦めた。

 そしてそれから、


「それじゃあお姉さん、とびきり大きなパフェを追加で注文してくれないか」


 そう言って、指をパチリと鳴らした。


 

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