第8話 乞食坊主は三日やったらやめられないとまらない
すっかり日が高くなってから寝床から出て、何か適当な仕事はないかとギルドに顔を出した。
ハモンは昨日は娼館に行って朝帰りだったので、まだ寝ている。
俺とヴァージニアは、めぼしいクエストはもう持っていかれて張り紙がまばらになっている掲示板を眺めていた。
「新しく赴任してきた領主についての噂はご存じですか?」
ジェミィがそんな話を切り出してきた。
「知るわけねぇだろ、そんな上等な人間の噂なんて。
領主なんて名前も知らなきゃ、いつ首が変わったかも知らねえよ。」
「……それは流石に知らなさすぎでは?」
「ギリギリの連中からしたら、上が変わっても大した変化はないからねぇ。
アタシたちはまだ余裕がある方で、ホントに最下層の奴は冬になると何人かは凍死するから。」
「ちょっと待ってください!
Fランク向けのクエストの報酬は安いけどリスクは少ないし、一応こまめに働いてたら貧乏なりの生活はできるはずでは……」
「Fランクを長くやってるような奴は俺たち以上にロクでもないってことさ。
報酬が入ればその日のうちに酒代に早変わり。腹が減るまで次の仕事はしない。」
「……それで死ぬのって自業自得じゃないですか?」
「でも慣れると意外と楽しいんだよね、そんな生活も。」
「明日の心配もクソもないからな。気楽なモンよ。」
「慣れないでください!!
というか、その生活じゃ宿代も払えないはずじゃ……」
「いや、それくらいならどうにかなるよ。」
「あれを宿と言っていいかは疑問だけどな。」
「……一応聞きますけど、貴方たちどんな宿に住んでるんです?」
「床無し壁無し寝藁無し。屋根はあるけど雨漏りは14カ所。」
「それは宿とは言いません!」
「聞いた話だと腐りかけの厩舎を安く買って、修理せずに使ってるらしいな。」
「修理『せず』に!?
それただの腐りかけの厩舎ですよね? 宿じゃないですよね?」
「ズッコイみたいに留置所の暮らしやすさを知った奴はなかなか帰ってこないね。」
「……どうりで何人か留置所から出てこない人がいると思えば……!」
ジェミィはこめかみを押さえ、深いため息をついた。
●●●
「で、領主がどうしたって?」
「急に話を元に戻しましたね……
いえ、むしろ下層の住民の方が関係あることなんですよ。
最近領主は、救貧政策に力を入れているんです。」
「救貧政策?」
「ほら、最近は毎週真面目に炊き出しやってるだろ?
あれのことじゃない?」
「最近は、って……むしろ今までやってなかったんですか!?
国策ですべての街で義務化されてるはずなのに!?」
「ああ、担当者がロクでもねえ奴でね。」
「まあ、それでも割とどうにかなってたんだけどな。
俺たちが食糧庫から勝手に持ち出してセルフ炊き出しやってたから。」
「それはそれで普通に問題では?
というか泥棒ですよね?」
「仮に泥棒だとしても義賊だから平気平気。」
「というか、むしろ貴方達の食糧庫あさりが原因で炊き出しが滞ってたのでは?」
「……おぉ!」
「言われてみればそうかも……」
ジェミィは俺たちにジト目を向けていた。
「……コホン。
もう一度話を戻しますと、領主はこの街に赴任する前は中央の方にいたそうです。
ですが、その時の評判がよろしくない。
そもそもこんな辺境に流されてきたのも中央で何か問題を起こしたとかで……」
「でも今は改心して救貧政策とかやってんだろ?
結構なことじゃねえの?」
「そう素直に信じられれば良いのですが……」
「で、何でそんな噂話をアタシたちに?」
「ええ、ここからが本題です。
貴方たちには領主が何か企んでいないか、調査してほしいのです。」
「一昨日きやがれ。」
「寝言は寝て言いなよ。」
「話は最後まで聞いてください!」
即答する俺たちにジェミィが食って掛かる。
「いや、ありえないだろ。
まず、冒険者に頼むような仕事かって時点で怪しいし、よりにもよってそれを|俺たち<Fランク>に頼むか?」
「普通『トカゲカエルが大発生した』とか、『ハサミタコウオを追い払ってくれ』とか、そんなモンでしょ? Fランクのクエストって言ったらさ。」
「何で例えが水っぽいんです?」
「大体、このクエストならもっと向いてる奴いるでしょ?
確かBランクに盗賊、斥候、忍者の隠密系パーティとかあったはずじゃん。」
「もちろんそちらにも当たりましたが、何しろ彼らは優秀なので引っ張りだこなんです。」
「俺たちが暇だと思ってるな?」
「暗に優秀じゃないとも言ってるねぇ。」
「そう思われたくなかったらもっと真面目に仕事してください。
冒険者ってのは毎朝のクエスト張り出しの時間になったらギルドに集まるのもでしょう。
なんで昼前になってからノコノコやって来るんです?」
「「昨日は飲んでたから……」」
「クエスト受けようって日の前ぐらいは控えてください!!
まったく……それで、領主の調査と言っても何も屋敷に忍び込めとは言いません。」
「じゃあどうしろって?」
「貴方たちはスラムでもそれなりに顔が利くでしょう?」
「まあ、それなりに。」
なんだかんだで腕っぷしは立つ方だ。あくまで浮浪者やマフィア、Fランク冒険者の中での話だが。
もっと腕の立つ奴はとっとと冒険者になって上のランクに行き、スラムから抜け出している。
「救貧政策のお礼と挨拶って名目で領主に直接面会して、それとなく探ってきてください。」
「そんな程度でいいのか? っていうか会えるのか?」
「そこはギルドからも手を回しておきます。
成果についてはさほど期待してはいませんが、まずは何か手掛かりを探す程度で。」
「適当だねぇ……」
「ぶっちゃけ私も大した成果が出るとも思いませんが、上の方からせっつかれてるんですよ。
なにより、貴方たちを暇にさせておくとまたロクなことしないでしょう。」
「失礼な!」
「じゃあ貴方たちがカードや双六を大量に買い込んだという噂は嘘なんですね?
有名無実化してるとはいえ、勝手に賭場を開くのは法で禁止されてるはずですが。」
俺たちは目をそらした。
「よし、急いでハモンを呼びに行こうか!」
「そうだね、善は急げだ!」
「そういうところですよ。」