22 園丁
「フランシーヌ様はそりぁ酷いもんだよ」
園丁である壮年の男――オリヴァーはそういうと、紫煙を燻らせた。
「そのようですね」
俺は同意を示して、わざと沈痛な顔を作って見せた。
「俺も昨日、見ましたよ。彼女がメイドさんたちに酷いイチャモンをつけてること。料理を運ぶのが遅いとかなんとか言って、ワインをぶっかけてましたから」
オリヴァーはしょうがねえなと顔をしかめて、ごま塩頭をガリガリと掻いた。
俺はエマの言葉の裏付けをとるために、もう一度だけ聞き込みをしていた。
俺は"嘘"を見抜くことが得意であり、エマが"嘘を吐いていない"ことはほとんど明白だったが、"嘘"ではなくとも真実ではないこともある。
人は勘違いや思い込みをする生き物だ。
エマの証言からして犯人がフランシーヌであることは間違いなさそうだが、それでも、多角的な視点でこの事件を見ておく必要があると判断した。
この世に事実は一つしかないが。
真実は人の数だけあるものだ。
「ありゃあ色狂いだよ」
と、オリヴァーは言った。
「もうアラン様に心を持って行かれちまってる。愛情が憎しみになって、それが殺意に染まってる」
やはりそうか。
「しかし、下女たちにも落ち度はあるぜ」
俺は思わず顔を上げ、「え?」と言って首を傾げた。
「どういうことです? フランシーヌさんは、誇大妄想でメイドさんたちを虐めていた。なら、彼女たちに過失なんて無いと思うんですけど」
「そりゃそうだ。フランシーヌ様の妄想が、100%の妄想ならな」
俺はいよいよ顔をしかめた。
「違うんですか?」
「……ここだけの話だけどよ」
オリヴァーは灰皿に煙草を押し付けて消した。
それからすぐに新しいものを取り出し、火をつけた。
灰皿はもういっぱいだ。
中々の煙草呑みである。
「下女の中の何人かは、アラン様に惚れていたようだぜ。何しろあれだけの色男だからな。身分の差がいくらあろうとも、夢を見ちまうのもしょうがねえのかもしれねぇが」
「つまり――メイドさんたちが、アランさんに色目を使ってモーションをかけていたのは、フランシーヌさんの完全な妄想とも言えなかったわけですか」
「モーションなんて大げさなもんじゃねーけどよ。多分、憧れは抱いてたし、それに」
オリヴァーはそこで少し口ごもった。
俺は「それに?」と先を促した。
すると彼は、少し重々しく口を開いた。
「それに、俺は見たことがあるんだ。アラン様の方が、下女を口説こうとしているのを」
「アランさんの方が口説いていた?」
思わず声が上ずった。
「それって、アランさんがわざわざメイドさんにモーションをかけていたってことですか」
「そうだ。あれだけの御方だ。言い寄られたら、そりゃ下女も夢を見ちまうよな」
オリヴァーは鼻の下をごしごしと擦った。
「しかし、仮にそうだとしても、だ。下女たちは完全な被害者だぜ。何しろちょっかいを出してたのはアラン様の方なんだからよ。恨むならアラン様を恨むのが道理ってもんだ。下女たちはただ裏でキャーキャー言っていただけなんだからよ。特にミスティなんて困ってさえいるようだった。あの子は本当に良い娘でよ。フランシーヌ様を慮んばかるあまり、かなり悩んでいたようだった」
オリヴァーはそこまで言うと、おっと、と自らの口に手をやった。
喋りすぎちまった、と頭を掻く。
ふーむ。
俺は思わず唸った。
どうやら、エマの話と少しだけ食い違う。
いや、エマだけではない。
エマの話と食い違うということは。
フランシーヌの言い分とも食い違うということだ。
エマの言うようにメイドたちとアランには何の関係も無かったのか。
或いは、アランがメイドたちに言いよったのか。
それとも――これは少々考えにくいが――フランシーヌの言うように、メイドたちからアランに言いよったのか。
恐らくこの三者。
全員が"嘘"は吐いていない。
三人ともが、そのように思い込んでいるのだ。
事実はともかく。
全てが、三人の中での真実ということになる。
いずれにせよ。
アランという男にも会っておくか。
俺はそのように思い直すと、オリヴァーに謝礼を渡してその場を後にした。
かといって、相手はモンタギュー家の嫡子だ。
おいそれと会ってくれる相手ではない。
――しょうがねぇ。
またクルッカ辺りに身辺を洗ってもらっとくか。
 




