この世界が乙女ゲーなんて知らなかった
『それで一体いつ婚約破棄してくださるのですか?』
『君を愛しているのに婚約破棄などする訳ないだろう?』
王宮の中の庭園は、四季折々で楽しめる様になっている。ここはその中でも春の花々が楽しめる、春の庭園にある四阿のひとつ。
そこでこの国の第一王子であるフェルザー・サナーシュとその婚約者である伯爵令嬢のロザーリア・サントスがお茶会をしていた。
八歳の時に婚約者になり、早二年。お互いに気心も知れ、週に一度はこうしてお茶会を開く程には仲の良い間柄である。もちろん離れた所に侍女と護衛は控えており、二人きりではない。
楽しげに会話をする二人を、周囲の人々は微笑ましく見守っている。
こんな会話をしているのに。
それもその筈、二人の周囲には遮音の魔法が張られていて、二人の会話は誰にも聞こえない。さらに二人とも日本語で話しているため、読唇術すらも使えないときた。
何を隠そう、二人とも日本からの転生者なのだ。
フェルザーは生まれた時から、前世の記憶があった。
前世では下の上くらいの会社に勤めながら、ゲームや小説、漫画などを楽しむ一般市民だった。転生ものは好きで読んでいたし、気付いた時には、転生キター!と純粋に喜んだものだ。
だが周囲を確認出来るようなるにつれ、自身の紺青の髪と両親の顔の良さに慄き、更に第一王子である事にビビった。
いきなり王族は厳しくない?
第一って……このままだと王様になんの?
俺が!?
……ムリじゃね?
と焦っていたが、弟のベルナルドが正妃様から生まれて、王太子に内定したので、ホッとした。
ママン、第二妃でありがとうーっ!!
それでもスペアとしての教育はなされた。
王族ゆえに教師陣は最高クラスだし、望めば何でも教えてもらえた。
俺の体は王族らしくスペックが高かったし、魔力も膨大だった。
そう!魔力!!
魔法のある世界!!
日本人なら誰でも憧れる魔法!!!
うきうきと魔法を習い、前世の記憶を交えてオリジナルの魔法を開発した。その一つがこの遮音の結界だったりする。
剣術もきちんと体を鍛えることから始め、今では騎士団の隊長クラスに勝てるようになった。
将来は辺境の領地でももらって、魔獣を討伐したりして国に貢献出来れば良いなぁと思っていた。辺境伯とかカッコイイじゃん。
そんな俺だが王族ゆえに早々に婚約者を決めろと言われ、王家主催のお見合いならぬ、お茶会が八歳の時に開かれた。そこで出会ったのがロザーリアだった。
その頃には自身の見た目の使い方を習っていたし、それぞれの席に行き王子らしく挨拶をして回った。
どの令嬢も美しく着飾り、頬を染め、俺を見ているが、正直みんな同じに見えた。子供だし。
そんな中ひときわ瞳をキラキラさせている令嬢がいた。
ブロンドの髪で深い緑の瞳が俺を見つめている。
他の令嬢と同じように頬を染めているが、その熱は半端無く、深い憧憬すら感じる。不思議に思い注意して見ていると、小さな声で「スマホが欲しい……」と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
その子も同じ転生者だとみなし、婚約者として選ばせてもらった。
彼女は伯爵令嬢だったので、母上に少し渋られた。でも俺は王位に興味はない事、何より彼女が気に入った事を伝えたら、何とか了承してもらえた。
婚約を申し込みに行った際には、伯爵には驚かれたが彼女は頬を染め嬉しそうにしてくれた。
しばらく様子を見てから、俺も転生者で生まれた頃から記憶があると伝えた。
ロザーリアは五歳の頃に高熱が出て、前世を思い出したそうだ。
お互い日本人であったが、前世での接触は皆無だった。生まれた場所も違えば、年も違う。それでも共通の常識がある相手と話すのは楽だったし、楽しかった。お互い気兼ねなく話し合える相手として、気軽に付き合っている。
だが、第一王子の婚約者として、王妃教育まではいかない迄もそれなりの教育がなされるようになり、ぶーぶー言い出した。
あまり勉強は好きではなかったらしい。
そうは言っても、教師達には評判は良いし、それなりの成果は上げている。
そう告げると、出来るのと好きなのは違うと言われた。確かに。
それ以来、会えば必ず婚約破棄してくれるように言い出すようになった。
もちろんお互いに本気じゃないのは分かっているので、こうして軽口を言い合っている。
『大体、王子妃なんて女の子の夢じゃないのか?』
『夢は夢のままだから良いんじゃない。現実はしんどい。勉強は面倒だし、やっかみは激しいし、貴族は腹黒いし、いいトコないじゃん』
『でも破棄なんてしたら、貴族として終わるだろ? どうすんだよ?』
『え〜? 平民になって気楽に暮らすなんて良いんじゃない? パン屋さんとかやりたい!』
『リアだけ逃げるなんてズルいぞ!!』
『フェルだって嫌なんじゃん』
『当たり前だろ? 王族なんて一般市民には荷が重いぜ』
『そう? フェルはちゃんとやってるじゃん。対外的には文武両道、何でも出来る完璧王子。でも控え目で良いって』
『それはリアだってそうだろ? 王子妃に相応しい、出来た令嬢だって。対外的には』
そう、二人ともデカイ猫を飼っていて、外面だけは良いのだ。
こんな会話をしていても、バレないくらいには。
『あ〜あ、それにしても早く学園に行きたいな〜』
『なんだ? 勉強が嫌いなのに学園には行きたいのか?』
