物語2・30
次に欲しいのは古書で、古い魔法の呪文と魔法陣が延々と記載されているものを探す。
始祖の力が関係あるのだとしたら、生物の仕組みを変える近い魔法があるかもしれない。最新の魔法もいい線をいっているものがあるのかもしれないが、一周まわって大昔に存在した魔法のほうがより優れたものがある可能性が高いだろう。
古書の保存状態は正直いいとは言えず、去年来たときに面白半分で読もうとしたら字が掠れていたり焦げていたりして目が疲れた。
ふふふ、今日は虫眼鏡を持ってきたから準備に抜かりはない。
日々新しい魔法が生まれていくなかで、廃れていく魔法もある。よりよいものが作られれば旧式のものが使われなくなるのは当たり前だ。
それに人間の身体に流れる血の成分が昔と比べて変化しているらしく、どう頑張っても古い魔法を使うことができないこともある。古書にある魔法はほとんど使えないものばかりだ。昔の人と性質が近い血を持っていれば使えることもある。
まぁ、だからドーランでは血を重視しているんだろうな。混じりけの少ない、古い繋がりというか。由緒正しい?
ヴェスタヌはより強けりゃいい、魔法は新しく作ればいい派だから、そこは自由なのかもしれない。どっちがいいんだか。
古書がある場所は一枚扉のついた別の部屋で、なるべく日の光の当たらないところに隔離されている。さらに脆くなられたら困るからだ。
暗いのでランプをつける。誰もいないのか、私以外にランプの灯りを持っている人はいなかった。
直ぐに目当てのものを見つけられた。計三冊。
前にあった場所から寸分の狂いもなく動いていない。探すのに苦労しないいい図書館だ。古書を読む用の白い手袋も忘れずに持っていく。
古書室から出て、もう一冊探す。ベック君の勉強で使えそうな参考書が必要だ。
抱えている本の一つ一つが分厚く本の山が顎まで届きそうになっているがまだ大丈夫、いける気がする。
「一冊落としてたよ」
ロックマンの声が後ろに聞こえた。まだ帰っていなかったらしい。
誰か本でも落としたんだと知らん振りしていたが、そこのヘル、と言われたので腕の中にある本を確かめると一冊足りなかった。本当だ落としてた。
アマリアの死は必然か。
「はいどうぞ」
「ど……どうも」
振り返ると、積み重ねて持っている本の上にトスンと置かれる。
ロックマンは貴族らしくない平民の男性が着ているような簡易な服装をしていたが、手入れの行き届いたサラッサラの長い髪の毛のせいで、小奇麗な小金持ちの御令息みたいになっていた。髪型も違う。後ろで高く一つに結っていた。
絶対この風貌のせいだ。もっと目立つ装いをしていたら察知して遠回りしたのに。もっと貴族らしくしろ。
隣にあの女性はいない。一人残ったということは何か読みたい本でもあったんだろう。女性に見せられないものと言えば……春画か。こいつでも見るんだな。
ちょうど古書室の隣、そういう系の本が集まってる部屋だし。
あ、……ちょっと待って、持ってる! それらしい本一冊手に持ってる!
やっぱ見るんだ!
「なにその顔」
「なんにも」
表紙には背中全開で横乳房が見えている女性の絵。
触れないでおこう。
それにしても就職してからというもの生活圏も階級も仕事もぜんぜん違うのに一年以上会わないことがないのはある種凄いことなのでは、と前向きに考えようとしたがふとセレイナでのことを思い出して顔が不細工になる。ぜんぜん凄くないわ。
ご飯を食べる約束は魔石の件以降していない。
あの船で会ったきりで仕事でもすれ違うことはなかった。
私としてはあんな破廉恥なことをされたうえにそれが好意からくるものではなく半ば義務的な理由だと判明したことで顔も見たくなくなりせいせいしていたというのに奇しくもここで鉢合わせてしまったことを苦々しく思う。
好意だったら許せたのかと言われれば、まぁそう、いやでも恋人じゃないしあんな……とあのときのことを思い出すとちょっと鼓動が早くなる自分の図太さに感心すら覚えた。
女の恨みは海より深く山より高いがそれだけ感情の起伏も激しいのだと思い知る。空模様を女性の心にたとえた先人の言葉が今身に染みてわかった。
一方で自分のしでかしたことをわかっているのかわかっていないのかわからないふりをしているのか、ロックマンはあのときのことまだ怒ってる? と無神経にも聞いてくる。
まだ!? まだだと!? まだって言ったな!!
