物語3・3
さらに一か月が経った。
ここまでくると気にしているほうが馬鹿らしくなってくる。あいつは元気でやってるぞ心配するな、そんな近況と言うには雑な報告をゼノン王子から一方的に受けていたので身の危険を心配する必要は今のところないらしい。
それはもう、ハーレに来るたび言われる。聞いていないのに元気だから大丈夫心配するなあれこれ言われるんだけど、王子は私のことをあいつのオカンだとでも思ってるのかな。お母さん息子さん元気でやってますよ的なやりとりがここ最近続いていて周りの目が恥ずかしい。今度来たら絶対また言われる。
ということで、私は今日も代わり映えのない日常を送っていた。
働き盛りの私たちは働いてなんぼだから。
恋や愛やらにうつつを抜かし呆けている場合じゃないから。人類みな労働に尽くし大志を燃やせ。
いずれにせよ毎夜毎夜安全確認の通信が来ているのだと本人からうざったそうに言われているので超絶元気であることには間違いない。
王子がうざったがるなんて滅多にないぞ。何したらあんな風に言われるんだ。
「これ小さめに複製しておいてちょうだい」
事務机で日誌を書いていると、ハリス姉さんから紙を渡された。筆を置いて目を通す。
なんだろう。
「メイドの募集……?」
ドーラン王国から正式に出された、メイド募集のちらし。
大量に人手が必要なのか、花の季節二月目にシュゼルク城で働ける女性を募集しているようだった。
ちらしの一番下に内容と、大量募集の理由が書いてある。
『第三王子の妃を選ぶ舞踏会にて人手不足が予想されるため、研修期間を経て働ける女性を募集』
第三王子とはゼノン王子のことだ。我らが誇り高き空の王子様。
“空の王子様”というのは最近民衆の間で通っているゼノン王子を指す言葉で、王室四兄妹のうち三人の王子を季節で表したものになる。
王太子は光で、第二王子は花、といったような当てはめだ。
去年人気を博した『指融けの華』の舞台劇から流行ったもので、その話の中では二つ名を持つ人物がやたら多く「膝小僧のニール」やら「月の貴公子」やら「闇夜のマルグリッド」なんていう、やけにこそばゆい通り名がたくさん出てきたのだが、内容はおもしろく、特に準男主人公である月の貴公子が女性から人気を集めて話題になっていた。五角関係のドロドロの愛憎劇。月の貴公子は女主人公と男主人公の仲を盛り上げる当て馬役で、思わせぶりや勘違い体の関係痴情のもつれがもつれにもつれて目もあてられない復讐劇を巻き起こし……は横に置いておいて。
そこから貴婦人の間で二つ名が流行り出し、どこかの誰かがつけた自国の王子様がたの渾名が平民に流れて、今に至る。ミスリナ王女様に渾名がないのは、まぁ指融けの華自体が女性間で流行ったものだから、わざとつけなかったわけじゃないんだろう。
何れにせよ月の貴公子の人気は凄まじかった。
「姪っ子がねぇ、応募しようかなーとかなんとか言ってたわ」
「いくつなんですか?」
「十よ。むりむり。あなたはまだまだ世話されるほうだって教えてやったわよ」
ハリス姉さんは首を振って笑った。
パーティーでは国中の貴族の令嬢を集める。
騎士団で活動する女性も、お城で働く侍女やメイドも、花嫁修行や行儀見習いで出仕している貴族の未婚の令嬢ならばたとえ六十歳を過ぎていても出席しなければならない。らしい。流行誌の情報欄に書いてあった。
……思うんだけど六十歳過ぎて未婚で王子の妃選びに参加させられるのって、当事者的にどうなの。いや、愛に年齢なんて関係ないけどさ、自分だったらって考えたら孫ほど年の離れた男の嫁選びに行きたくないよ。行くとしたらそれはもう完全に親戚のおばさんの立場で若い子たちを眺めながらあらあらまぁまぁ言って極上の干し肉を食べて酒の糧にするくらいの目的でしかない。
お城は基本的に若い女性がたくさん働いているので、それがごっそり抜けるとなれば人手不足はやむなし。舞踏会での給仕もさることながら、最大規模のパーティーを開くにあたっては残った人数では心もとないんだろう。
向かいに座っているピジェットさんが、いいなぁやろうかなぁ、と頬に手を添えてホクホクしている。
お城すっごい綺麗だったしもう一回行きたい~、んだそうだ。
ウォールヘルヌスの説明を聞きに行ったときが初めてだったと聞いていたので、お城の壮健さを目にした人間なら、確かにもう一回近くで見てみたい気持ちもわかる。そこにいるだけで自分がお姫様になったような錯覚を起こすくらい巨大で豪勢、華やかで美しい城だ。私も大広間の天井は何度でも見たい。
「噂は聞いていたけど、本当にあるのねこのパーティー」
「他の国の姫も来るらしいわよ」
他の国の姫も!?
