表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/70

物語3・2 アルウェス視点

 ハルルク公国滞在用の屋敷。

 海沿いの窓からは、月明かりを反射した水面が輝いて見える。



「は~いお疲れ様。飲まない?」

「戻って寝なよ」


 深夜まで明かりをつけて本を読んでいたら、隣の部屋で寝泊まりしていたボリズリーが暇で暇で仕方なかったのか、僕のところへ酒瓶を片手に訪ねてきた。

 しかも寝間着姿で、脇には枕を抱えているときた。

 貴族の男とは到底思えない品位に欠けた振るまいを見て、腕を組んでうつむく。別にこの際、品位はあってもなくても構わない。

 今は真夜中。迷惑にも程がある。 

 扉を開けたが最後、断ろうとしても相手は図々しくカウチに座りだし、杯に酒を注いで飲むようにすすめてきた。

 失礼なくらい堂々としている姿に、これじゃあどっちがこの部屋の主なのかわからなくなる。

 夜中に起きていたのは自分もしょうがないとして、たいして眠くなかったのに急に眠気がやってきた。

 大きくあくびをすると、態度に出過ぎだと笑われる。


「あー国に帰りたい」

「帰っていいよ。三ヶ月かかるって最初から分かってたろう」

「だって思ってたより長いじゃないか。あの話し合いもイライラしない?」

「しない」

「うっそだぁ~」


 三日月のように目を細めてわざとらしく笑うボリズリーは、だらけた手足を投げ出してカウチの上で寝転がり始めた。

 この部屋で一番高いであろうアラ革を使った椅子に酒を溢すのだけはやめてほしいので、酒瓶は取り上げる。

 え~、と瞳をウルつかせた男を可愛いと思う趣味はない。


「まーいいや。ったく勘弁だよ。こんなに人を集めて何を話し合うかと思えば最終的に、生物錬成の話? 氷の属性を持つ動物と魔物を掛け合わせるなんて終わってるだろ」

「クズなんだよ。しょせん頭が良いだけの……頭はよくないか。知識があるだけのアホ」

「そうそう、アホ」


 長い調査と話し合いにうんざりしていたのは自分もだ。ボリズリーも考えていたであろう悪態をつくと、思っていたとおり同調してくる。


 大魔法使い会議なんていう大層な名前の集まりに呼ばれたまではよかった。

 魔物だらけの大陸の魔物が何故一向に減らないのか、原因を探るべく現地にも出向いた。

 魔物が蔓延る大陸は、会議の中では『魔郷(まきょう)』と呼ばれている。

 名付けたのはメイヴ王国の、いかにも自尊心が高そうな若い男の魔法使いで、誰かが魔郷という言葉を使うたびに鼻を高くしては得意気な顔をしていた。

 巧まずして誰かさんの顔が頭に浮かんだが、それは横に置いておく。


 魔郷には飾り程度の黒い木が乱雑に生えており、巨大な岩でできた森のような迷宮がそこかしこにあった。

 灰色の砂漠が延々と広がっていて、ところどころに水溜まりがあり、なんというべきか……言葉で言い表せないほど鬱々としている。

 今まで見てきたどんな場所より不思議な空間だった。空模様もほの暗い。


 魔物は普通、弱らせてから退魔の術や呪文で消滅させる。

 体力を削らなければ完全に消すことが難しいのだが、それでも人類が悲劇を繰り返しながらも編み出した魔を滅する術法。


 魔法や魔道具というのは、今や人間や動物の生活に根付いている便利な力、必需品と認識されている節がある。

 けれど「魔法」とは元々「魔物を滅ぼす方法」の略で、魔法の力は魔物を殺傷するための手段でしかなかった。

 諸説あるものの、この世を創造した神・ムディマから魔物に対抗するため力を与えられた~という由来がどの国でも多く伝えられている。

 言語の壁があるところでさえ、名前は違えど同じような存在や話が言い伝えられていた。宗教の違いもあるにはあるが大元は同じで、解釈の仕方に差がある。

 あらゆる生活魔法も成り立ちを追っていけば、すべては魔物を倒すためのものでしかない。


『退魔の魔法陣を仕掛けても死なない? 陣の図形を間違えたのではなく?』

『本当です! 間違えませんよ!』

『恐ろしいことですが事実です。先が思いやられますな……』


 しかし魔郷にいた魔物は、退魔の魔法では消滅しなかった。

 これが今回、大魔法使い会議が開かれた最大の要因である。