いちおう恋をしていると相手へ伝えている女に対して、やはり自分が何をしたのかわかってないらしい。
理由も含めて本心で接したしあのとき言ったことは嘘じゃないよ、とか続けざまに言われてもふーんとしか思えない。
そう思うのには、私なりに一応理由がある。ロックマンには言うつもりないけど。
「ふん」
別に怒ってなんかいない。
「調べもの?」
「ええはいそうですけども」
貴殿は春画だろ。さっさと借りて帰って家で読め。
サッと十一冊目の本を取っててきとうに相槌を打ち足音を立てたいところをなるべく抑えて窓際の席へ向かい歩いていく。
私より先に母と父のことを知っていた男なので、私がなんで図書館にいるのかはだいたい予想がついているだろう。
もっとも調べるのはそのことだけではなく他にも色々、本当に色々あるのだが。
窓辺の席に座ると、なぜか隣の椅子にロックマンが腰かけてきたので小声で「近くない?」と暗に邪魔だと訴える。
まさかその本隣で読む気!? とんでもない変態だぞ!!
「お互い調べものするのにちょうどいいと思うけど」
「なにがいいのかさっぱりだわ」
「だって僕たち……一人でいても目立つよ?」
そっちは目立つだろうが私は違う。
こんなだだっ広い図書館でわざわざひっついて肩を並べる意味がわからない。
「もうちょっと自覚したほうがいいよ」
背もたれに頬杖をついて椅子をぶらぶら揺らす行儀の悪い育ちの良い男に舌打ちをする。
「だから何なのよ。調べものするなってこと?」
周りの目が気になるので、声を細く出す。図書館でのお喋りのしすぎはよくない。
「それなら一緒にいるほうが目立ちそうじゃない」
「調べものに対して他人から余計な詮索されたくないなら僕と逢引ってことでごまかしながら調べるのもいいんじゃない?」
そんなことをしたらまた不愉快な記事を書かれるのでは。
新聞社をぶっ潰す妄想を定期的にしているが、ついにそれを実現する日が近くなりそうだ。
だけどコイツとの記事は書かれたことないから余計な心配かもしれない。
「でも別に、わざわざそんなことしなくたって」
「あんな変な記事書かれなくて済むよね?」
ロックマンは目を細めて笑った。
記事って、どの記事だ。変な記事がありすぎて最早どれのことだか分からない。
「変な記事ってなによ」
「恋人と旅行? ヤヌス君が気の毒で可哀想だったろう。好きな子がいるみたいだから、あれで目当ての彼女に誤解されたら困るに決まってる」
「え、そうだったの?」
「万華鏡は縁にまつわるまじない道具で、クリオ王国の姫君から貰ったものをあげたんだ」
「あー、あれ」
恋愛相談にのってもらっていたのか。だからあんなに懐いて……。
「小魚の本は僕が借りるから、あとで貸してあげる。借りた本を誰に見せようがそこまでは腕輪も追えない」
小魚……? もしかして人魚のことか。いちおう周りの耳を気にしてくれているらしい。
借りようとして諦めた本の内容まで見破る男に複雑で苛立ちに似たような感情を抱きながらも、こういうことを話せる唯一の人間でもあるので、なんだかんだ魅力的な提案を素直に受け入れる。
ただし魅力的なのは人魚の本であって逢引なんちゃらは論外だ。
とりあえず古書は借りることができないのでここで読んでしまおう。日の光が当たらないように窓にある垂れ布をおろす。これで大丈夫。
私が虫眼鏡を出したのと同時に、ロックマンも胸元から小さな拡大鏡を取り出した。眼鏡もかけ出す。
何に使うんだろうと横目で観察していると、おもむろに春画を開いて読み始める。
女性の艶かしい白い足と男性のがたいのいい足が絡みっているのが見えた。
「……」
ほー……。そんなことある?
仮にも女性の前でそんなもの堂々と読む? むしろこれ私が隠れ蓑にされてるんじゃないの?
あ、拡大鏡かざしてる。
「離れてください」
「これ?」
平然とした顔でこっちを見る。
それしかねーだろ。よくそんな顔できるな。
せっかく気をつかって触れないでおいていたのに、まさか拡大鏡を使ってそんなにくまなく見るとは思わなかった。悪いことは言わないから帰って読め。
「この画家の絵が気になっていくつか調べてるんだけど、絶版なんだよね」
「はー、そうですか」
「見る?」
「見ないわ!!」
図書館に声が響き、他の利用者から怪訝な顔を向けられた。
もう黙ってようと心に決めた。




