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暗殺幼女  作者: 山田マイク
「メイド殺人事件」編
15/85

15 スクワード家


「ごめんくださーい」


 俺は豪奢な玄関扉をくぐると、大きな声で呼び掛けた。

 大理石で出来た広々としたエントランスによく響いて、自分の声に少し驚いてしまった。

 ここはスクワード家の本宅である。

 市街地にある最も高級な住宅地のど真ん中に聳える、白亜の豪邸だ。 

 人が出てくるまでの時間、俺はぐるりを見回した。

 玄関を見ただけで、この家の金持ち具合がよく分かった。

 調度品から装飾品から、置いてあるものは全て一流品で目がクラクラした。

 品性は金で腐る、か。

 俺はパルテノの言葉を思い出した。

 うーむ。

 確かにこの家の意匠は、ただただ豪華なだけであまり品がない。


「はい、どちら様でしょうか」


 やがて、奥のほうから女給らしき女性が出てきた。

 四十路絡みで細身のおばちゃん。

 白髪交じりの髪の毛を後ろでひっつめている。

 軽い三白眼で、目付きが険しい。

 

「すいません、今日はこちらのお嬢様に頼まれた"人形"をお持ちしたんですが」

「人形?」


 女性は首を傾げた。


「あら、そうなんですか。けど、おかしいわね、聞いてないわ」

「ああ、それはそうです。申し訳ありませんね、実は、今日は予めアポイントは取っていなくて」

「アポをとってない?」

「はい。恐らく、お嬢様自身もお忘れになられているかもしれません」


 女性はいよいよ訝し気に眉をひそめた。


「どういうことでしょうか」

「それがですね、実は私、かつてはこの街の外れで古物商を営んでいたものでして。昔一度、ここのお嬢様からマイセンの人形を買って頂いたんです。そしてその時に、お嬢様から頼まれておりまして。"もしも窯印の無い初期の無印マイセンが手に入ったら、私に売ってください"と」

「はあ、無印マイセン、ですか」

「へえ、お嬢様が大好きな陶器人形でございます。マイセン人形というのは初期のものには窯印が入っておりませんでね、その時代のものはほとんど現存していなくて、大変貴重なものになっているんです。この度、その無印マイセンで保存状態の素晴らしい完品が手に入ったので、どうかお嬢様に目を通していただきたいなと思いまして」


 俺はそう言うと、背負っている一際大きな籐の籠に目をやった。


「いえね、別に恩着せがましく言うわけでは御座いませんが、正直に言いまして、これほどの逸品はそれはもう珍しくてそうは見つかりませんよ。私は今流浪の露店商をやっておりますので、来週には次の街に移動します。そうなれば、この人形は二度と手に入らぬやもしれません。それではお嬢様との約束を果たせぬことになると思いまして、こうして馳せ参じた次第でございます。よろしければ、お嬢様にお目通しさせていただけませんかね」


 なるほどそういうことですか、と女給は頷いた。


「そういうことでしたら、どうぞ中へ」

「よろしいんですか」

「ええ、ええ。もちろんですとも。マリアナお嬢様は人形には目が無くて。もしもそのような貴重な人形を私の独断で取り零すことがあったら、私めがきつく叱られてしまいます」


 女給は硬い表情のまま言った。

 ありがとうございます、と俺は頭を下げた。


 そうしてエントランスから中へと足を踏み入れたとき。

 背負っている籠が、ごそ、と微かに動いた。


 ∇


「まあ! なんて素敵なお人形かしら!」


 俺が籠からマイセン人形を取り出すなり、スクワード家の長女――マリアナは胸の前でパチンと手を打った。


「可愛い! 可愛すぎるわ!」

 マリアナは偏執的に叫んだ。

「カワカミさん、と仰ったかしら。正直なところ、私はあなたのことはすっかり忘れてしまっていたんですけど――是非このマイセン、私に譲ってくださいまし!」 


 ええ、もちろん、と俺はにこりと笑った。


「しかし、まずは真贋をその手で確認してみてください。よもや一流のコレクターであるマリアナ様が目利きを間違うようなことはないとは思いますが、念には念を」


 そう言って、恭しく人形を差し出した。


「ええ、もちろんですわ」


 マリアナは慎重に受け取ると、まるで愛し子を抱くように胸に抱いた。

 それからじっと人形を見つめ、それからはあと息を吐いた。


 この人形はマチルダの所有するものの一つだ。

 ただ、彼女は飽きやすく、それほど一つのものに固執しない。

 なのでこのマイセン人形も躊躇なく俺にくれた。

 

 ただし。

 "条件"が一つ。

 それは――"ここ"に連れてくること。

 

「それで、お値段はいかほどにしましょうか」


 と、俺は聞いた。


「いくらでも良いわ。後でお父様に請求なさい」


 マリアナは人形を見つめたまま応えた。


「分かりました。では、現在の相場に少々色を付けさせていただきます」


 俺は腰を折って頭を下げた。

 それから頭をあげると、それでですね、と人差し指を立てた。


「実は、マリアナ様に一つ、お願いがございまして」

「何かしら」

「この素晴らしい部屋を、私の"相棒"にも見せてやりたいのです」


 俺はそう言うと、改めてマリアナの部屋を見回した。

 どこもかしこも――びっしりと人形だらけだ。

 無論、陶器人形だけではない。

 布製のものは巨大な天蓋ベッドの周りに敷き詰められ、木製のものは木製の棚に綺麗に陳列されている。

 大きさも顔の特徴も様々だ。

 古今東西、とにかくあらゆる種類のドールが膨大に集められていた。


「実を言いますと、私の相棒も無類の人形好きで御座いましてね。本日、私がここに来ると言いますと、どうしてもこのコレクションを見てみたいと」

「まあ!」


 マリアナは目を丸くした。


「それは素晴らしいことですわ。私、人形も愛してますけど、人形を愛する者も愛しておりますの」


 そうだろうな、と俺は思った。

 マリアナはただの人形好きではない。

 収集家(コレクター)だ。

 それならば、彼女には人形以外にももう一つ、絶対に欲しいものがある。

 それは――同じ趣味を持つ人間だ。


 人形について語り。

 人形愛について話し合い。

 収集品を自慢しあえるような仲間。

 彼女のような人種にはそういうものが欠かせない。

 そのように踏んでいた。


 だから、彼女(マチルダ)の出した"条件"は好都合だった。


「ありがとうございます」

 俺はもう一度、頭を下げた。

「それで、ですね。実はもう、連れてきておりまして」

「え? 連れてきてるって言うのはどういう意味で――」


 マリアナが言うが早いか――


「呼ばれて飛び出てじゃんっじゃじゃーん!」


 昭和感あふれる(いにしえ)の効果音と共に。

 マチルダちゃんが籠から飛び出したのだった。


 

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