『そうだよ。だって聖地巡礼してみたいじゃん!』
『聖地?』
『うん、「あな恋」の世界が実際に見れるんだよ? あ〜、早く見てみたい!』
『「あな恋」って何だ?』
『あれ?言ってなかったけ?この世界って「あなたに恋する」ってゲームの世界だよ?』
『はぁ!?』
驚き過ぎてティーカップをガチャンと音を立てて置いてしまった。
そんな事など滅多にないから、ロザーリアも驚いてこちらを見た。
それを見て自分の失態に気付いたが、護衛達には気付かれてはいないようで安心した。
……遮音しといて良かった……
いや、それどころではない。
今、信じられない事を聞いた気がする。
まさかと思うが……
恐る恐るロザーリアに尋ねる。
『それって……まさか乙女ゲーなのか?』
『? うん、そうだよ』
『そんな事、聞いてねーぞ!!』
『知らなかったの?』
『乙女ゲーなんぞ、知るわけないだろ!!』
『え〜、結構人気あったのに〜』
頬を軽く膨らまして拗ねるロザーリアも可愛いが、宥め賺して改めて聞く。
『まさか……俺も攻略対象なのか?』
『ううん、フェルザーは違うよ。ちょいちょい出てくるのに攻略出来ないから、結構板でみんな荒れてた。人気あったから、制作会社に要望出してる人もいたよ』
『ヘ〜』
自分が人気があったと聞いて、男として喜ばない奴なんて居ない。
『攻略対象者とのスチルはそれぞれあったから、それをgetするために頑張って周ったなぁ……って!』
『ほっほ〜ぅ、さてはリアも俺が推しだったのか?』
にやにやしながら聞くと、真っ赤な顔で否定してきた。
『ち! ……違うからっ!! う、ううん、違わないけど……フェルザーは好きだったけど、あんたじゃないし!!』
そこまで否定されるとちょっと傷付くが、確かに中身が俺じゃあイメージも変わるだろう。
『なんか、ごめんな? 中身が俺で……』
『そ! そんなんじゃないし! ……それに今の方が……す、好きだし……』
ヤバイっ!!ロザーリアがデレてる!
可愛いっ!
『有難う。俺もリアが好きだよ。だからずっと一緒にいてね?』
そう、優しく微笑めば、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そして聞こえない位の小さな声で、『うん』と言ってくれて俺は満足だ。
って違う!
そうじゃなくて。
『で、その乙女ゲーなんだけどさ。それってテンプレの断罪とかあるタイプ?』
『う、うん。平民のヒロインが貴族の隠し子と分かり、貴族に引き取られて学園に入って王子とか騎士とかと恋に落ちる、ど定番のやつよ』
『じゃあ、悪役令嬢がいて卒業パーティで断罪して、婚約破棄するってヤツ?』
『そうそう、な〜んだ知ってんじゃん』
『違う、乙女ゲーは知らない。でもざまぁ系の小説は面白かったから読んでた。そっか……俺じゃないって事はベルナルドが王子様か?』
『そうそう、溺愛系のベルナルドと脳筋のジャン、腹黒のエルンストにわんこ系のイグナーツ。後は先生でヤンデレのブライアンが隠れキャラね』
……マジか……
王太子に騎士団長の嫡男、宰相の子息、魔術師団長の息子、さらにブライアンは先王の隠し子だ。
国の主軸になる人物勢揃いしてるー。
ヤバイヤバイヤバイ!
額に手を当てて天を仰いでいる俺を怪訝そうに見ながら、ロザーリアが躊躇いがちに聞いてきた。
『どうしたの? そんなに自分が攻略対象じゃなかった事がショックだった?』
『違うわっ!!』
『じゃあ、何よ?』
はぁ〜と深い溜息をついて、改めてロザーリアに向いて話す。
『ロザーリア様には俺達にとって最悪のこの状況が分かっていらっしゃらない?』
嫌味っぽく聞いたら、むぅっと拗ねてしまった。
『質問を変えよう。おそらくヒロインが誰を選んでも、パーティで断罪するんだろ?』
『そうよ!』
『そんな公のパーティで断罪して婚約破棄しようものなら、おそらく責任を問われるよな?』
『……そうね』
『最悪、幽閉か廃嫡されるぞ。その場合、一体誰が王太子になる?』
『そりゃ……第一王子のフェルが……』
『そうだろうな。不本意だが。それで? 俺が王になったら誰が王妃になる?』
そこまで聞いて、ようやく思い至ったのかサーッと顔が青くなる。
『……え? え? えーっ!! イヤーっ!! 私は嫌よ!? 王妃なんてムリムリムリムリー!!』
『俺だって王なんかなりたくねーよっ!!』
すると今まで焦っていた佇まいを直し、真っ直ぐに背筋を伸ばして綺麗な礼をして、キリッと聞こえそうな顔をしながら言う。
『今までお世話になりました。今日限りで婚約者をやめさせていただきます!』
『アホかーっ!! 絶対に逃さんからな!』
『え〜、でも王妃なんてなりたくないよっ!』
ロザーリアはちょっと涙目だ。
『分かってる、俺だって嫌だ。でもまだ間に合う筈だ。今から対策しよう!』
『どうするの?』
『それは今から考える。そうだ! ゲームの内容って覚えているか?』
『う、うん。前世の記憶を思い出した時に忘れないように書き出したから』
『流石だな……じゃあ今度それを持ってきてくれるか?』
『分かった』
『因みにリアは出てなかったのか?』
『そうね、フェルに婚約者が居るって設定は聞かなかったわ。だから選ばれた時にあれ?って思ったもん』
『ふーん、じゃあ丸っきりゲームの世界って訳でもなさそうだな』
取り敢えず今出来る事は何だろう?
