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物語2・28

 視線を横にずらして、後ろ首をかいている。

 彼の父親マッカーレさんによれば、ベック君はただいま反抗期真っ最中なのだそうで。

 髪も伸ばしていると言っていたけど、これも一種の反抗なのか。


「お前が載ってた新聞のやつさ、セレイナのあれ」

「嘘だからね?! 信じちゃ駄目!!」


 手に持っていた本を振り上げて食い気味に否定する。なにを言い出すかこの子は。

 ベック君までそんなことを話題にするとは、新聞の影響力は計り知れない。

 信じるものは救われないの信じるものは騙されているの、と子ども相手に必死になるもベック君は、わかってるよ心配しただけだと素っ気なく呟いて頭をかいた。

 んかっ……かわいい!

 本当に? 反抗期なんだよね?

 全然かわいいんですけど。心配してくれてたって、嬉しすぎる。

 

「おう。お前こんなところにいたのか、ヘルさんと話……」

「うっせぇ話しかけてくんじゃねーよ親父! 帰って寝てろ!」


 反抗期だった。


「すいませんねぇヘルさん。こいつ口が悪くて」


 お手本みたいな反抗期だった。

 たぶん保護者向けの教科書があったら間違いなく例で載る。


「そんなことないですよ」


 お父さん登場で反抗期が発動しただけだから大丈夫だ。

 疑い深い目で何かうちの子が粗相をしたのではないかと何度も聞かれるが嘘じゃない。びっくりするくらい嘘みたいな切り替えだったけど嘘じゃないんだ信じてあげてくれ。それまでは年上の女性を心配してくれる心優しい少年だったから。


「聞いてもらうんだろ?」

「いいだろ別に、今度で」

「ヘルさんに進路について聞いてもらいたいことがあるってんで、今日は連れてきたんですよ」

「私に?」

「言うなって! ……ったくあっち行けよ」

「おーおーすみませんでしたねぇ、じゃあ帰りは気をつけろよ」


 父親が去ると、ベック君はまた後ろ首をかいた。


「ひとまず、相談席に来ますか? 今日は私なので」


 ハーレでは今年から相談席を設置した。

 これは会議でもずっと議題に上がっていたことで、依頼を申し込まれるときや破魔士が依頼を受けに来るときに、けっこうな雑談が起きる。おはよういい天気だね~そうですね~昨日寝相悪くて頭ぶつけちゃったよ~それは痛そうですね~あはは~、とこんな風に短く済めばいいが、長いこともザラにある。

 依頼者や破魔士とのやりとりを円滑にするために今まで和やかに対応してきたが、渋滞がしょっちゅう起きるし対応も大変だ。

 話は聞きたいし聞いてあげたいが、なにせ時間に余裕がない。

 スパっと容赦なくさばく時もあるけれど、それでは心許ない。

 なのでまずはお試し、という形で破魔士専用受付の横に三席設けている。

 なかなか好評で、利用時間は一時間までという決まりがあるものの、これから初めて仕事をする破魔士が詳しい話を聞きたいとやってきたり、依頼をしていたときに嫌だったことや大変だったこと、とにかくハーレで受けた仕事関連での愚痴悩み及び私生活での悩みを聞いてもらいにくる人、悩み事はあるけど依頼するまででもないのか依頼できるのか、という依頼者側が小さなことでも相談できるようになっていたりと、需要はそこそこあった。

 担当する職員は日替わりで、掲示板にその日に座る人間の名札がかけてある。

 今日は私とニキさんとランゲリックさんだ。


「そちらのお席へどうぞ。青茶か紅茶飲みます?」

「いや、いいよ」

「タダだよ?」

「そんなんでつられないって」

「ではお水入れますね。これに名前だけ記入してもらってもいいですか?」

「お、うん」


 用紙を置いて水差しを探す。事務机の上にあるのを見つけたが空になっていたので、ベック君にことわって水を汲みに行く。

 裏庭の井戸から汲む水は美味しい。休憩の最中に飲んだり食堂で出している水は全部ここの水だ。

 井戸で水差しを満杯にして所内に戻る。

 席に向かうと、ベック君が指先で筆をクルクル器用に回していた。器用だな。

 用紙を見れば、綺麗な綴りが書かれている。はらいや平衡感覚が完璧だ。

 