それは知らなかった。
どこまで招待するんだろう。
だけどそんな状況から選ぶのってとてつもなく大変なんじゃ……。他の姫って、これはあくまでも平民間での噂だろうし、本当に姫が来たとしてもその姫を選ばなければ国同士でいささか問題が起きるかもしれないから、来るとしたらもしかすると貴賓という扱いで来るのかもしれない。
ゼノン王子が腹痛を起こして悶え苦しんでいる姿が目に浮かぶ。
王子様って本当に大変な仕事だ。私生活なんてあったもんじゃないし、話題そらしとはいえ結婚相手だってこんな公開された場で選ばなきゃいけないし、素行がちょっとでも悪ければ何か言われるし、離れている護衛は離れてるのにうざったいし。
平民では想像もつかない豪華絢爛な生活を送れたとしても、私だったら投げ出したくなる。
「てゆーか夕方過ぎてもあったかいわね~。お姫様になれたら涼しい部屋で仕事したいわ」
「お姫様って仕事あるの?」
「あるでしょうよ、そりゃあ……公務とか」
「公務って何するんだろう」
「政略結婚必須だからお勉強漬けの毎日なんじゃない?」
事務所の皆は姫談義に花を咲かせる。
花の季節も一月目中旬に差し掛かっていた。だんだんと気温も上がってきて、制服の袖も五分丈にしているくらい暖かい。
ベリーウェザーさんは今年も南のハーレでほぼ下着みたいな格好で昼寝してるんだろう。あれがちょっと羨ましい自分もいる。何がとは言わない。
「気温高いと外に出る気が失せるわぁ。今夜の流れ星も綺麗に見られるといいんだけど」
「旦那さんと丘で見るんでしょう? いーなーニアは」
「ピジェットはどうなのよ、あの彼」
「仕事が終わったらすぐ寮に行くって言われたけど、間に合うかわからないから期待してない。……期待しなければガッカリもしないじゃない?」
ぷくっと頬をふくらませるピジェットさん。
仲介人ゾゾ氏の思惑通りマウェリさんとうまくいっているのか、ピジェットさんはあれからちょくちょく彼の話をする。馬が合うとはこういうことを言うのか、初対面で劇的な運命は感じなかったらしいが会うたびに居心地がよく好きの気持ちが少しづつ膨らんでいて、最近では朝起きてから夜寝るまで彼のことを考えないときはないのだと大浴場で照れながら話された。
ふふ、おわかりだろうか。
そうこれはいわゆる、恋煩い、状態。
「ナナリーは? 今日は予定あるの?」
「友人と会いますよ」
ちらしを複製しながら今夜のことを考える。
王宮での仕事を終えて侯爵家の屋敷に帰っているというマリスから、今日の夜は星見のお誘いを受けていた。
五年に一度訪れるファーマクアーの夜。
流星群が夜空を埋め尽くすこの日は、創造神ムディマの妻であるクアーテが我が子の旅立ちを憂いて泣きわめいていると言い伝えられている。飛び交う星の数々はクアーテの愛しい子どもたちで、星の光の筋はクアーテの涙の跡なんだそうだ。
そこまで信仰厚くなく都合のいいときしか神様の存在を信じない私だが、もし本当にそうだったなら随分子煩悩なお母さんだなと微笑ましくなる。
魔女のほうきと呼ばれるマーナ彗星も三光地帯では十年おきに観測されていて、今日はその二つが同時に視界に確認できる百年にあるかないかの奇跡的な日でもあった。
五年なんだか十年なんだか羅列され過ぎてありがたみがよくわからない数字が並ぶが、百年と聞くと途端にこの機会を逃せない気持ちになる。これを見逃したら百年後に生きているかどうかなんてわからない。
「仮印押したら上がりますね」
「お疲れ様、素敵な夜を」
日誌を所長室に届けた私は、寮へ続く扉に手をかけた。
月が真上に差し掛かる頃、明星の鐘が街に鳴り響いた。
ララの背に乗りながら夜空を見渡せば、一等星が花園の塔の上に輝いている。
流星群と彗星を見ながら彼女に告白するんだ! ハーレに来ていた破魔士がいつだったかそう仲間内で話していたのを思い出す。盗み聞いてみたところ、その彼女とやらは彼の幼馴染で、しかも飲んだくれの彼氏がいるんだそうだ。だからそんな男から俺が感動的に奪ってやるんだと握りこぶしを掲げて力説していた。ふーん、そっか頑張れーと思っていたら、そのまた横の集団では俺がろくでもないあの野郎からあいつを助けてやるだのなんだのと張り切っている別の男がいた。
お前もかよ!! 略奪はやってんの!?
