1 俺と幼女
「こーらー! カワカミー! てめー、チョコレートは切らすなって言ってんだろー」
小さな女の子がテーブルの前で文句を言いながら暴れている。
暴れているといっても、手足をバタバタさせているだけである。
ほっぺを膨らませ、口を尖らせて。
細くて白い腕と脚を、思いっきり大きく振っている。
可愛い。
圧倒的に可愛い。
小動物が駄々をこねているようで、いつまでも愛でていたい。
人間の本能に直接訴えかけてくる可愛さだ。
言い換えるならキュート。
加えて、この幼女はくっそ美形である。
そんじょそこらの美少女ではない。
白い肌。
完璧に整った顔立ち。
シルクのような黒髪。
浮世離れした美しさを持つ女の子なのである。
「はいはい。ちょっと待ってくださいねー」
俺は店内を掃除をする手を止めて、入り口脇の土間に置いてある麻袋を持ち出した。
その中から一枚の板チョコを取り出して、幼女に手渡した。
「おー! てめー! ちゃんと買っといたのか! カワカミ! 偉いぞ! 偉いっ! 褒めてやるっ!」
幼女はまるで宝石でも受けとるかのように大事にチョコレートを受けとると、それを胸で抱き締めるようにしながら、天使のようにえへへと笑った。
俺はそれを愛でるように見つめると、掃除に戻った。
俺は今、おもちゃ屋を営んでいる。
街の外れにある商店街の一角。
うらびれた商店の林立する長屋のど真ん中に。
細くて狭い、とてもささやかな店舗を構えている。
取り扱っているのは木製の玩具や布で出来たお人形など、子供のおもちゃである。
ほとんどが幼女の好きなものを仕入れて並べているだけである。
なので、これら商品はほとんど売れない。
それでも、大事な財産には変わりないし、置物というのは放っておくと何故か急激に朽ちていくものなので、こうして毎日、掃除や手入れが欠かせない。
おもちゃというのは不思議なもので。
子供たちに遊ばれているときより、飽きられて放置されたときに、本当に壊れていくものなのである。
「おい! このチョコ! いつものじゃねーじゃねーか!」
はたきでほこりを落としていると。
背中から、幼女の不満声が聞こえてきた。
「あーごめんなさい。いつものやつ、売りきれてて。代わりにちょっと良いやつを買ってきましたよ。奮発して、メーカー品です。メーダモン・ルルとかいう」
「うるせー! あたしはいつものやつが好きなの!」
「あら。口に合いませんでしたか」
「ううん! めちゃくそウメー!」
「なら良いじゃないですか」
「うん! 別に良い!」
幼女はそう言うと、口の周りをチョコでベトベトにしながら、俺に向けて親指を立てて見せた。
俺はやれやれと肩を竦めた。
この子は毎日、毎時間、なにか文句を言っている。
だから店内が静かなことはあまりない。
業務は店内整備以外特にやることはなくて、基本的に毎日ダラダラしてるだけなのだが、このワガママお姫様のおかげで、なんやかやと忙しい。
「……ません。す……いません」
ふと、店先から声がしているのが聞こえてきた。
俺は手を止めて「はーい」と返事をした。
短い廊下を抜け、店舗の扉を開くと、細い妙齢の女性がいた。
身なりは悪くない。
しかし、どこか疲れた表情で、目はうろんだった。
美しい。
美しいが、どこか枯れている。
一目見て、客だと判断した。
無論、おもちゃ屋のお客さんではない。
"本業"のほうの客だ。
「こちらで珍しいオモチャが手に入ると聞いたんですけど」
女性は言った。
俺は目を伏せ、はいと頷いた。
「どのような玩具をお探しで」
「えーと、それは」
女性は少し思案するような素振りを見せた。
それから俺をじっと見つめながら、
「……まるで空を自由に飛べるような」
女性はそのように言うと、ごくりと息を飲んだ。
そして、手を胸の前で揉みし抱き、緊張した視線を向ける。
やはりだ。
俺は出来るだけ穏やかに「分かりました」と返事を返した。
「では、こちらの方へ」
俺は彼女を奥へと促した。
女性は会釈をしながら、そそくさと俺の前を通りすぎて行った。
さて。
どのくらいの金になるかな。
俺はそのように考えながら、店に「close」の看板を出した。