物語2・29
人手不足から一転、みんながほぼ一斉に完治したことにより逆に人手が溢れてしまったので、それぞれ分かれて半休をとることになった。人員調整難しいんだろうな。所長忙しそうだったし。
私は昼を過ぎたら退勤することになったが、前日まで連休をもらっていたせいで少々物足りなく感じる。
とか一週間前の私に言ったら殴られるだろうな。なんて贅沢な。
所長が書類の山に埋もれて忙しそうだったので手伝うことはないかと聞いてみたが『大丈夫。仕事手伝わせたのモルロ爺にバレたらうるさいから』と、最長勤続年数を誇るモルロ爺の説教を恐れて手伝わせてもらえなかった。モルロ爺は下の人間には優しいが上の人間には厳しい。
「さぁ! 私はピジェットにご報告よ!」
ゾゾさんも早上がり組だった。
「今日夜勤明けで実家に帰って寝るって言ってましたよ」
「なんですって!?」
「マウェリさんのことは明日に」
「仕方ないわね実家まで行ってやるわよ」
はやる気持ちを押さえきれないのか、まったくしょうがないなと額に手をあてて鼻息を荒くしていた。しょうがないのはどっちだ。
ゾゾさんとピジェットさんの実家はご近所さんで、一つ違いの彼女たちは仲がいい。
使い魔に乗った名誉ナンパ師は空を飛んでいく。
握りしめたハンカチーフを振って見送った。
私は一旦寮に戻って、西の王都へ出かける準備をする。
もともと次の休日を使って人魚や変化の魔法に関する文献や資料を探しに西の図書館へ行くつもりだった。せっかくの半休を存分に利用しよう。ベック君の教材の参考になりそうなものを探してみるのもいいかもしれない。あと湖の生き物図鑑も借りようかな。
白襟がついた細身の黒いワンピースに着替えて、借りた本を入れる用の赤い鞄に虫眼鏡を入れる。あと飴玉。
支度を終わらせてララにまたがろうとしたが、足が開きずらかったので横乗りでいくことにする。
「時計台の方向でよろしくね」
いったい何から手をつければいいのやらな状態だが、本を読んでいれば頭も落ち着くだろう。意外と単純なのが自分の長所だ。
ララは全ての事情を知っているので、何か手掛かりがあるといいですね、と尻尾で背中をさわさわ撫でて元気づけてくれる。
たぶんララがいなかったら私の頭は爆発して使い物になっていなかったかもしれない。それくらい彼女には精神的に支えてもらっている自覚がある。
「んもう、最高級の氷を北大陸から取り寄せてる最中だから待っててね」
めちゃくちゃ美味しいらしい氷が北大陸にあると流行誌に載っていたのでこの間さっそく取り寄せの手続きをした。
存外私は好きなものに対して貢ぐ性格にあるらしい。神女様にお給金を全額はたいたのが懐かしくなる。
しばらく飛んでいると、西の王都の象徴である時計台が見えてきた。
せっかくだからここからは歩いて行こうと思い、時計台の傍にある石橋近くで降りることにする。
昼間は学生の往来が盛んで、人通りが多い。軽食を片手に集団で歩いている若い女の子たちや、肩を並べて歩く初々しい男女、本を読みながら歩いている男子学生が目に入る。青春だなぁ。
西の図書館には、学校に入学する前によく行っていた。トィル村が西の端にあるので、地図をみなくてもこの辺の地理には強い。
ここを曲がれば魔道具屋と靴屋があるはず。
予想通り、左に入るとお店が向かいに並んでいた。
東が近代的なら、西は古典的、伝統的で、古くからある建物が当時のまま残っている場所が多い。
真っ直ぐ歩いて行くと、神殿のような見た目の建造物が見えてくる。あそこが図書館だ。
図書館も外観は古く、ところどころ焼け焦げた跡があった。
生き霊に取り憑かれた絵画があった文化館も西の建物で、あちらは千年だったが図書館も同じくらいかそれより少し若いくらいの古さになる。
ララを肩に乗せながらルンルン気分で図書館に入って行く。
受付にいる司書の男性に入館証の腕輪を見せびらかして通り過ぎると、笑顔で会釈をしてくれる。あいつ見せびらかさなくてもいいのになぁと思われているに違いない。私だったらちょっと変な目で見てしまうだろう。
一年ごとに更新が必要なこの腕輪はクリンドゥール製法という二種の魔法陣を敷いて作られた、個人情報に強い魔道具である。
この腕輪には私の名前が刻み込まれていて、この図書館に入れば、わざわざ受付に行かなくともこの空間でのすべてにおける私の痕跡は五十年ほど残される。借りた本も、いつ来たのかも、どこに座ったのかも、返却したのかも、何を読んだのかも、すべてだ。建物は古いけど内側は最新だ。
信用が必要な図書館なので痕跡がバレたくないなど、あやしい人間は近寄ることができず、館内の治安はとてもよく善良な人々が情報や学びを受けるに値する場になっている。
これを真似したくてハーレの資料室に似たような仕掛けをしたのだが、ここの造りには到底及ばない。
他にも図書館はあるが、私はここが気に入っている。
変な視線もないし。
と、そんな情報管理が厳格な場所で、人魚に関することや魔法やら呪いを調べようとしている自分に今気づき、はた、となる。
あれ、ちょっとまずくない?