人々にとって特別な日は、その日をさらに特別にしようという人間が多々現れる。むろん私もそんな人間の内の一人ではある。
はたして彼氏がいる彼女をこの日に呼び出すことはできるのか、飲んだくれの彼氏にボコボコにされないのか、そもそも告白は受け入れられるのか。知ったこっちゃないけど思い出しちゃったのでとりあえず応援だけしておこう。
流れ星を眺める、そんな日の夜の街はいつもより真っ暗で、綺麗な星空を見られるようにみんな家の灯りを消して待機している。
マリスの実家キャロマインズ侯爵邸に着くと、執事の男性に迎え入れられて庭に案内された。庭にはほの暗い明かりを灯したテーブルに、お菓子を摘まむ美女。
ララを肩に乗せて近寄れば、綺麗な赤茶色の瞳を揺らした女性がにっこり微笑む。
「遅くてよ。いらっしゃい」
たおやかに笑うマリスに両手を広げて駆け寄れば「はしたない」の一言とともに扇子の先がおでこをはじいた。
*
流れ星がひとつ、またひとつポツリポツリと晴れやかな夜の空を駆けていく。夕方まではじんわり汗をかくほど暖かかったのに、夜風は少し冷たい。
指先をちょこちょこ擦っていたらマリスお手製だという白色の膝掛けをポンと出されたので手に取った。とろけそうな肌触りで思わず頬にすりつける。とぅるんとしていて気持ちいい。材料なんだろう。
膝掛けのぬくもりと美しい眺めに目を見張りつつ、私はマリスの話に耳を傾けた。
「神話って面白いでしょう? ある意味人間より人間らしいのよ」
「欲望に忠実なのは確かに」
ズビズビ茶をすする。侯爵家の茶葉うま。
マリスも忙しいしたまにしか会えないので、面と向かって話せる機会は貴重だった。貴族と平民が定期的に個人で会うなんて仕事以外ない。
卒業してもこんな風に会ってくれるなんて思っていなかったから単純に嬉しい。会うときは何を話したいかや、何を聞きたいのか書き留めた紙を絶対に持っていく。当然彼女の話も集中して聞くしで没入するけど、私も話したいことがたくさんあるので心構えはその辺のマリスの友人たちより気合が入っていた。
ああ、でもサリーにはかなわないかも。サリーは鈍器かってくらい分厚い日記帳を持参するらしいから。(マリス談)
「太陽神の歌なんか笑っちゃうわよね。生きとし生ける万物は~我の種であり愛である~誰が罰せようか罪なき我が命~」
超訳すると、この世に誕生したみんな、俺が地上に属する女神や植物の精霊たちといちゃこらしたからできた子どもなんだ。だから何してもみんな俺をとがめないでね、というか咎めないよね?
