男装令嬢の憂鬱2
ロイエル家公爵夫人、イメリア・ロイエルは年齢不詳である。
もちろん年齢は公称されているが、公爵夫人らしく振る舞うこともあれば今日のように少女のように振る舞うこともある。
結婚している身なのに、社交場に行って未婚の男性をそそのかす。
魔性と呼んでもいいのかもしれない。
それがアレクシアの実母である。
アレクシアと違って、エリウスと同じ金の髪、そして青い瞳。
エリウスと並ぶとどことなく雰囲気が似ているあたり、血が繋がっているのを感じる。彼女は国王の妹姫だった。
望めばなんでも手に入るし、誰もが彼女を讃えていた。
この学院で父と運命的な出会いをし、いろいろ波乱があったがこうして公爵夫人でおさまっている。
退屈なのかはよく分からないが、たびたび身分と年齢を偽り周囲を驚かせている。
先程の取り巻きも、もしかすると正体に気づいた者もいたかもしれないが、彼女の判定は下りている。今後のことが怖い。
既婚者である夫人をたぶらかそうとする輩として、その程度の人材だと認識されている可能性がある。彼らの将来が不安だと思う反面、その程度なら仕方がないかもしれない。
さて、イメリアは彼らの顔を名前をしっかり記憶したのか、楽しそうに笑っていた。
悪い趣味だと思う。
「元気そうでよかったわ。心配していたのよ」
やわらかでふわふわとした髪が光に当たってキラキラとしている。
まばゆくて思わず目を細めてしまう。
イメリアの手がアレクシアの頬を包む。
「顔色もいいし、前より明るくなったかしら」
じっくりと見つめられた。
アレクシアはその視線に耐えられず、思わず目をそらしてしまう。イメリアはあらあらといったかんじで、とくに気にとめなかった。
手を離すと、くるりと自身の身体を一回りさせる。
「あなたに会いたくて、無理を言ってきちゃった」
子どものように無邪気に言う。
少女のように立ち振る舞うと、本来の年齢が連想できない。ほんとうに少女のようだった。
アレクシアのほうが年上に見えるくらいだ。
「どう? 楽しんでいる?」
「ええ、まあ……」
どう答えてよいのかわからず、濁すように答える。
楽しんではいる気がするが、ほんとうにそうだろうか。勉強は楽しいけれど、学院生活を楽しんでいるかといわれるとあまり自覚できない。
つまらないとは思っていないのだが。
「ここを辞めさせられたじゃない。悪い子がいないか見に来たのよ」
「はあ……」
どう対応していいか分からず、ため息をつくように返事をする。
悪い子。イメリアにとって不要な人だ。ロイエル家に仇なすもの。国の王女でもあったので、国に有益でないものなど。
彼女にはそれらを排除できるから恐ろしい。
「今のところそういったのは見つからなかったけど。さっきの子たちはだめね」
イメリアはよく身分を偽って、あちこちに出没する。
リアという名前はお忍びのときの偽名である。
自分の姿を武器にしていろんな人と出会い、どのような人物かを見極める。
会ってすぐに気付けないものは容赦なく切り捨てる。
遊んでいるようにも見えるが、そうでもないのだ。
「よく似合っているわ、その制服」
上から下まで眺めてイメリアは言う。
じっと見つめられるのは苦手だ。つい目線を外す。
「だめよ、こっちを見て」
ね? と咎められてアレクシアはしぶしぶイメリアを対峙する。
いくつになっても変わらない美しさを持ち、いつまでも少女のような心を持つ女性。
その彼女が慕うのは夫である公爵――アレクシアの父だ。
瞳を通して、父を重ねているのだろう。
初めてこの姿にさせられたとき、とても喜んでいた。
瓜二つなのだと。今まで着させられていた姿よりもずっと。
彼女が喜ぶから、言うとおりになんでも着ていた。
たくさん、たくさん。一日に何度も着替えたこともあった。
はじめは可愛いと言われて嬉しかったし、楽しかった。しかしそこにアレクシアの意思はなくて。押し付けられるように服を与えられていくと、その気持もやがて沈んでいった。
それがずっと繰り返されて。
アレクシアはあまり感情を出さなくなった。
こと、イメリアの前ではおとなしく言うがまま。
「旦那さまが昔着ていたのも着てほしいわ」
瞳を輝かせてアレクシアに詰め寄る。
たじろいで思わず後ずさりをしてしまう。逃げるつもりはないのに。
だくさん服を用意して、着飾って。
今はドレスではなく、男装用の服を着る。
今の状態は仕方ないにしても、イメリアの願いどおりにはなりたくは、なくて。
どうしたらしなくてもよくなるのか考えたかった。
「服をこちらに送るのはいいけど、わたくしが見られないのはもったいないし」
うーん、と悩ませるイメリア。
なにかよい案はないかしらと考えているのだろう。
アレクシアはその場に固まってしまい、イメリアの動作をぼんやりと眺めている。
困った状況を打破してくれたのは、一時間以上走り回ってあろうエリウスだった。
普段の彼なら見られない程、焦っていた。走り回ったせいで、汗もかいていた。
「イメリアさま、見つけましたよ!」
「あら、エリウス。ひさしぶりね」
全身で疲れたさまを見せるエリウスに対して、イメリアは優雅に反応する。
「そんなに走り回ってどうしたのかしら」
「あなたのせいですよ! 話を聞いて驚きました」
「これでも自重していたのよ。学院のお忍びは久々だったし」
アレクシアたちが学院に入学する前依頼らしい。
いつでもどこでもお構いなしのようだ。
「とにかく。お祖父さまが戻るようにとのことです」
ちらりとエリウスと目が合った。あとはなんとかするらしい。
イメリアはもっと楽しみにたかったのにと、不満をもらす。こういったお忍びは彼女自身が飽きるまでは帰らないのだ。
「あら、お兄さまはなにも言っていないのかしら」
「話は聞いてませんが、今頃頭をかかえていると思いますよ」
「もう少しアレクシアといたかったのに。――仕方ないわ、戻ることにしましょう」
おとなしくイメリアは従ってくれた。
さあ、とエリウスが手を差し出すとすんなり手を出してくれた。
「せっかくあなたに見つからないように動いていたのに、アレクシアと会って嬉しくなってしまって。うまく逃げるのを忘れてしまったわ」
残念、とぽつりと感想をもらす。
エリウスはだから探しても見つからないのかと肩を落とす。立ち寄りそうなところは全て回ったのだろう。いた形跡はあったが、彼がたどり着いたときにはすでにいなかった。うまいことかわされ続けたのだろう。
無事に合流できたので、走り回って大変だったがよしとする。
「またね、アレクシア。新しい服を送るから、今度感想を聞かせてね」
「――わかりました」
「ごめん、アレクシア。またあとでね」
エリウスが心配そうにアレクシアに言う。
だいじょうぶ、と答える顔色はあまりよくない。うまく返事をできたかどうかすらあやしい。
アレクシアはエリウスに連れられていくイメリアを見送った。
自分に向ける表情がどこか切なそうな感じがした。
またね、と手を振られたので同じように手を振る。
とてもとても心が苦しかった。