うーん、ヒロインが本当に居るか確かめとくか。
『ヒロインってやっぱりピンク頭で、今は孤児院にいるのか?』
『うん、ゲームではそうだよ。ピンクの髪で茶色の瞳だった。孤児院がどこかまでかは分かんないけど』
ま、そりゃそうだよな。
『じゃあ引き取られる貴族って分かるか?』
『えっと……コルウェル男爵だったと思う』
『分かった。俺はその辺を調べてみる。ロザーリアは何か思い出した事があったら書いといてくれ』
『うん。今度、聖書持ってくるね』
『……お前、そんなに好きだったんだな……』
『良いじゃん! スチルがカッコ良かったんだもん! 後、声も!』
『まあ、俺も人の事は言えないけどな。頼んだぞ、また来週な』
◇◇◇
何気にチートな俺は、風の眷族を召喚してヒロインを探してもらった。
同じく闇の眷族を召喚し、男爵を探ってもらう。
ちなみに風は小鳥で移動も早いし、広く音も拾える。闇はてんとう虫で闇に紛れると気配がなくなり潜入調査には最適だ。形は趣味かな。
ピンク頭はすぐに見つかった。そんな変わった髪色など他に居なかったからだ。
観察してみると、すでに周りの人々に好かれていて、他に比べてかなり贔屓されている。
だがそれに対して周りも何の疑問も持っていなさそうで、不自然な世界だった。おそらく所謂魅了魔法を無意識の内に使っているのだろう。
それと今の所、転生者らしき言動は見られなかった。
まあ、入学式に思い出すって話もあったし、油断は出来んな。
うーん……
サクッと消しちゃえば話は早いけど、まだ何もしていないのに消すのもなぁ……
それに強制力があるかもしれないし……ここはしばらく様子を見るか。
取り敢えず先に男爵を消すか。
貴族なんて何かしらの後ろ暗い所がある筈。
その辺から突いてみよう。
それにしても……ブライアンがヤンデレか……知りたくなかったな……
幼い頃から知っている叔父の知られざる性癖を知って、少なからずショックを受けているフェルザーだった。
◇◇◇
次の週、ロザーリアは聖書を持ってサロンに行った。
今日は天気が悪いため室内になったのだ。
「お招き有難う、フェル」
「ようこそ、リア。今日も綺麗だね」
「……有難う」
「さ、座って」
椅子を引きロザーリアを座らせてから、フェルザーも座る。
温かな紅茶を入れてもらい、侍女が下がると遮音魔法を張る。
『はい、持ってきたよ、コレ』
『お、サンキュー。どれどれ』
ロザーリアから渡された聖書は、日本語で攻略対象ごとに時系列でわかり易く書いてあった。
『おーすごいな、コレ。わかりやすい!』
『そうでしょ〜。私昔からノートまとめるの得意だったんだ』
ドヤ顔しているロザーリアも可愛いと思いつつ、読み進める。
まあ、大体はテンプレ通りの展開だった。
勉強や魔法を頑張りつつ、イベントごとの会話の選択肢で好感度が上がるシステムらしい。
『これって、好感度を上げるアイテムとかあったのか?』
『そうだね……確かお菓子を作ってあげると上がったよ』
『お菓子か……』
それにも何か入ってそうだな……
『ねぇねぇヒロインって居たの?』
『ん? あぁ、居たよ。ピンク頭。やっぱ魅了魔法使ってそうだった』
『え!? それってヤバイじゃん!』
『まあ、それに対しては対策を練る。それと今の所転生者ではなさそうだった。まあ、いつ記憶が戻るか分からんから様子見かな?』
『そうなんだ……あの……やっぱ……可愛かった?』
俯きながらチラチラとフェルザーを伺いながら聞く。
フェルザーは自分にハッキリと好意を示してくれているが、やはりヒロイン。物語の主人公に惹かれてしまうのではないかと不安になってしまう。
『ん? そうだな……可愛らしい顔はしてたかな? でもあの周りの異様な雰囲気は気持ち悪かった』
『そう……なんだ』
フェルザーがヒロインに対して、何の思いも持っていなさそうなので少し安心したロザーリア。
フェルザーにとってはむしろ自分を害する敵として認識しているので、そんな気は毛頭無い。
『ヒロインが男爵家に引き取られるのはいつだ?』
『えっと……入学の一年前かな? それから貴族教育されるんだけど、継母の嫌がらせで、しっかりとは習えなかったって言う設定だった筈よ』
『そうか、じゃあ後四年はあるな。それまでに俺は魅了魔法の対策と過去の事例を調べてみるよ』
『私は何をしたら良い?』
『そうだな……攻略対象の婚約者達と仲良くなっておいてくれ。どっちにしろ協力を仰がなければならないだろうからな』
『分かった』
『あ、それと出来ればヒロインが作ったと言うお菓子も再現してみてくれ』
『え? 何で?』
『そんな怪しいものをみんなに食べさせる訳にはいかないだろ? レシピが分かれば、予め作っておいてそれとすり替えて食べれるじゃん』
『なるほど〜』
『そうそう、リアの作ったパンも食べてみたい。良かったら作って』
『うん、分かった。美味しく出来たら持ってくるね』
『期待して待ってる。これはしばらく借りるな。写したら返すよ』
『それはいつでも良いよ。じゃあまたね』
◇◇◇
あれから王家の歴史や禁書を片っ端から調べてみると、自国ではないが他国で以前にピンク頭によって、国が傾きかけた事があると分かった。時系列的にはおかしいが、ゲーム補正もあるだろうしこんなもんだろう。
同時に魅了魔法を無効化する研究を始めた。
一応そういうものから守るお守りは聖職者が作ってくれるが、効果が短く使い勝手が悪い。だから教会に無理を言って作る所を見せてもらい、同じような事を魔法で出来ないかやってみた。中々上手くいかなかったが一年後には形になり、二年後には魔石に付与出来るようになった。
