男装令嬢の朝のおつとめ2
足を校舎に向けて歩きだすところだったが。
ぴたりと足を止めるアレクシア。
「アレクスどうしんだい?」
「すみません、気になることが……」
「いつものあれだね。いいよ行っておいで。授業の先生にはおれから言っておくから」
「ありがとう、ございます」
踵をかえして学院の門ではなく、壁沿いに向かう。
セイルはやれやれといったかんじでアレクシアの意見を尊重してくれた。しばらく見守ったあと校舎へと向かっていった。
壁にそって足を進める。
よく伸びた木の枝が学院の敷地内に入っているものがあるので、アレクシアは壁向こうの気配を気にしながら壁にそって歩いていく。
いくつか木を確認していると、壁の向こうから人の気配を感じる。
よく耳をすませると人が木に登っている気配を感じる。相手に気付かれないように静かに息をひそめる。
「よっ……と」
どさっと大きな音をたてて人影が落ちてきた。
難なく着地し身だしなみを整えている。
「おはようございます。ノール先輩」
「――毎日ご苦労さまだな、『アレクシア』」
「わたしは『アレクス』です」
「そうだったな、アレクス」
アレクシアの正体を生徒会以外で知っており見抜いた人物――ノール・エイグス先輩である。
ひとつ年上の学院の生徒。貴族枠で入学ではなく、優秀な生徒を入学させる後見人枠で入学している。
ひとつ下に――アレクシアと同じ年の生徒が――彼の家が推薦している生徒がいる。
アレクスとしての出会いはたまたまだったと思う。
もう少ししてから行くとセイルとわかれたあとぼんやりと門の付近を散策していとき出会った。
今みたいに突然上から落下してきたのだ。
目の前に降りてきてびっくりしたが、鐘がなる前に校舎に入ることをせず、門をくぐらない生徒だったのでひとまず問い詰めたのがきっかけだ。
その場でアレクシアをアレクシアと呼んだ。
人がいる場面では言うことはないが、こうやって会うと必ず本来の名前を呼んでくる。
とにもかくにも、彼を見ていると腹立たしくなる。
王立学院に入学できたのにまじめに登校していないなんて。
身なりもきちんとしたものではなくどこかだらしない。誰でも入学できる貴族の中には社交界と勘違いしているのか、将来の伴侶でも探すのが目的のような輩もいるが、それに近いようにも見える。
勉学よりも遊びを優先している。
アレクシアは学院の勉強が好きなので、目にあまる学院生活を送ることは許せない。
「今日は授業を受けに行ってもらいます」
「まじめなことで」
「特別授業を受けられるのにどうして――!」
「気軽でいるのが性分なんでね」
縛られるのはいやだという。
優秀であるのなら、もっと上を目指すべきなのに。
「とにかく、授業を受けてもらいます」
「――で、実力行使っていうわけね」
「こうでもしないと、あなた逃げてしまうじゃないですか」
アレクスとして学院に通いだして一月。生徒会の仕事をはじめてから彼と出会い三週間。のらりくらりとかわされ続けて、今日は引っ張っていこうと腕をつかんだ。
「おねがいですから、授業に出てください」
腕を引っ張ってもびくりともしない。歴然とした力差はあるので仕方がない。
自身の両腕を使って引っ張るがそでが引っ張られるだけで足が動くことはなかった。
むっと頬をふくらませた。
「言いたいことは分かるけどね――」
アレクシアは彼を動かせることに頭がいっぱいで周囲を見ていなかった。からかうようにしていたノールは、遠目に見えた人物に気づくなり空いていた手でアレクシアの体を寄せた。
「え、ちょっ――」
なにがなんだかわからずアレクシアはノールに茂みに引きずられた。
足の高さぐらいしかない茂みで広がりもなかったので、大いに密着させられた。
目をぱちくりするとノールと目が合った。
「静かにしててくれ」
「あ、あのっ」
詳しい返事はもらえず今度は頭を押さえつけられた。今度は地面の草がよく見える。
五秒ぐらいそのままの体勢にさせられると、頭の手が離れた。
ようやく自由になった頭を上げると、周囲を見回すノールと目が合う。
「悪い。あいつがいた」
「……セリカですか」
「あれだけでもうるさいのに、お前まで授業へ受けろと言ってくるし。勘弁してくれ」
「すなおに授業を受ければいいじゃないですか」
「学院では気楽でいたいんだ」
「学院の生徒としての規律がですね――」
がみがみと言い合う。
今日はいつもよりも接点が多い。
のらりくらりと逃げられることが常だったので。
「もうだいじょうぶだ」
ノールは、アレクシアを立たせる。
アレクシアは服についた葉っぱをはらう。
――――ゴーン。
学院の敷地内に授業の開始の鐘の音が響く。
もうすぐ授業が始まる。
「授業……」
アレクシアは始まるであろう授業に遅れることを察する。
セイルが口添えをしてくれたとはいえ、遅れてしまうのは気が進まない。
知らず顔が困り顔をつくる。
ノールは気まずそうな顔をして、頭をかく。
一秒か二秒、気まずい雰囲気が漂ったあと、アレクシアは手を掴まれた。
さきほどとは逆の状況。
「あの?」
「授業、行くんだろ」
「――はい」
少しだけ間をあけて返事をした。
これで素直に授業を受けてくれるといいのだが、いつものように逃げられるよりはましだろうと、彼に引っ張られながら思った。
……ほんのちょっとだけ足の速さを遅くしてくれたらよかったのだけど。