 幸い、魔郷にいる魔物はキードルマニ大陸という他の土地があることを理解していないのか、そこから海を越えて大陸を出るという行動は見られなかった。

 もしこの魔物が海を越えて大陸に上陸してしまったらと考えると、頭を抱えるどころでは済まない。


 生き物は魔物以外にいないと思っていたが、こちらの大陸では見たことのない小動物や大型動物がいたりと、ウリニャ共和国の動物学士の男は驚いて腰を抜かしていた。

 探究心をくすぐられたのか、彼は毎日魔郷に通いながらその生体を観察している。攻守魔法が不得意だからか、他の魔法使いについてもらいながら調査しているようだった。

 会議と言っても各々が好き勝手に動いていて、五日に一度仮り住まいの屋敷の講堂に集まり報告会を開く程度。

 もう三ヶ月経ったが、あと二週間はそれぞれが国に持ち帰る情報を整理するための時間がとられることになっている。


「ベガラ女史もこの愚痴大会に誘おうと思ったのに断られちゃって」


 おどけたように舌を出すボリズリーは、あの美しい黒髪に唇をうずめてみたい、などと懸想しはじめる。

 深夜に話すにはもってこいの話題だと思ったのか、ディギスデント王国のベガラ・マーズ博士について、いかに彼女が魅力的なのかを延々聞かされる。

 色々話されても興味はないので適当に相づちをうっていれば、お前は好かれているから良いよな~お前ばっかり見てるよ彼女、とたいして嫉妬していないくせに羨ましそうな声でつつかれる。

 

「見てないよ。君が僕のことよく見てるだけじゃないの? 恥ずかしいからやめてよ」

「冗談だろ。……くそー、お前の名前出せば来てくれると思ったのに」

「正気じゃないね。この時間に誘うほうが間違ってるし君の婚約者にも失礼だろう」

「あ、ここに来る前に婚約解消されちゃったから問題ないんだな、これが。アンナから聞いてない? 自慢じゃないけどけっこう噂になってたのに」

「いや……へぇ、まさか……そう。いい歳してフラフラしてるから、また愛想つかされたんだ?」


 ボリズリーに起きた不幸が自業自得に思えて笑いが漏れる。

 だが婚約者もさぞ苦しんだのではないかと想像すると、思い切り笑うというよりは嘲笑気味になる。

 ボリズリーはベガラ女史がどうのこうの言っているが、見かけや言動のわりに女遊びをするような人間ではなく、むしろ仕事人間な男だった。

 おそらく、婚約者のことを気にかけてあげればいいような時間でさえ仕事に費やしていた、というのが婚約を解消された理由なのだろうとすぐに思い浮かぶ。

 どちらにも同情する。

 相手は違うが、以前にも同じことがあったはずだ。

 

「俺だって傷ついてるんだからな! 仕事に邁進して何が悪いんだ!」

「そっちはすぐに離婚やら婚約解消やら、そうできるのが凄いよ。ドーランじゃなかなかあり得ない」

「まぁ文化的な違いだよ」

「今からでも泣きついて撤回してもらえば間に合うんじゃない? 本当に帰ってもいいんだから、ここらへんで退散すればいいのに」


 こっちだって本音を言えば帰りたい。

 ゼノン周りも妃選びのせいで忙しいのに、警備態勢に穴を空けるようなことはできない。離れても万全な状態で守備ができているか確認できるようにしたが、離れていては対処できないこともある。

 公国へ旅立つ前に、サタナースから『殿下直接語りかけ機』を拝借し毎夜変わったことがないかゼノンに通信をかけているものの、ゼノンは毎度呆れた口調で、お前は俺の母親なのか、と安否確認を鬱陶しがっていた。


「……撤回はどうでもいいんだけどな」


 ボリズリーは目配せする。


「お前だって最後まで見張ってるつもりなんだろ」

「そりゃあね。アラドンとまともな魔法使いたちはともかく、ゲテモノ連中が何をやらかすかたまったもんじゃない」


 ハルルク公国の筆頭魔法使いであるグェラ・アラドンは今回の会議の議長であるとともに魔物対策に正面から向き合い、人道的な方法を模索しながら助手を連れて毎日魔郷と大陸を行き来していた。自分もそれに着いて行き、昨日はやっと魔石かと思われる石を見つけたばかりだった。

 魔石の鑑定はできないため、これはドーランへ持ち帰ることになる。

 魔石であればハルルク公国に送り返し、その石が孵化する過程をアラドンが観察できれば、魔郷とキードルマニ大陸にいる魔物の違いがなんなのか僅かでも分かるかもしれない。普通の魔石から普通の魔物に孵化する過程は、すでにヴェスタヌでは確認済みだった。


