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男装令嬢の放課後のおつとめ2

「平民とわたくしたちとは世界がちがうのですわ」

「こんなところにいるのはおかしいですのよ」


 黙って話を聞いていれと、平民がこんなところにいるなんて場違いだという。

 貴族が多数を占めるこの学院には合わないのかもしれない。

 王立であることから、優秀な人材はすべからく重用するという方針があるので、平民だから追い出すというのはお門違いだ。

 貴族たちで優雅に学院生活を送るのに、平民の姿はめざわりなのだ。

 入学できた以上この学院の入学資格は得ているのだからなにも問題ないのだが。


 言われている相手は固く口を閉ざしているが、検討はついている。そのような対象者は絞られる。貴族令嬢たちに言いよられるのはひとりしかいない。


「なんとか言ったらどうなのですの。セリカ・ユイリス」


 なんとかと言っても、勝手に絡んで来ているのは相手がたなので、セリカがわざわざ反論する必要はないはず。

 いつまでも黙って聞いているわけにはいかなくて。アレクシアは意を決してその場に顔を出す。


「なんのさわぎですか」


 令嬢たちの背後からあらわれたので、大きく令嬢たちは肩をびくりとふるわせた。

 こんなところを聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。

 生徒会のお仕事のひとつに生徒間のトラブルを見つけるというのがある。その場に遭遇して話を聞く。必要があれば対処を行う。

 アレクシアのときその対処を受けてしまったが。


「アレクスさま、その、これは……」

「一方的にユイリスに問い詰めてるようにも見えますが、彼女がなにかしたのですか?」

「い、いえ、な、なにも……」


 しどろもどろになる令嬢たち。

 あなたなにか言いなさいよとお互いを目配せするが、一方的に不満をセリカに言っているだけなので彼女に非があるわけではない。

 非があるほうは彼女たちのほうだ。


「『平民』ということばが聞こえましたが、わたしにもなにか言いたいことはありますか」

「――ッ、いえ、なにも」


 平民ということばを口にすると彼女たちは青ざめた。

 正体はどうあれアレクシアの今の身分は平民出身ということになっている。

 後ろに公爵家という盾がある。そんじょそこらの貴族じゃ太刀打ちできない強さがある。


「身分でなにか文句があるなら、平等にわたしにも言うべきかと」

「も、もうしわけありません」


 きつく問い詰めるつもりはない。多くの令嬢たちよりは背の高さがある分、少し目を細めるだけで威圧的に見えるらしい。

 こういうとき父親の目つきで助かったと思う。

 逆の立場になるとメリットはデメリットにもなりうる。


「アレクスさま、わたしはなにもされていませんので」

「なにかあれば生徒会のほうへ言っていただければ、対応はしてくれますから」


「――――ッ」


 バタバタと去っていく令嬢たち。

 生徒会に対応してもらえたらどうなるかの実例が記憶に残っているので、恐怖したのだろう。

 矢面に立たされて処分されたアレクシア。実際に実行していた令嬢たちは表向き静かにしているので、先程の彼女たちとは無関係かと思われる。


 令嬢たちの後ろ姿を見送ったあと、セリカと向き合うかたちになる。

 アレクシアと違って少女らしい小柄な少女だ。肩までの明るい茶色の髪と、髪に瞳と同じ色のリボンを結んでいる。さくら色をしたやさしい色合いだ。

 学院指定の制服をきちんと着こなしており、模範的な平民の生徒の姿。


 胸元に目線をうつすと、結ばれていたリボンがあった。

 ぱっと見ではわからないが、リボンの裏側に刺繍が施されている。

 丁寧に仕上がっているそれはどこのものかよくわかるもの。


「お手をわずらわせてしまってすみません」

「気にしなくていい」

「とくに何かされたわけじゃありませんから」

「いまもよく言われること?」

「めったに言われるわけじゃないんですけど、ちょっと久しぶりでした」


 平民が貴族たちと一緒に学ぶのでこういったことはよくあることだ。

 よくあることだからといって、慣れるものでもない。

 成績優秀なので特別教室に出ているので、ひがみを言ってくるような令嬢たちは少ないので安心なのだが、授業以外の学院の敷地内や寮内ではそうはいかない。