コルウェル男爵は悪どく人身売買をしていたので、サクッとお縄にして領地を没収させてもらった。これでヒロインが貴族にならなければ、何の問題もないがそんな簡単にいかない気がする……。
念のため保険をかけておくか。
そのための人材を探し、当たりをつけておく。
その辺で陛下に謁見を申し込み、事の次第を報告する。
何も問題なければそれで済む話だ。一年後にゲーム補正があるかどうか解るだろう。それを踏まえての計画を話し、了承を得る。
得たところで相手にも了解を得て、待機してもらう。
ロザーリアは順調にお菓子作りが上手くなり、パンも試行錯誤して美味しいパンが作れるようになった。
お菓子はゲーム用に使用するのでおいておいて、せっかく作ったパンなのでこっそりオーナーとしてパン屋を経営したらどうかと言ってみた。衛生管理もきちんとした店を作りあげ、ロザーリアに渡すと嬉しそうに新作のパンを作って販売するようになった。楽しんでいるようで何よりだ。
そして──ゲーム開始一年前。
嫌な予感は当たるもので、ヒロインは違う男爵家の庶子として貴族入りしてしまった。これは間違いなく補正が働いたという事だろう。
未だに転生者らしき言動は見当たらない。それが良い事なのか、悪い事なのか今はわからない。
補正があると分かったので、関係者全員を集めて説明をする。
王太子のベルナルドとその婚約者、公爵令嬢のカトリーヌ。
宰相の息子の エルンストとその婚約者、侯爵令嬢のイザベラ。
騎士団長の息子の ジャンとその婚約者、伯爵令嬢のルイーズ。
魔術師団長の息子 イグナーツとその婚約者、伯爵令嬢のエーファ。
それと俺とロザーリア。
会議室に集まってもらい、それぞれ椅子についてもらう。
俺の名前で集まってもらったからか、みんな怪訝そうな雰囲気を漂わせている。
俺とベルナルドとの仲は良いが、貴族の中では派閥があったりする。面倒くさい事この上ない。
「今日はこの国の未来に関する事で関係者に集まってもらった。まずは手元の書類の薄い方を読んでくれ」
それは俺がロザーリアの聖書からゲーム仕様と転生者関係を抜いて、この世界の人間にもわかり易く書き出したものだ。一連の流れと、その結果の推測が書かれている。ちなみに厚い方には全てのイベントが書き込まれている。
読んでいる間にお茶を入れてもらい、侍女は下がらせ人払いをする。
部屋にいるのは俺の従者のアンディーとベルナルドの従者だけだ。
俺は元々、王位を継がず辺境伯になりたかったので従者は必要ないと断っていたのだが、こいつは俺の何が気に入ったのか知らんが自ら従者になりに来た奴だ。まあ、来る者を拒む程ではなかったのでそれ以来側に居る。
読み終わったエルンストが俺に聞いてきた。
「フェルザー殿下は、本当にこんなものを信じていらっしゃるのですか?」
「起こらなければ、それに越した事はない。私がしたいのは、起こった時の対策だ」
そう言うと渋々と言った感じだったが黙った。
それを見てベルナルドが問うてきた。
「それで兄上はどう対応なさるおつもりで? 私達に何をせよと?」
アンディーに合図するとそれぞれの前に箱に入ったピアスを置き、待機している者達を呼びに行った。
「まずは全員にこの魅了魔法無効化のピアスをつけてもらいたい。学園が始まる前までには必ずつけるように。一応それぞれの婚約者の瞳の色で作ってある。これは絶対に一年間は外さないでくれ」
「これは……?」
「相手は無意識で魅了魔法を使ってくる。それに抵抗するにはお守りでは心許ないので、私が作ったものだ」
イグナーツが魔道具に食い付いて目をキラキラさせながら、ピアスを見ている。
「ホントですね! 素晴らしい出来です。魔石に付与してあるものなんて、初めて見ました! 今度ぜひ作り方を教えてください!!」
うん、めんどくさい。
「まあ……そのうちな。で、おそらく強制力が働き、避けてもイベントが起こってしまうと予想される。そこで、紹介したい者たちが居る。入ってくれ!」
そう言うと扉から、現在この部屋にいる者たちに劣らないくらいに顔の整った三人が、アンディーと共に入ってきた。ちなみにアンディーもそれなりに整っている。
「彼らは?」
「紹介しよう。ガット、ルチオ、レイニーだ。彼らには君達の代わりにイベントをこなしてもらう。勿論彼らもピアスをつけてもらうし、その辺も了承済みだ」
そう、彼らこそ俺が探し出した人物だ。
それぞれ騎士見習い、魔道士見習い、文官見習いで顔のいい奴を探すのに苦労した。見付け次第話を付け、婚約者は決めず学園での協力を求めた。勿論陛下に許可を得て、無事一年が過ぎたら望みの褒美を与える事になっている。
「私達の身代わりという事ですか?」
「そういう事だ。だから彼らを近くにおいて欲しい。出来れば常に行動を共にしてもらえると助かる。ちなみにベルナルドの代わりは、私が行う」
「待ってください! それだと兄上とロザーリア嬢に迷惑がかかります! この話の通りだとすると、最後にあんな事をすれば……」
「だからこそ私がする」
「それに彼らにも醜聞が……」
「彼らには婚約者はいない。私は…ロザーリアの協力もある」
「だとしても兄上がこんな事をする必要なはい! 私がきちんと対応すれば良いだけの話だ!」
「そうですね、我々も分かった上での話ならばお互い問題ないかと」
そうエルンストが言えば、隣のイザベラもうんうんと頷いている。
それを機にガヤガヤと文句を言い出してきたが、こいつらは王太子派なので俺の事が信じられないのだろう。だが、そんなことはどうでもいいのだ!