 今までこの魔物の島とも言える大陸がなぜ発見されなかったのか、そこへ行って初めて確信できたことがある。


『魔法陣の跡がありますね。破られたというよりは、消失してしまったような』

『この魔物の大群は突然現れたのではなく、閉じ込められていたのかもしれませんな』


 陸地の端に沿って、等間隔に魔法陣が仕掛けられていた。

 誰かによって描かれて配置された痕跡から、この魔物たちは意図的に封じこめられていた可能性が高い。

 なぜ、どんな目的で、誰がそんなことをしたのか。

 この大陸の魔物を一掃していくなかで、見たこともないその魔法陣の解読をしていきつつ、正体を追っていかなければならない。


『この言語はどの国のものでしょう?』

『ワシは見たことありませんぞ。内陸では?』


 アラドンは魔法陣を見て険しい顔をする。

 丸みを帯びた、複雑ではないが、言語と思わしき文字が使われた図形だった。


『いえ……三光地帯でも見かけたことはないですね』

『魔法陣には詳しいほうですが、小さい魔法陣をこんなに大量に並べて一つの魔法陣に、ましてや使われている言語も古代語と違うとなれば……はぁ、骨が折れますな』

『明日はひと休憩挟んだほうがいいですよ』


 年配である彼の、丸い背中に手を添えて労る。

 魔物への対処をハルルク大公から全面的に任されているアラドンの気苦労は多い。


 魔法陣の描き写しをするため、筆を取り出して模写を試みることにする。

 書き終えた瞬間に間違っても発動しないよう、薄い用紙を何枚も用意し、図形の一部分を個別に描いていく。

 その紙をすべて重ね合わせた時に魔法陣の全体像が見えるよう、正確に描き写す。

 この陣にある細かい絵は念写では難しいため、時間がかかりそうだと目頭をおさえた。


『国の知り合いに手伝ってもらいましょうか。魔法陣の作成と解読が得意な人間がドーランに一人いるので』

『今集まっている中から信頼できる者がいないかね?』

『くだらない話に華を咲かせている連中に聞きたいことはありませんから』

『集めたワシが言うのもなんですが、頭の痛い話です』


 こうして忙しく動いている中、周りから聞こえてきたのは眉をひそめるような非人道的な実験の話だった。

 退魔の魔法より、個体の強さに関係なく氷魔法のほうが魔物に有効なら、氷の力を持つ動物と魔物を掛け合わせて魔物を狩るだけの生物兵器を造るのはどうか、という話が会議に参加している人間のどこか内輪で話題になったらしい。

