男装令嬢の朝のおつとめ
おはようございますと今日もたくさんの生徒たちが学院の門をくぐる。
アレクシアは生徒会の一員として生徒たちの登校を見守るという役目をおっている。
「おはようございます、セイルさま、アレクスさま」
「おはよう」
「おはようございます」
礼儀正しくアレクシアはセイルのあとにあいさつをつづける。
アレクスとは今のアレクシアの名前である。さすがにアレクシアという女性名で男として名乗れない。
アレクシアにあいさつをするのはほぼ女生徒たちだ。男子生徒は軽く会釈をするか、てきとうにあいさつを言って門を抜けていく。
女生徒たちは門を抜けていくものもいるが、何十人かは門の周辺にたむろっている。
登校の邪魔になってしまうが、やや離れて立っているので邪魔にはなっていない。
ちらちらと門の外を見守る女生徒たち。
男子生徒はさっさと行かなければと足早に抜けていく。
門の外がだんだん騒がしくなってくる。
「来たようだね、キミのいとこどのは」
セイルが今日もまたはじまるねといったかんじにおもしろそうににこにこしている。
アレクシアはもまたいつののことなので、そうですねといったかんじで返す。
もはや恒例行事だ。アレクスとして学院に通うようになってから。
アレクシアとしてはおとなしく学院生活をおくりたいが、それができない。
通う条件に男装すること、生徒会に入ること、生徒会の仕事をすることだ。
とはいえ、いとこの相手は慣れているので少しずつ見えてくる彼がやってくるのを見守る。
「やあ、アレクス。20分ぶりだね」
毎日同じ寮の棟に暮らしていて、いつも顔を合わせているのに少しでも離れていると久しぶりといった感じになる。
アレクシアはいつも相手をしているので別になんとも思ってはいないが。
周囲の女生徒たちがざわめきだす。今日もなにかあるかしらと、きらきらした目を向けている。
男装する前はそのような目で見られたことはなかったのに、不思議なことだ。
エリウスは慣れた手付きでアレクシアのあごに手を伸ばす。身長差があるふたりなのでアレクシアの顔が上向きになる。
エリウスの整った顔が近くに見える。女生徒たちならことばが出ないくらいの顔つきなのだが、相手はアレクシア。幼いころから付き合っていることなので、特別なにも感じない。
顔が一段と近づいている状態なので、女生徒たちの黄色い悲鳴が門の周辺に広がる。
遠目ではすでに校舎に入った生徒も遠眼鏡などを使ってこの姿を見ていたりする。
男子生徒が足早に門をくぐるのも、この女生徒たちの声を聞かないようにするためだ。
「少し離れただけなのに」
「それがぼくにとっては耐えがたいからね。アレクスの顔を見られてうれしいんだ」
「……いつもながら飽きないねえ」
セイルがいつものやりとりを苦笑しながら見守っていた。
このやりとりはアレクスがこの学院にいるためには必要なことだと認められてしまっているので、別段咎めることはない。
あまり時間をかけてしまうと生徒たちの登校に支障が出るからほどほどに、と注意されているくらいだ。
「もっと一緒にいたいのだけど、先に教室へ行ってるね」
「またねエリウス」
名残おしそうに エリウスがアレクシアの耳元に近づけると、女生徒たちの反応が面白かった。
声を上げるもの、息をのんでしまうもの、くらりと立ちくらみをするような姿勢をするもの、さまざま。
今日もよいものを見られましたわ! とうれしそうにするものは、同じ考えの子ときゃっきゃしている。
不思議だなとアレクシアは思うけれど、それがいいのだから気にしなくていいとセイルに言われているので、ただ見てるだけだった。
誰かと目が合うと、相手のほうが目が合ってしまったわ! と恥ずかしそうに目をそらしていく。
今のアレクシアは女生徒たちに人気があるのに気づいていない。
「あいかわらず大げさだね、きみのいとこどのは」
「お騒がせしてすみません」
「気にすることはないよ。あれが朝のあいさつに加わったら、とてもじゃないが登校できる状態にならなかったと思うけど」
生徒たちの流れが戻って、生徒たちが通っていく。
朝の恒例行事がすんだあとなので、門の周辺にたむろう女生徒はいなくなっている。平常の登校時となる。
アレクシアが生徒会に入っているが、 エリウスもまた生徒会に入っている。とくに役職はなく、 エリウスだから生徒会に押し込まれたようなものだ。アレクシアの場合、男装して通うようになってから生徒会に入れられた。
アレクスとして学院を送れるようにという配慮のためだ。
その一環として、アレクシアは門の前で生徒たちの登校を見守るということになったのだが、 エリウスもやりたいと言ってきかなかった。
