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海底を歩く

作者: 茶柱てぃーぜ

 僕は水族館が好きだ。水族館は薄暗い。

 仕事を辞めて、もう5年になるが、いまだに再就職先は決まっておらず、家の近所のコンビニでアルバイトを続ける日々だ。

 そんな僕は休みの日、決まって水族館の薄暗い深海のコーナーを1日、眺めて過ごしている。世界的にウイルス性の感染症が流行している今、水族館には人は少なく、1人で1日中そこにたたずんでいても誰にも気にされない。それに家でいても気が滅入るだけだ。同じ電気を消した状態でも、何もない家で日がな1日寝て過ごすのと、見慣れない生き物を見て過ごすのだと、精神衛生、まったく違う。

 それでも、薄暗いところで過ごしたいのは、僕が決して明るい人生を歩んでいるわけではないということかもしれない。

 

僕はもともと、活発なタイプだった。中学高校と、サッカー部に所属していたし、友人も割とたくさんいたほうだったし、大学でも毎週のように飲み会や合コンに出席していた。交友関係は決して狭くなかった。

 僕が暗くなったのは、あの事件がきっかけだろう。

 新卒で入社した会社はお世辞にもホワイトとは言えない会社だった。

 終電まで残業し、上司には怒鳴られ、営業先では頭を下げ続ける毎日だった。

 そんな生活にも慣れ始めてしまったある日、大学時代の友人から連絡があり、久々に飲みに行くことになった。

 12連勤明けのようやくの休みの日に、僕たちは居酒屋で待ち合わせた。

 僕と彼は大学時代から2人で飲むことが多かった、親友といっても過言ではない関係のやつだった。

 そんな彼が、久々に飲みに誘ってきたのだ。多少無理をしてでも行くというものだ。

 いつも通りとりあえずビールと、適当におつまみを注文し、すぐに乾杯をして飲み始めた。

「今日はどうしたんだ、久々に飲みに誘ってさあ」

「いや、実はお前に聞いてほしい話があるんだよ」

 いつもより減りの悪いジョッキを置いて、彼は話し始めた。

「実はさ、俺今日8連勤明けだったんだよ。残業も多いし、正直めっちゃブラックなんだよ、うち」

 その話を聞いて、僕は驚いた。

「はあ? 8連勤くらいどこもある話だよ。僕なんて今日12連勤明けだぞ。もうじき慣れるって! 頑張れ!」

 その友人はそれくらいで根を上げるような人間はなかったはずだ。僕はそう励ました。

「ああ……そうだよな。いや、悪い。やっぱ今日は飲もうぜ!」

 それきり彼は仕事の話はせずに、いつも通りの飲み会になったのだった。


 次の日、ニュースで彼が会社の屋上から飛び降りたことを知った。


 この事件があった日から、僕は会社に行くことができなかった。

 それは、僕の励ましが足りず、思い悩む親友を助けてあげられなかったことに加え、僕よりまだマシな環境で働く彼が自殺してしまったことに対する、失望からだった。

 そうしてすぐに仕事をクビになり、今の生活に至るというわけだ。


 あれから5年、僕はこの薄暗い水族館に通うようになった。

 もしかすると、この深海のコーナーが、ごみ箱の底のようで居心地がいいのかもしれない。

 海の底は、きっと僕のような存在でも、最後に行きつくことのできる場所なのかもしれない。

 ふと見の前の水槽に意識をやると、一匹のイカが海底を歩いてた。

 その姿が、今、ごみ箱の底のような人生を歩む僕とリンクしたのが分かった。

 海底を歩いて、もがいて過ごすことの居心地の良さを、完全に理解してしまった。

 それが分かった僕がとらないといけない行動は、これしかない。

 僕は、独り、遠い海に出かけて行った。

 

 

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