 こんなに多くの国から人が集まっている場所でそんな話をしようとは、頭の足りない人間がよくもこんな場所に呼ばれたものだと軽蔑する。

 そんなことを、思っていても口に出すべきではないということが分からないのか。発想自体がシュテーダルを造り出した始祖たちそのもので吐き気がする。

 ある種、人間への戒めの話として物語集があるのだが、そんな抑止力が働かない人間も一定数いるということだ。

 氷属性の動物だからいいとは言わないが、これが暴走して今度は氷型の人間と魔物を掛け合わせるなんて言い出したらそれこそ洒落にならない。

 特に研究者というのは、善と悪の判断が曖昧になる傾向が強い。


「間違いがあっちゃいけないからねぇ。守ってあげたいんだ?」

「……」

「いっそのことさ、ナナリーさんと結婚しちゃえばいいのに。婚姻自由になったんだろ? 俺がしちゃおっかな~」


 まだ酒に口をつけてもいないのに、酔いがまわってきたかのようなふざけた口調でボリズリーが煽ってくる。


「僕にどういう言葉を期待しているんだか」

「そういう冷めたかんじはよくないぞ。歳上からの忠告だ」


 周りは簡単に言ってくる。

 確かに外野から見れば簡単なことなのかもしれない。


「振られたくせに」 

「あっ、今のはお兄さんカチンときた」

「人のことより自分の婚約者を気にしたほうがいいよ」

「いやだからもう解消してるんだって。傷えぐるなよ」


 杯に注がれた赤紫色の液体を飲み込むと、甘さは一瞬、すぐに苦味が口内に広がり、喉の奥が熱くなる。





















 遠い昔、アーノルドの人間に資金繰りと女癖の悪い当主が一人いた。

 賭け事や女に現を抜かし、一族に多大な借金を背負わせた男は、アーノルド家を没落の危機にまで招いた。

 世界は魔物が蔓延り、戦争も続き、生け贄を捧げる地域がまだ多い混沌としていた時代。先行きは不透明、豊かな土地の領主であろうと一寸先は闇、足場はすぐに崩れる世の中。

 国王に泣きついた男は、秘密裏な援助を求める代わりに、永久に王家の役に立ってみせると言うと、国王に血の誓いを立てた。

 どんな状況であろうと、死がせまろうとも、必ず味方になり、心臓が止まるその瞬間まで一族みなが王家のために尽くすのであると。

 血の守りとはまた違う、強制力の強い契約魔法。

 破れば死に至る、血の縛りだった。


 しかし故人が【一族に内緒】で勝手にかけた血の呪いは、子々孫々まで受け継がれてしまった。


 曾祖父がなぜ馬車馬のように王家のために働き、魔力の制御ができない孫を欠陥品と呼び、実験と称して幼い子どもを隠れて鞭打ちしたのか。

 アーノルドが分家を作れないほど一族の寿命が短いこと。

 他の一族の当主が多くて六十代目前後のなか、アーノルド家だけが百三十代超えと代替わりが異様に早いこと。

 王家や国の役に立たなければそれらがさらに早まること。


 一族の唯一の、汚点とも言うべき弱点。


 もっとも、それが判明したのは最近のことで、曾祖父サヴァイア・アーノルドが自力でこの寿命の短さの原因を探って突き止めなければ、当時の執事長の日記が後生大事に倉庫に保管されていなければ、一族の誰もわかることはなく、母が子どもたちへ伝えることもできなかった。



 忠誠を尽くすほど寿命が延びるのではないかと考えた曾祖父は、国と王家にその生涯を捧げ、結果見事に一族の生を長らえさせた。

 本人も随分と長生きをしていた。

 アーノルドの血に王族であった父の血を混ぜることで、血の誓いの効力をあやふやにすることも目論見の一つだったのではないかと思っている。

 昔、王子であった父を殺そうとした神官と子爵たちも曾祖父が処分した。

 しかしその忠誠の貯金がどこまで続くのかはわからない。


 したがって、はなから自分が長生きできるとも思っていなく、曾祖父からすれば価値が薄い人間な上にもともとがそこまで長くないのなら、この人生は愛してくれた人たちのために、できるだけ働いて国や家族に貢献し努めようと考えていたので、結婚に頓着はなかった。

 誰かと結婚しろと父や国王が言うのであれば心から受け入れ、心から相手を愛そうともしていた。

 けれど次期当主は結婚も済んでいる兄のビルに決まっているので、家系の特性上、相手が誰であれ自ら結婚を申し込もうとは思わなかった。

 もしかしたら将来、子どもにも影響があるのかもしれないのだから。


 一族のためにできることはなんでもするつもりだった。

 凄い魔法使いになる過程で、ついでに家族のためになるのならこれほどいいことはない。

 母と父は必要以上に自分を気にかけてくるが、幼少期のことは伯爵に感謝こそすれ、いい加減罪悪感は忘れてほしいとさえ思っている。

 それに一番罪悪感を抱いてほしい人間は、もうこの世にはいないのだから。


「ドーランは血統信者だから、結局婚姻の自由があったってぐちぐち言う人間がいるんだよ」

「血統ねぇ……思想はしょうがないよなぁ。こっちの国に来る? いい屋敷があるから紹介しようか。アーノルドはさっさとビルに任せてさ」

「屋敷ね……それはありがたいけど、出ていく気はないから」


 どこまでも自由なヴェスタヌの男貴族の提案に、今度は腹の底から笑いがこみ上げた。



 僕と彼女の間には、永遠の壁があるはずだった。

 壊したくても壊せない、壊せるはずのない不滅の壁が。


 ただ一心不乱に真っ直ぐ前を見据える彼女を、遠くから見ていたいと思った。

 焦げるような日差しから目を逸らすように、それでも見ていたい青空を覗くように、自由に羽ばたく鳥たちを羨むように、眺めていたいと思った。

 きっといつかは熱も冷めて、離れていけるものだと思っていた。


 絶対に捕まえてはいけないと、自覚していたはずだった。


『僕と結婚する?』

『は?』

『トレイズなんて放っておけばよかったのよ!』


 額を撫でて項垂れる。

 身分、海の王国や母親の状態、まだ先も見えないなか、相手の心身の負担を考えれば伝えるべき言葉じゃなかった。

 思わず口に出してしまったのは彼女のせいでもあるけれど、つらつらと口走ったことを思うと、自制の効かない己ほどたちの悪いものはないと切実に感じる。



「……百二十歳くらいまで生きたい」

「なんだそのゆるい顔……さてはいいことあったんだな、ベガラ女史と」

「ベガラベガラしつこいな」


 早く帰りたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