17 使用人
「あの、カワカミ様、もうよろしいですよ」
若い使用人の娘から声をかけられ、俺は持っていた箒の手を止めた。
「お客様にそのようなことをされると、こちらも申し訳ありませんので」
「やらせてください。店を構えているときはいつもやってたことですから」
俺はにこりと笑い、塵取りで埃を集めてゴミ箱へ捨てた。
「ごめんなさいね、俺は何て言いますか根っからの商人でして。タダで施しを受けることが気持ち悪くてしょうがなくて。寝食の世話になるなら、何かこの家のために働かないと落ち着かないんですよ。好きでやってることなんで、放っておいてください」
俺が言うと、娘はそうですかと苦笑して眉を下げた。
「ありがとうございます。すいません、ではお言葉に甘えて」
「だから謝らなくていいですって。俺はキミの主でもなんでもない、ただの居候なんですから」
俺は努めて明るくあははと笑った。
「ほら、何か手伝うことがあれば遠慮なく言ってください。それが俺のためだと思って」
「わ、分かりました」
娘は少し無理やり笑顔で言った。
それから、ではこちらをお願いしますと指示を出した。
「ここの仕事はどうですか」
俺は雑巾を手に取り、言われた通りに窓の拭き仕事を始めた。
「市井に名だたるスクワード家。聞きしに勝る、本当に大きな家だ。高級品もたくさんある。管理とか清掃とか、維持が大変じゃないですか」
「ええ、そうですね」
娘は俺と並んで窓を拭きながら答えた。
「でも、旦那様も奥さまもとてもお優しくて、働きにくさなんてこれっぽちもありません」
ふむ。
少し世辞は入ってそうだが。
嘘では無さそうだ。
「では、ここの娘さんたちはどうですか。あの、美人三姉妹たち」
俺が続けて問うと、今度は態度が一変し、娘は刹那、手を止めた。
それから、少し不審そうに俺を見る。
会話の切り替えがちょっと強引だったか。
「そ、そうですね。お嬢様たちも、みなさん、お優しいです」
顔が硬直し、急に歯切れが悪くなる。
うーむ、やはりこの子もこうなるか。
俺は改めてそのように感じた。
実は。
彼女のこのような反応はこの子が初めてではなかった。
ここに寝泊まりさせてもらってから丸三日経った。
既に調査は四日目。
その間に、ここで働いている人間に何度も聞き取りを行ってみたが、ほとんどみんな似たようなリアクションになる。
即ち。
仕事や家主にはさほど不満は無さそうだが――三姉妹の話になると口ごもるのだ。
みなどこかタブーに触れることを恐れるような。
どこか後ろぐらい表情になる。
――どうやら三姉妹が使用人に辛く当たっていたようなんです。
ラースの言葉が頭によぎった。
どうやら、なけなしの金をはたいて行った彼の調査はなかなか正鵠を射ていたようだ。
「あなたはもうここは長いんですか?」
俺は質問の矛先を変えてみた。
いいえ、と娘は答えた。
「私はまだ3ヶ月ほどです」
「なるほど」
俺は短く頷いた。
「ちょっとつかぬことを聞くんですけどね」
と、俺は言った。
「あなた、以前にここで働いていたミスティという女性を知りませんか。少し前まで、このスクワード家で下女をしていたらしいんですけど」
ミスティ。
その名前を聞くと、娘はいよいよ顔色を変えた。
これもみな同じ。
そしてこの名前を出すと全員が決まって――
「……し、知りません。多分、私が入る前にいた方だと思いますけど」
「そうですか。では知ってる人に心当たりは」
「さ、さあ? 給仕婦長か園丁さん辺りなら古株ですので、或いは知っているやも」
「ああ、その辺りは当たってみるつもりなんですけど、あの人たちは忙しくてなかなか捕まらないんですよね。えっと、誰か他には」
「あ、あの、私、もう行かないと。お庭の掃き掃除がありますので」
娘は急に会話を打ちきると、ペコペコと頭を下げた。
「ああ、ごめんなさい。とんだ引き留めをしてしまいましたね」
俺は作り笑いをして、頭を下げた。
すると娘はすいません、と最後に大きくもう一度頭をさげて、そそくさと行ってしまった。
「良くないねぇ。実に良くない」
その背中を眺めながら、俺は思わずそう呟いた。