会長他全員に却下されてしまい、アレクシアの朝の仕事を一緒に手伝っているのはセイルである。
アレクシアにやさしくしてくれて、よい先輩だ。
もし エリウスが朝の登校を見守ることになったら、アレクシアにかまいすぎてそれがギャラリーを呼びとても落ち着いて登校できる状態にならない。 エリウス自身を慕う生徒が寄ってくるのでいろいろ厄介そうだ。
「毎日ほぼ一緒に過ごしているのに、少し離れただけで大げさだよね」
「最近は少し度がすぎている気もします」
「だろうねぇ」
もともと エリウスは幼いときからアレクシアをかまっていた。
いとこ同士ということもあり、彼と気軽に話せていたのもあったのだろう。アレクシア自体はあまり王宮へは足を運ぶことはなかったかわりに、エリウスが毎日のようにアレクシアのいた公爵家へ遊びに来ていた。
いつも一緒にいて、かわいがられていた。
他の令嬢たちがアレクシアをよく思っていなかったが、公爵家という家柄もあって面と向かって対抗することもなかった。
四六時中一緒にいたこともあって、アレクシアが学院に入るときは同じ寮になりたいと エリウスはわがままを申し出たが、さすがに同性でもないのでそれはできないと却下されて悔しそうだった。
いまは男として通っているので、 エリウスは喜々として同じ寮にアレクシアを入れた。
正体を知っているものたちからすれば、年頃の男女を同じ屋根の下でとなるのだが、表向きは同性なのでなにか問題があるのかいと周囲を黙らせた。
学院の鐘が大きく響きわたる。
いつのまにか生徒たちもほぼ学院内に入ったのか、周囲に生徒はいなくなっていた。
アレクシアとセイルだけが門のところに残される。
セイルは遅れて入ってくる生徒がいないか門の外を確認したが、いないようなので守衛に門を閉じるように伝えた。
ギイ……と鈍い音をしながら門がしまっていく。
「さて、今朝もお疲れさま。アレクス」
「お疲れさまです、セイル先輩」
にっこりと朝の仕事をねぎらってくれた。
アレクシアは反動で頭を下げる。
「もっと気軽でいいよ」
「と言われましても、セイルは先輩でもありますし」
「うん、そうだよね。そんな素直なアレクスにはご褒美にこれをあげよう」
セイルはポケットからなにか包まれたものを取り出す。
そっと取り出すのでだいじなものののようにも見える。
しゅるりと包みのリボンをほどくと、中から甘い香りがだたよう。
包みのなかのひとつを手にとってアレクシアの口もとへ。
「うちのところの新作。食べてみて」
セイルの実家はいくつかの商売をとりまとめていることもあって、そのなかのひとつとしてお菓子をよく持っている。
初めて食べたときはおいしかったのを覚えている。
今日のお菓子――クッキーもおいしそうだ。
「では、いただきます」
「はい、あーんして」
最初に食べたときもそうだったが、セイルはアレクシアに直接食べさせている。
はじめはよく分からず口にしてしまったが、それ以降もセイルはアレクシアに食べさせることをつづけている。
普通はしないことなのだとわかっているが、セイルだと食べさせられるのが当たり前のようになってしまった。
さくりと噛むと、口の中が甘くなる。
さくさくとした歯ごたえが、甘さがとけていくようなかんじだ。
じっくりと味わって飲み込む。甘くておいしかった。
「気に入ってくれたみたいだね」
「あ、はい。おいしいです、とても」
甘くておいしいものを食べたので、アレクシアは頬をゆるめた。
そんなに表情は変わらないが、好きなものを食べるときは別格なのか、顔がゆるみっぱなしになりそうだ。
セイルはもうひとつどうかなといって、アレクシアにまた食べさせる。
朝からこんなおいしいものを食べてしまっていいのだろうか。
「今日も無事に朝の登校が終わったからね。アレクスはきちんと仕事をしてくれたし」
またひとつクッキーを食べてしまう。
しあわせなひとときだ。
お茶を飲んで優雅にといきたいが、これから学院の授業がある。
やるとすれば終わったあとで。
「さて、ぼくたちも教室へ行こうか」
「そうですね」
「あ、ちょっとまって」
セイルはアレクシアを呼び止め手を伸ばす。
服についてしまったクッキーのかすを払った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。行こうか」
生徒たちの朝の登校を見守ったあと、お菓子をセイルからもらうのが恒例になっている。
ひそかな朝の楽しみであるのは秘密なのだが、態度で気づかれていたことに気づいていないのだった。