「いいかぁー!!」
バンっ!と机を両手で叩き、立ち上がる。
「俺は! 絶対に!! 王位は継ぎたくないんだ!!!」
そう言い切ると呆気に取られた顔でみんなが見る。
「そのためにはベルナルドに恙無く、学園生活を送ってもらわねばならない! 俺の評価が下がろうと、そんな事はどうでもいい! それにこれは陛下も了承している事だ。君達に拒否権はない! 俺に協力してもらう! いいな!!」
ベルナルド達はぽか〜んとした顔をしてるし、ロザーリアは「あ〜あ、言っちゃった〜」みたいな顔をしている。
アンディーに至っては「上からだなぁ」という心の声まで聞こえてきて、イラッとしたところでくっくっと笑い声が聞こえた。
音源を見るとなんとエルンストが声を出して笑っていた。
ジト目で見つめると、なんとか笑いは引っ込めたが口角が下がっていない。
「……失礼。どうやら殿下は私が思っていたような方ではないようだ。良いでしょう。殿下の指示に従います」
ベルナルドを見れば、やれやれといった風に肩を竦めて苦笑いをしていた。
「兄上は一度言い出したら聞きませんからね。分かりました。指示に従います。でも兄上が危険な目にあうことは避けてくださいね!」
「分かった。大丈夫だ、有難うベルナルド」
ジャンとイグナーツも了承してくれたところで令嬢達が声をかけてきた。
「私達もご協力いたしますわ。それで私どもは一体何をすればよろしいのでしょうか?」
「有難う。貴女達はまず一人で行動しないでいただきたい。ほんの少しの時間でも決して一人にはならないように。ロザーリアとカトリーヌ嬢には王家の影がつくが、他の生徒にも分かりやすいように常に誰かと行動して、相手に付け入る隙を与えないようにしていただきたい。その上で相手に対して常識範囲内で苦言をしてくれると有難い」
「苦言……ですか?」
「そう、貴女達から見て目に余るようならで良い。勿論気にならなければ何もしないで欲しい。ここに書かれているような下らないいじめや嫌がらせなど、貴女達がする訳がないのは分かっている。だが冤罪をかけられる恐れがある以上、中身を把握し、それに近づかない様にしてくれればいい」
「成る程……分かりました。その辺りは私達で相談して決めてもよろしいでしょうか?」
「勿論だ。女性には女性のルールがあるだろうから、それぞれ話し合って決めていただいて構わない」
「有難うございます」
「それと各家の料理長にレシピを渡しておく」
「何のレシピですか?」
「相手が作ってくるであろうお菓子だ。それを随時用意しておいて欲しい。そんなにすぐには作ってこないと思うが、持ってきて食べざるを得ない場合はそちらとすり替えて食べるように。絶対に食べないよう気をつけてくれ」
「「分かりました」」
「あとはその書類を読み、頭に叩き込んでおいてくれ。基本的にイベントの本編は彼らに行ってもらう。一応君達に起こった時の対応も書いてあるが、その時に応じて臨機応変に対応してくれればいいと思う。特にベルナルドは私と学年が違うため、どうしても避けられないイベントがあると思う。そこは注意して欲しい。それと君たちは彼らと友好を深めてくれると助かる」
「友好ですか?」
「学園では一年間共に過ごしてもらうのだから、ある程度知り合っておいた方がいいかと思う。彼らは君たちに比べて爵位が低いが、この期間中は不遜を問わないでもらいたい。あと言い忘れていたが彼らは君たちと同じ年ではない。だが君たちと同じ学年で同じクラスに入れてもらうよう、学園長に了承を得てあるので問題ない」
流石にベルナルド達と同い年では探し出せなかったのだ。彼らはこの計画に必要だが、負担が大きい。だからこそ陛下に頼んで願いを叶える了承を得られて本当に良かった。
「そうですね……いきなりよりは良いかと思います」
「何か質問はあるだろうか?」
それぞれ視線を交わしながら聞いてみると、おずおずといった風にイザベラ嬢が訪ねてきた。
「あの……どうしてフェルザー殿下はこんなにも詳しく、未来に起こる事がわかるのですか?」
それは全員が思っていた事らしく、みんな俺が答えるのを固唾を呑んで待っている。
しまった……その質問の答えは用意していなかったな……
うーん、仕方ない。笑ってごまかすか。
にっこりと微笑んでみんなを見渡せば、ヒュッと誰かが息を呑んだ音が聞こえて次々と目を逸らし始めた。
「あ……いえ、何でもないです……」
震えながらイザベラ嬢が何とか声を出した。
あれ?
怖がられてる?