「字が綺麗だね~」


 手先が器用だから字も器用なのか、この年齢の男子にしては美しい字だった。

 この字で反抗期って。


「水。ありがとう」

「ハーレの水って美味しいんだよ」

「言うほどか?」

「瓶に入れて包装したら売れるかもしれないよ。個人的に二ペガロくらいで考えてるんだけど、どう?」


 二本指を立てて売り込んでみた。


「高いだろ。ミラッジ甘水のほうが安いぞ」

「五ペリルは?」


 一ペリルは、一ペガロの十分の一の価値だ。


「そんくらいならまぁ」

「いけるかな? 販売のお仕事もやってみたいんだよね」

「受付辞めんの」

「辞めないけど、たまに違うことしたくなるよね」

「ナナリーはさ、いつからっていうか……なんでここで働いてるんだ?」


 ヘンテコ魔女だとか変な名前? あだ名で呼ばれることはなくなり、今では普通に名前で呼んでくれている。それと共に私も砕けた話し方で接するようになった。


「大した理由じゃないんだけど、小さいときにハーレに来てたまたま見かけた受付の女の人が美人で、なんか憧れちゃったんだよ」

「美人じゃなかったら憧れなかったのかよ」

「は~、そんなわけ」


 所長じゃなかったら、を考えてみる。

 あの美人が座っていなかったら、はたして目指していたかのか、否か。


「そうかも」


 まぁそうかもしれない。

 目指してるとは断言できない。


「結局見た目か。不純な奴だな」

「好きになる入口ってだいたい不純じゃない? 可愛い子がいたら、あ、いいなって思わない? 中身は後からじゃない?」


 ベック君はしばらく黙って私と目を合わせる。


「まぁ。中身は確かにな」

「でしょう」


 フン、と鼻を高くした受付の女にベック君は冷めた視線を送った。


「ベック君はなにかしたいことがあるの?」

「ああ、いや、したいっていうのとは違うんだけど」

「うん」

「ここの魔導所で働くのもいいかなって、考えてて」

「本当に!? それは是非お願いします」


 人手はちょっと増えたけど、万年人手不足なのには変わらないので来てほしい。


「けど、破魔士になるのもいいなって、騎士もありだよなとか、海洋学研究者とか、方向がわからなくってて」

「海洋学に興味あるんだ! きっかけがあったの?」

「いや……その。国がヤバかったとき海の人魚が助けに来てくれただろ。そこから少し気になったっつーか……それはとにかく、ハーレは成績上位者だろ? 俺勉強できないし、じゃあ破魔士ならいけるんじゃね? って」


 彼は今十一歳。

 ドーラン王国魔法学校は十二歳から通うところなので、まだ目標は決めずともいいと思うが、相談したいと言うならとことん付き合おうと、飲み干して空っぽになっていた杯に水を注ぎ直す。

 この受付の姉さんが何でも聞いて何でも教えてやろう。


「五年生の大会で頑張れば、ハーレの推薦状は獲得できるかもしれない。でも騎士になって、それから魔導所で働くこともできるし。ほら、魔導所の人は元騎士の人多いから」

「そうなのか?」

「海洋学は海沿いの国に住んだほうが効率いいから、他より併用できることは少ないかもしれないけど、おもしろそうだよね」


 ドーランは内陸で海はないから、大変ではあるけれど国外に行った方がやりがいはありそうだ。


「騎士になったあと、魔導所でちょっと働いて、そのあと破魔士になって、お金を貯めたら海洋学研究で外国の学校に通ってっていう人生設計もいいかもねぇ」

「経歴やばいなそれ。ありかよ」

「ありです。選択肢がたくさんあるって凄いんだよ。今はまだ色んなものを観察してみて、五年生の大会でまずは頑張ってみるのもいいかもしれない。目的は関係なく」

「学校にいたときは他のやつらどんなだったんだ? 将来決めて最初っからみんなガリ勉?」

「いや~ううん、五、六年生から動き出す人が大半だったよ。だから今は入学に向けて勉強に集中するので大丈夫だと思うし、卒業したっていう証明が色んな場所で使えるから、とりあえずお金がいいところで働いてみるとかね」

「お前が勉強見てくれたり、しねーの」

「教えるってなると、どうだろう……。家庭教師ってこと?」

「ん」

「専門の人に見てもらった方がしっかりできるんじゃない?」

「そこまでみっちりされても、やる気がでねーっていうか」

「じゃあこういう、相談の延長みたいに?」

「ああ」


 謙遜ではなく、私は教えるのがそれほどうまくない。

 宿題を見せるとかはできるが、うーん。


「ちょっと待っててね」


 思いついたことを所長に窺うべく、席を立つ。

 今日は一日所長室にこもっているはずだ。

 

「確認があるんですけど、今いいですか?」


 軽く扉を叩いて、許可をもらって部屋に入る。

 休んでいた間に貯まった大量の報告書の山に囲まれた所長と目が合った。


「勉強を相談席で見てあげるのって規定上可能ですか?」

「そういう話をされたの?」

「勉強を見てもらいたいって言われて、専門の方に見てもらうように勧めたんですけど、そこまでやるほどじゃないらしくて……。十一歳の子なんですよ」

「ベックでしょう」


 ニヤリと笑う。

 毎日ではないが毎週どこかしらでハーレに来ることがあるベック君のことは、職員のほとんどが知っている。

 所長も姿を見かけるとちょっかいを出して絡みに行っていたりと、甥っ子感覚で接しているみたいだった。


「お金にならないことは避けたいのが本音なのよねぇ。慈善事業ではないし」

「将来選択肢の一つとしてはハーレで働きたいそうで」

「えっ」

「え」  

「え?」

「え」

「……」

「……」


 少しの沈黙のあと考える素振りを見せた所長は、人差し指を立てて許可の条件を出した。

 一日一時間。絶対に相談席のみで。週二回まで。ただし私が席にいる日に限るので、二回じゃなくて週一回やできない週があることも承知の上でだ。

 席に戻りその提案をベック君に話してみたら、快く返事をしてくれた。

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