 多少なりとも小言は言われ続けている。


「すみません、アレクスさま。もう寮に帰りますね」


 生徒会の方にご迷惑かけてしまいすみませんと深く頭を下げる。

 下げられるようなことはなにもしていない。

 それよりも。


「アレクシアからのリボン、着けてるのですね」

「あっ、はい、そうです……」


 指摘を受けてはっとした表情を浮かべ、セリカはリボンに手を重ねる。

 リボンはアレクシア自信があげたものだ。

 とくに彼女に思い入れがあったわけではなく、たまたま出会ったときに襟元にリボンがないから指摘しただけだ。


 制服を着るのは自由だが、ネクタイとリボンは必ずつけることなのがこの学院の決まり。

 制服に付属しているものか、家で用意したものをつけるか。貴族は好きな色、デザインのものをつける。

 平民ならば制服由来のものなのだが。


「手を離して。ほどけてる」

「えっ、うそ」


 手を離すと結ばれていたリボンが少しゆるみほどけかけている。

 セリカはリボンを結び直そうとするが、それよりも先にアレクシアの手が襟元に届いた。


「――――っ」

「かして。結び直すから」

「はい……」


 指先に視線を感じながらきゅっとリボンを結びなおしてあげた。

 きれいにバランスよく整えられたリボンはとても美しくなった。

 なにか理由があってやったわけではないが、なんとなく結びたいと思ってしまった。

 きれいに結べて満足した。

 セリカはきれいになった胸元のリボンを見て、目を丸くしたあと輝かせた。


「あ、ありがとうございます……!」


 なんとお礼をしたらいいかと感激しているが、ただ結んだだけなのでそこまで感激されるとは。


「こんなにきれいにしてくれて。アレクスさまは普段からリボンを結んでいるのですか?」


 少し意外そうに言われてしまった。しまったとまでは思わないが、今の姿は男子生徒だ。

 ネクタイを結ぶことはあるが、リボンをきれいにできるのは思いにくい。

 人に結ぶのがうまいとも思っていなかったが、自分でやるのも人にやるのもきれいにできるほうなのだ。


「そんなことを言われるなんて思わなかったかな」

「ほんとうにきれいです。結びかたのコツがあれば知りたいぐらいです」

「ふつうに結んでいるだけだけど」

「きっとコツがあると思います」


 アレクシアを見上げて髪をゆらす姿はいかにも愛らしい。

 身分が低くなければ貴族の子息たちは放っておかないのではなかろうか。

 身近にいる異性がエリウスなので、あれ基準だとそ気軽にかわいいなどとは言うことはない。あれはアレクシアにしか興味を持っていない。


「あ、あの。アレクスさま」

「なに?」

「あの、……その、アレクシアさまはお元気でしょうか」

「――――」


 アレクシア。彼女の口から自分の名前が出てくるとは。

 少しだけ目を見開いて彼女を見つめ返す。

 聞いていいものかどうか、聞いてはいけないのかと不安げな顔をしている。

 今の状態は自分のせいだと感じているのだろう。


 アレクシアは退学させられ、公爵夫人はひどく落胆し、父親によく似た「アレクス」という少年を養子に迎え入れた。

 その養子の子に期待をよせてる。実子であるアレクシアはもう不要といわんばかりに。

 そうなってしまったのは自分のせいではないかと思いつめている。


「ここには入れ替わりで来たから、ほとんど会っていない。家の手紙だと静かに生活をしているそうだ」

「あの、なにかうらんだりとか、その落ち込んでたりとか、元気がないとか……」


 そのことに関してとくに恨むようなこともないし、セリカに対してなにか仕返ししようなどとは思っていない。

 好きな勉強ができなくなるのは残念だったと思ったけれど。


「まわりが言うほどひどい扱いになったわけじゃないし、セリカが気にする必要はない」

「そうですか……」

「今度会ったときにセリカが心配していたと言っておく」

「あ、ありがとうございます――」


 セリカは少し安心したのか不安げな表情は消えてほっとしているようだった。

 目の前に本人がいるのだけど、そうだとは名乗れないのですこし悪いなと感じる。

 セリカとリボンをあげたとき以来、ほとんど話をしていない。

 仲を深めることなく、アレクシアはここにいられなくなったのだから。 

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