そこで俺は自身が深い海を思わせるような紺青の髪に薄い薄氷のような瞳、彫りの深い切れ長の目で黙っていれば、怖い顔立ちだという事を思い出した。
怖がらせるつもりはなかったんだが、これ以上質問はされないようなのでよしとする。
「では何か質問があったら随時私に聞いてくれればいい。先にも言ったが、これは起こらなければ、それに越した事はないのだ。でも起こってしまった場合、恐ろしい結果になり得る。だが全員が全容を知っていれば対応しやすい。知っているのと知らないのでは全くと言っていいほど違うだろう。その辺りを踏まえた上で協力を願う。今回は以上だ。解散!」
そう言えばそれぞれが退出を始める。
「あ、ベルナルドは少し残って欲しい」
「分かりました」
他の者が退出したのを確認した上で話を進める。
「そこには書いていないが、実はあと一人攻略対象者が居るんだ」
「そうなのですか?」
「ああ、ブライアンなんだ」
「そう……ですか」
ブライアンが先王の隠し子なのは、秘密とされているためベルナルドのみ伝える事にした。
「ブライアンにもこの事は説明はしてある。だが立ち位置が我々とは違うので、おそらく一緒に行動する事はないと思う。一応情報として伝えておく」
「分かりました」
「それとこれも渡しておく」
そう言って魔道具であるピアスを4つ渡す。
「従者と護衛の分だ。足りなければ言ってくれれば、また作るよ」
「有難うございます」
「陛下や影達には、もう渡してあるから安心してくれ」
「抜かりないですね」
「当たり前だ。お前には絶対に王になってもらわなければ困るんだからな!」
「ふふ、分かりましたよ。でも兄上がやっても問題ないと思うんですがね」
「ヤダ!」
「仕方ないですねぇ。そうそう兄上も気を付けてくださいね?」
「ああ、勿論だ」
◇◇◇
作戦会議を終え、入学一ヶ月前にはガット、ルチオ、レイニーの三人にロザーリア監修の元、攻略対象に近い対応を身につけてもらうため、演技指導を行った。成果は上々。
さぁ!いざ 入学初日!!
ヒロインはマリアという、これまたベタな名前だった。ふわふわしたピンク頭に小柄で庇護欲を湧かせる仕草をよくしている。未だに転生者としての言動は見られない。ただただ天然の令嬢だった。
結果からいって、恐ろしいくらいの強制力が働いていた。
何もないところでコケる。猫を助けて木に上り、落ちる。曲がり角でぶつかる。落とし物を拾う。または落とす。
ほぼ全てのイベントが起きていた。
勿論わざとではないし、偶然そうなるように仕向けられている。
ベルナルドルートを選んだらしく、俺との接触が一番多いが他の三人もうまく対応してくれていて、ベルナルド達には全く接触していないようだった。
ぱっと見、俺と三人でマリアに侍っている状態に見えるだろう。
マリアの魅了魔法は強く、クラスメイトどころか学園全体がマリアを微笑ましく見守っている状態になってきている。
そしてその魔法は触れると更に強力だった。
俺でなければヤバかったかもしれない。
俺と同じくらい接触していたレイニーのピアスが三日で壊れたのだ。
更にマリアのお菓子もヤバかった。
成分検査では全く何も引っかからないが、練り込められた魔力が膨大で、俺は見ただけで気持ち悪くなるくらいだった。
改めて全員を生徒会室に呼び出した。
ちなみに三年の俺は生徒会長をさせられている。
「兄上、何かありましたか?」
「ああ、まずはこれを渡しておく」
予備のピアスをベルナルドには5つ、他の三人には3つ、令嬢たちには1つずつ渡す。
「思ったよりもマリアの魔法が強力で、触れると更に強くなる事が分かった。レイニーのピアスが三日で壊れてしまったんだ。万が一があっては困るので、予備を用意した。念の為一つは常備しておいた方が良いだろう」
「「分かりました」」
「リア達から見て、マリアはどうだ? 何かあるか?」
そう問えば、令嬢たちで目線で会話をし答えてくれる。
「そうですね、思ったよりも礼儀もきちんとしています。レイニー様達に婚約者が居ないのもありますが、特に問題視はされてはいませんね」
どうやら引き取られた男爵家に、しっかり教育するよう釘を刺したのが功を奏したようだ。
俺たちもイベントはこなしているが、特に近づく事もないので他の令嬢よりも仲が良い程度だ。
「フェルに関しては私が何も言わないので、問題ないかと」
「そうか……現在マリアの魔法で、学園全体がおかしな雰囲気になっている。だからそのまま静観してもらった方が良いと思う」
「そうですね……確かにおかしな雰囲気ですよね……」
そうロザーリアが言うと、みんながそうそうと頷きイグナーツが続ける。
「何だか気持ち悪いよね? 誰もマリアに悪い感情を持っていない……どころか好んでいるよね?」
「そういう魔法だからな。それにお菓子はもっとヤバイじゃないか」
「そうだよね〜。何の成分も入っていなかったのに……」
成分分析は魔術師団に頼んで調べてもらったから、イグナーツも詳しく知っている。
うーん、とちょっと考えながら、躊躇いがちにイグナーツが聞いてきた。
「あれって……ちょっと食べてみて良いですか? どうなるのか興味があります!」
「ん? そうだな……今なら俺が解除出来るから、少しなら良いぞ。だが、あれ……ホント気持ち悪いぞ?」
「だからこそです!」
好奇心で目が煌めいているイグナーツを見て諦めた。
アンディーにお菓子を用意してもらう。
「兄上、後学のために私も食べてみたいです」
「それなら私も食べてみたい」
ベルナルドとロザーリアが言い出したのをきっかけに、みんなが我も我もと言ってきた。
「わかった、わかった。じゃあ何かあっても対応出来る様に一人ずつな」