なんにも考えないで来ちゃったけど駄目じゃない?
誰かに怪しまれて調べられたら終わりじゃない?
情報管理が徹底的にされてたら逆に辿られたら危なくない?
そんな目ざとい人間がいるかもわからないけどやめた方がいいんじゃない?
……まぁここまで来たし人魚のことは置いといて変身とか人形術とか無難なものでも調べるかと思い直した私は、「身体の魔法」や「空想魔法」の書架を探して館内を練り歩く。
もうちょっと雑な管理の図書館にすればよかったな。この際古本屋でごっそり買うのもありだった。でも本の量や種類でいうとこの図書館が一番だし。
「これいいかも」
六冊ほど手に取り、もう一冊ちょうど読みたかった小説が上のほうにあったので取ろうとしたが奥にいってしまう。
アマリアの死は必然か。
不穏な題名がついているが、その通り物騒な内容で、主人公のアマリアの死に様が十通りくらい書かれているらしい。事細かに。肉片とか、そういう言葉がつらつら書かれているのだとモルロ爺が言っていた。
普通の精神の人間が読んだら吐き気がする話なんだそうだが、お前なら大丈夫だろう面白いから読んでみろと勧められたので気になっていた。
暗に普通の精神じゃない奴と言われているが、そこは深く考えない。爺さんがちょっと言葉を間違えたんだろう。私は普通。
「んん……」
チビではない部類かつ高身長でもない部類なので取れそうな位置にあるものは意地でも取りたくなる私は背伸びをして踏ん張る。
棚には向こう側との仕切りがないので見ようと思えばあちらが筒抜けて見える。たぶん凄い顔になっているから誰にも見られませんように。
結局身長というか腕が足りないようなので魔法で引き寄せようとすると、ずい、と本の背表紙が押されて私のほうに飛び出してきた。
「これですよね? どうぞ」
「あ、どう……」
どうもと言おうとして言葉が詰まる。
聞き覚えのある声に本棚の隙間から覗いてみると、反対側にいた人物も気がついたのか私と同じ位置の隙間から目線を合わせた。
「……」
「……」
目が合って数秒、手元がくるって本をバサバサ落とす。あ、いけない。本を傷つけたら弁償になる。図書館にも申し訳ない。
さりとて棚の奥にいる高身長の金持ちに対しては険しい顔になる。
何を考えたのか、ララが失礼しますとポンと音を立てていなくなった。
失礼しますって、ちょっ、ララ!?
「もう、誰かに……百人くらいに呪われてるんじゃ」
「人を見れば呪い呪いってつくづく陰険な魔女だよね」
「くっ……なんでいるのよ」
またか。
拳を握りながら向こう側にいた高身長の金持ち、アルウェス・ロックマンに聞こえるように文句を垂れる。
船で会ったのが最後およそ一月半ぶりに姿を見たが、なんでこうも思いもよらないところで会うんだろう。率がおかしいだろ。
「呪いっていうより箱のせいな気もするけど」
「なに?」
「なんでも」
「お兄さま、どうなさったの?」
気がつかなかったが隣に誰か連れているようだった。
お兄さま? 妹でもいたのかと棚越しに見てみると、金髪の美女がつばの広い帽子を胸に抱えながらロックマンの腕に抱き着いていた。服装はよく見えないが、お兄さまと呼んでいるのを考えれば貴族の人間だろう。
というか見かける度に女連れだな。女の人がいないと生きていけないのかこの男は。ムイーシアさんとベッタリ期間もあった上に今度は金髪美女? 節操なしめ。
「ああ、この子は再従妹。ヴェスタヌから来てるんだ」
「棚の向こうにお知り合い?」
棚に向かって喋っていることを素直に疑問に思ったのか、彼女もこちらを覗いてきた。へぇ、はとこ。
お人形さんのようにパッチリとした目が隙間から見える。
きれーかわいー。
「今日はこの辺にしておこうか。この三冊を僕の名前で借りておいてくれ」
「承知しました」
従者も連れていたのか、本を渡していた。
「じゃあアンテット通りでお茶しましょ」
「今日は図書館だけって言っただろう」
「もう、女性と出掛けてお茶なしなんて野暮じゃなくて?」
「国へ帰るまで時間があるからまた今度にね。屋敷までアンナを頼むよ」
「かしこまりました」
「お兄さまも一緒ではないの!?」
なんか騒いでいるがここは図書館だぞ静かに、と心の中で注意するだけにとどめて早々に離れる。面倒事は御免だ。
ロックマンの横に女がいた場合九割の確率でいいことは起きない。残りの一割でいいことが起きるのかと言われれば特にそういうわけではないけど、まぁまぁマシな場合があるだけだ。
私の経験談。