という最低男が歌う糞ほど阿呆な歌である。
「奔放なのもいいけれど、実際にいたらとんでもないわよ」
マリスと話していると勉強になることが多い。教養として身に着けている国の歴史、裏話、さまざまな話のネタを抱えている彼女は、会うたびにその物語を披露してくれる。世間話に混ぜて面白おかしく話してくれるので凄く楽しいのだ。
「それよりあなた、全然アルウェス様の話をしないけれど遠慮していらっしゃるの?」
「何突然」
「だって言わないんだもの」
「恋敵に情報教えると思う?」
「そんなことを言ってはぐらかすつもりね」
「遠慮なんてしてないよ。別に……だって話せることないもん」
「んまぁ~! 交流が当たり前すぎてありがたみを忘れているのね」
「最後に話したの四か月以上前だもん」
「ほらある……あ、四か月……?」
「四か月」
「殿下が、あら、私としたことがてっきり……。ま、まぁ、そうね。いいわよ、それ以上は聞かないでおきましょう」
予想以上に交流がなかったことに驚いたのかホホホと控えめに笑いながら視線をそらされた。
面白い話がなくて悪かったな。でも結婚話云々の話は個人の尊厳に著しくかかわるので人には絶対に言えない。遠慮して言わないんじゃない。そりゃロックマンを好きなマリスに話すような話じゃないけど、このことがどこからか漏れて話せって言われたら話すけど。話題に出すには重い。
「はぁ。なかなかうまくいかないわよね……人生」
テーブルに顎ひじをついて、マリスは夜空を眺めた。
彼女がこんな仕草をするのは初めて見る。
品性や所作にうるさいのにいつもと違う。
お菓子に伸ばしかけた手を止めて、私は背筋をただした。
「大丈夫?」
「……手紙で言いましたでしょう?」
「候補と、言い寄られてるってやつだよね?」
「そう……どちらも……困ってるのよ。でもいつまでも一人ではいられないの、このままだと婚期も逃しそうですし」
最悪未婚でも構いませんけどなどと呟いたマリスにギョッとする。貴族の女性で未婚はあまり聞かない。
当主になる予定でもそういうのってアリなんだ。
「その言い寄られている人は、マリスにとってどんな人なの?」
うつむきがちな顔が私に向いて、じっと見つめられる。
口をモゴモゴさせて、何か言いたそうに開けたり閉じたり忙しなかった。
「私は、結婚するならね」
「うん」
「絶対にアルウェス様だったの」
ドクン、と大きく心臓が動いて、身体も揺れた気がした。
私はグッと口を引き結びそのまま大人しく話を聞く。
わかっている。知っている。恋敵同士、知らないふりをしていたわけじゃない。結婚したくない気持ちだって、私は平民で何の重荷も背負わない人間だけど、曲がりなりにも将来に希望を持つ女性の一人だから多少なりともわかる。貴族だからって割り切れることでもない、できるなら好きな人と一緒になりたいのが普通だ。
「もちろん、自分の思い通りに行く結婚なんてないわ。家同士の結びつきですから、気持ちだけで自由に選択できることでないのはわかっているのよ。でも、それが叶わなかったら、せめてあの方とは絶対に縁のない方との結婚を考えていたのだけど」
「マリスお姉様、こちらにいらっしゃったのですか」
黒髪の男性――いや、青年が庭先に現れた。
執事に連れられてテーブルのそばまでやってくる。
とても端正な顔をした青年だった。スラッと背は高く、胸に手をあて礼をする所作は品位に溢れている。華やかさのある優しげな目元は形は違えど、どことなく黒髪のゼノン王子を連想させる風貌だった。年の頃は私たちと同じか、それより低いか。男性と言うには若すぎる気もした。
私はマリスと青年を交互に見る。
マリスは俯いて、そっぽを向いている。対して青年は、じっとマリスを見つめていた。
この、言いようのない空気。むしろ空気になっている私は、下手に動かまいと椅子に座ったまま硬直した。
沈黙を破ったのは青年だった。
「ナナリー・ヘル様ですか?」
「わ、私?」
なんで。ああ、新聞か何かで見たのかな。
様づけって、この人絶対に貴族の息子っぽいのに良い人だな。私の同学年だった貴族男子たちとは天と地ほど違う。
「式典で見かけました。兄上がお世話に――」
「ちょっと、強引に来るなんていかがなものかしら。女性の茶会に水を差すようなことはおやめになって、こんな美しい夜に」
急にマリスがムッと表情を歪めてトゲのある言い方で喋り出す。
えええ、当然なになにどうしたの、とアワアワしだす私はそもそもこの青年は誰なのかと目で訴えると、汲み取ってくれたマリスが「アルウェス様の弟よ」とボソッと口を動かした。
バッと青年を見る。
失礼と思いながらもまじまじと顔を凝視した。
まつ毛なっっっが。どうりで、あのノルウェラ様の息子なんだもん、美形なはずだ。
この美形を維持するにも食生活とか健康管理とか運動とかしているのかもしれないし必要ないかもしれないけど、街を歩いていてもなかなか目にしない貴重な美形を眺めて口に手を添える。
そうか……弟もか……。