まずはイグナーツから、ピアスを外す。
すると真っ先にくんくんと匂いを嗅いで驚く。
「え!? これって何の匂い? 今まで全然気づかなかったのに!」
「ああ、それが魅了魔法だな。しばらく嗅いでいると気付けなくなるらしいがな」
人間多少の匂いなら慣れてしまうものだ。
アンディーが持ってきたお菓子を、好奇心いっぱいで見てわかる程ワクワクしながら口にするイグナーツ。
一口食べると、すとんと表情が消え、俯き、視点の合っていない瞳でぼんやりと前を見る。
そのまま様子を見てると、すくっと立って出口に向かう。
慌てて手を掴んで引き止める。
「どこに行くんだ?」
「マリアに……会いに行く……」
虚な目でなおも出て行こうとするイグナーツに解除魔法をかける。
するとぐったりと力が抜けたので、ソファーに座らせて再びピアスをつける。
しばらくすると目に力が戻ってきたので、尋ねてみる。
「どうだった?」
「凄かった……これが魅了魔法か……」
「どんな感じでしたか?」
「食べた途端に、ねっとりとした水みたいなものに全身が浸かったようだった。そして絶え間なく、『マリアが可愛い』とか『マリアが好きだ』とかが、わんわんと鳴り響いているんだ。そして気付けば目の前に自分の体が見えて、勝手に動き出すんだ。その間もその水みたいなのに捕われていて、身動きがとれない。フェルザー殿下が止めてくれるのも見えたけど、何も出来なかった。恐ろしいね、コレ」
「そんなに……」
令嬢達はその話を聞いて顔を青ざめさせ、食べるのをやめ出した。
男性陣はやはり一度は経験しておいた方がいいという事になり、全員食べた。
最初のように様子は見ず、食べて数秒経ったらすぐに解除したので奇行に走るまでは至っていない。
ロザーリアだけは面白がって食べた。俺も女性にはどのように効くのか知りたかったので止めなかった。
大体同じだったが、聞こえる声が『マリアは妹みたいで可愛い』や『マリアのためなら何でもしたい』とか少しソフトになっているようだった。
一通り経験してみて、やはり魅了魔法は危険だと全員が認識を改めた。
「それで、兄上は大丈夫なのですか?」
「俺か? まあ……俺は自分で解除も出来るし、大丈夫だ。ただ臭いだけで」
「臭い?」
「ああ、あいつの匂いって臭くないか?」
俺はいつまで経っても、あいつの魔力の匂いがキツくて慣れなかった。
「フェルザー殿下は魔力が多いから、より強く感じるのかもしれませんね」
「取り敢えず、ピアスが壊れたらすぐに報告してほしい」
「「分かりました」」
「これからはどうされるのですか?」
「そうだな……現状維持かな。今の所目立った被害はないので、このままの状態で卒業パーティまで持っていきたいな。後は……魔封じの魔道具を作るよ」
魔封じの魔道具とは、その名の通り魔力を封じる道具だ。それをつけられた者は魔法を一切使えなくなる。
「え? それは確か宝物庫にありましたよね?」
「あー……うん、あったな。壊れたけど」
「壊れた!?」
「うん、何も言わずに、試しにつけてもらったらあっさり壊れた」
「え〜……」
ロザーリアがドン引きしてる。
まあ、俺もそれを見た時には引いたからな。
「マリアの魔力が強すぎて、駄目だったんだ。だからそれに対応出来る物を作る予定だ」
「で、出来るのですか?」
「出来る、じゃなくて、やるんだよ。じゃなきゃ国が潰れるぞ」
「……確かに」
あの力は使いようによっては、国を滅ぼせるだろう。
「他に何かあるか? また何かあれば報告して欲しい」
「「分かりました」」
では解散となり、皆が退出しだした時にベルナルドが振り向いて言った。
「兄上が居てくれて、本当に助かりました。私だけでは到底対応出来なかったでしょう。でも、無理はしないでくださいね」
「分かってるよ。心配性だなぁ」
「兄上には勝てませんよ」
そう二人で笑い合って、別れた。
◇◇◇
王宮の秋の庭園でロザーリアと紅茶を飲む。恒例のお茶会は欠かさず開催されている。
ってか、これがなければ俺の心が保たない。
秋は文化祭やハロウィンなどイベントも多く、当然だがマリアと接触する機会が増える。結果として俺はロザーリアとの時間があまり取れなくなっていた。
「疲れてるの?」
「まあ……な」
それに加えて、魔封じの魔道具が出来ないのだ。
あれから何個か作ったが、尽く壊された。
一体どんだけ魔力が強いんだよ!!
ちなみに装飾品だと流石に怪しまれるから、魔石に付与して握らせて様子を見ている。壊れたけど。
「リア、ちょっといいか?」
そう言ってロザーリアを四阿から奥にエスコートする。
イイカンジに護衛達から見えなくなった所で、ぐいっと引き寄せて抱きしめる。
「ちょっ!! 何? フェル、どうしたの?」
腕の中で踠いているが、もちろん離す訳がない。
「ごめん、少しだけ……」
そう言えば、大人しくなった。
そしておずおずと背中に手を回して、胸に体を寄せてくれた。
思わず、ぎゅう、と力一杯抱きしめて、頭にすりすりする。
『もうヤダ! あいつ臭い! ウザい!! リアが足りない!!』
ついでにロザーリアの匂いも、すんすん嗅ぐ。
『あー良い匂い。ずっと嗅いでいたい!』
『ちょっとっ!! 止めてよ! 恥ずかしいじゃん!』
抗議のように背中をパシパシ叩かれたが、止めない。ムリ。
思う存分ロザーリアの匂いと感触を楽しんで、これ以上は違う欲が出そうな所でやめた。
離してみるとロザーリアの顔は真っ赤だった。可愛い。
『あー早く結婚したい。ずっと一緒に居たい。そうだ! 卒業したらすぐ結婚しよう!』
『えっ!? ……えっと……まあ、私も……それで良いけど……』
『やった! 言質とったぜ! よしっ!! やる気出た。結婚に向けて頑張るぞーっ!!』
俺はるんるんで四阿に戻ったが、ロザーリアはずっと顔が赤いままで、紅茶もそこそこで帰ってしまった。
機嫌の良くなった俺は、そのまま魔道具作りに励んだ。
発想の転換で、魔法そのものを封じるのではなく、魅了魔法のみを封じる物を作ってみた。要は、ピアスの応用だな。
これがうまく功を奏した。壊れず、匂いが薄まったのだ。
後はこれを強化すれば良いだけだ。
……それもまた大変なんだけど。
まあ、指針が見えてやる気も出たからよしとする。
マリアは相変わらず俺たちの周りをうろちょろしていた。かと言って俺たちの誰かを好きな訳でもなさそうだった。全員と仲が良い。そんな感じ。逆ハーはないと聞いていたので、このまま友情エンドになってほしい所だ。
◇◇◇
ようやく卒業パーティがやってきた。
当然ロザーリアは俺が贈ったドレスを着ている。紺青に薄い青で繊細な刺繍を施したドレス。これでもかと、俺の色を纏わせ独占欲丸出しだが、俺は大満足だ。
俺たちは卒業生代表なので、一番最後に入場し、そのまま代表の挨拶をしてパーティが始まった。
王族である俺とベルナルドが最初に踊らないと、誰も踊れない。
音楽に合わせて、四人だけで踊る。
ダンスはめちゃくちゃ練習した。前世では踊ったことなどない俺だが、今世の体はハイスペックだったので、練習すればちゃんと上手くなった。
ベルナルドも王族に相応しい踊りで、誰もが皆、俺たちに見惚れているのが分かる。
踊りながらマリアを探してみると、茶系のドレスを着ているのを見つけた。
俺が気付くとロザーリアも同時に気付いたようだ。
『ねぇ、あれって……ブライアンの色だよね?』
『あぁ……そうだな』
ヒロインは卒業パーティで、選んだ攻略対象者の色のドレスを着る。
ベルナルドは金(黄)、エルンストは緑、ジャンは赤、イグナーツは黒。そしてブライアンは茶色だ。
『ブライアンのマリア攻略は成功したみたいだな』
『え? それってどういう事?』
実はあれから魔道具は順調に出来上がり、それを踏まえて陛下にゲーム終了後のマリアの処遇を尋ねに行こうとした時に、ブライアンに声を掛けられたのだ。
ブライアンは魔術の先生だったので、魔道具に関する助言を貰っていたりした。だから出来具合が分かったのだろう。
それで陛下と話し合ってみると、ブライアンがマリアを引き取りたいと言い出したのだ。
もちろんブライアンもピアスをつけているので、攻略された訳ではなく、純粋にマリアを気に入ったようだ。
ブライアン……ヤンデレだけではなく、ロリコ……いや、10歳くらいの歳の差は問題ない、か?まあ、貴族の中では20や30の歳の差もあったりするから、大丈夫だろう。うん。
どちらにせよ、マリアには魔道具をつけて、国内で大人しくさせておくつもりだったので、陛下にとっても渡りに船だったようだ。
だが陛下は一つ条件をつけた。卒業パーティまでにマリアの同意を得る事だった。
お互いが思い合っているのに越した事はない。ブライアンは喜んで条件を呑んだ。
それからブライアンのマリア攻略が始まった。
と言っても、ゲーム通りにした訳ではなく、ブライアン自身でマリアに迫っただけだった。
あのドレスを着ていると言う事は、無事両思いになれたのだろう。
どうなるか分からなかったので、その辺りは誰にも話していない。
そう言うことをロザーリアに説明すると、微妙な顔をした。
『どうした?』
『う〜ん……ブライアンのバッドエンディングって、ヤンデレ監禁コースだったんだけど……大丈夫かな?』
『え!?』
聞いてないぞ!
そう思ってマリアを見ると、マリアにダンスを申し込んだ二人の子息が少し言い争っていた。
助けに行かなきゃダメかな〜と思いながら見ていると、ブライアンがやってきて二人を追い払いマリアをダンスに誘った。
本来、先生は卒業パーティには出席出来ない。
例外は婚約者がいる場合のみ。
と言う事は、そう言う事だろう。
踊る二人は幸せそうだ。
それを見てロザーリアも安心したようだ。
「大丈夫そうだな」
「そうね」
心配した最後のイベントの断罪劇も起きなかった。演技とはいえ、ロザーリアに婚約破棄など言いたくなかったので、本当に良かった。
そして何事もなく卒業パーティは終わりを告げた。
◇◇◇
ゲーム時期の終了後、マリアは魔道具をつけてそのまま学園に通う事になった。
卒業次第、ブライアンと結婚するらしい。
マリアが魔道具をつけた事により、学園を覆っていたおかしな雰囲気はなくなり通常の生活が戻ったらしい。マリアが特別視される事がなくなり、一般の生徒として扱われている。
ゲーム時期が終わった事もあり、イベントなど起きず、ベルナルド達も安心して過ごせているようだ。
俺は今回の褒美として北の辺境の領地を賜った。
第三王子もいる事だし、心置きなく王位継承権を返上し、念願の辺境伯になった。ベルナルドには少しごねられたが。
すぐにロザーリアと結婚し、領地に連れていった。ロザーリアは王都よりも楽に過ごせると喜んでいる。
この世界が乙女ゲーだと知って、焦って色々と対策した。
だが結果を見れば全員が幸せになっている。
俺も無事、王位から逃れてロザーリアと結婚出来て幸せだ。
ハッピーエンドと言って差し支えないだろう。
ガット、ルチオ、レイニーの三人が褒美として爵位だけ賜り、俺の部下を希望するとか。
ロザーリアのパン屋が全国展開し、バカ売れするとか。
のんびり領地経営するつもりが、思ったよりも繁栄しちゃうとか。
想定外の事もあったが、俺はロザーリアと一緒に楽しく過ごしている。
この世界も悪くないな。