物語2・23
「国中の令嬢の中から殿下の婚約者を探すってやつが。だからお茶会の誘いが多いの。勝負に備えるためにね」
「今が光の季節だから……あと半年くらいで殿下の婚約者決まっちゃうの? こっちがドキドキしちゃうわ……」
「そっ、そうだね」
二人で興奮気味に胸を抑える。
そんな大々的なパーティーが開かれるなんて知らなかった。
まぁ貴族の令嬢の中から探すわけなので平民には関係ないし、新聞の記事にしたところで変な人間が紛れ込む可能性もあるから大々的には報道しないのかもしれない。新聞記者も王族は敵に回したくはないようだ。
と思っていたがニケによれば小さく記事にはなっていたらしく、一応世間でも気づいている人はいるみたいだった。
「ニケも招待されてるのよね?」
もちろん、と王子様の花嫁候補の一員となっていたニケに羨望の眼差しを向ける。
すごいと息巻く私に何を思ったのか、王子のこと好きなの? なんてベンジャミンがからかうように言った。
それはないと返しつつ、でもかっこいいし頼りになるし外見込みの好みで言えば王子は凄く好きと発言する私にまたしても彼女はやっぱり好きなんだ~とからかった。
「好きと言えば好きだけど友人っていう域は出ないよ」
「そうよねぇロックマンいるもんねぇ」
「ヤメテ今ソイツのコトは忘れてルノ」
カタコトになる口調にベンジャミンは大笑いしながら何があったか知らないけど仲直りしときなさいよと手払いされた。
「ニケは好きな人いないの? 結婚とか考えてる?」
「私は一人がいいけど、そんなことも言ってられないしなぁ。良い人がいればいいなって思ってはいるけど……いいのよ私のことは!」
話を変えたいのか咳ばらいをしたニケはそれはそれでおいといて、と早口で内容を逸らした。
「王の島の高度が低くなってるらしいんだけど知ってる?」
ひそりと小声で言われた彼女の言葉に二人して一瞬無言になる。
王の島の、高度?
「あれって低くなるの!?」
ベンジャミンが私の心の声を代弁するように叫んだ。
本日二度目の衝撃。
ここが店内じゃなくて良かった、店内だったら他の客に睨まれているところだった。
「落ちる……」
そんなの怖すぎる。
でも初耳だ。そんなこと起こりえるのか。
王の島が浮いているのは言い伝えでは昔の魔法使いたちのかけた魔法のおかげということと、魔法に必要な魔力の高いと言われる魔法使いらの血や肉が必要で、王の島の地中には魔物との戦いで亡くなってしまった魔法使いたちが使われて埋まっているのだと授業で教わったことがある。
習ったのは三年生のときで、とても衝撃を受けたのを覚えている。
その魔法の正体だが何のどういうような魔法なのか詳しくは今も分からずじまいで、事実として王の島はこんな風に浮いているんだよと聞かされていた。
「王の島の下って、円になるように建物が立っているじゃない? 中央広場がもともと昔のお城があった場所でそこを中心にある城下街にかかる島の影がちょっとずつ濃くなってるらしいのよ」
王国にのぼる太陽が真上になるとき、王の島の真下にある王都にはうっすらと影がかかる。
その位置になるとそこに住んでいる人たちは、ああお昼か、とわかるのだ。
「それって住んでる人が気づいたの?」
「いいえ隊長が」
隊長。
「もしかして」
「アルウェス隊長ね」
「ア…………あるうぇす?」
今までロックマンと呼んでいたニケが名前で呼んでいる。
ニケがそう呼ぶなんてと王の島のことが吹き飛んで唖然とする私に、さすがにもう爵位持ってる男の人をそうは呼べないわよと至極まっとうな意見を返される。
確かにいつまでもロックマン呼びはおかしい。
ロックマン公爵の息子であるから姓として使っていただけで、家を継ぐ長子ならばともかく本人にはもう立派に名乗れる侯爵位があるのだからそちらで呼ぶべきだろう。
しかし今更「フォデューリ!」と呼ぶのもなんだかなという気がしてならない。
だって私がそう呼ぶとしたら「ねぇフォデューリ」「ちょっとフォデューリ」「フォデューリのアホ面」などなど想像したらなんとも違和感満載な光景である。
貴族って本当にややこしいし大変だ。
もともと平民であるニケもそんな感じだったようで、フォデューリではなく改めて名前で呼ぶことにしたらしい。
「んで、それって大丈夫なの? いつか落ちてくるってことよね」
「維持できる方法がわからないのよ。どういう魔法をかけてそうなっているのかわからないし」
「でもよくよく考えたらさ……もう別に浮いてなくてもいいんじゃないかって思うんだけど……」
私の言葉に二人の目が点になった。
そこまで非常識なことを言ったかと友人を交互に見た。
落ちてくるところには中央広場があるけど、落ちるのを予想してあらかじめ時間をかけて建物を移動させて備えておけば、元にあった場所へお城が戻るだけなのでそんなに悲観するようなことでもない気はする。
立ち退きの問題やそこに住んでいる当事者の感情もあるから一筋縄ではいかないだろうが、あのドデカいものが落下してきて死ぬのと比べたらどっちがいいかなんて聞くまでもない。
浮いていなくても特に困ることはないだろうし、魔物が王族を襲ったらという心配も大昔ほどはない。
落ちてきたときの衝撃波などさまざまな問題があるとは思うけれど、案外大丈夫じゃないかなとお茶を飲みながら楽観的に想像する。
生態系も王の島に咲いているキュピレットなど数種類の地上とは違う植物があるのみで、絶滅を防ぎたいのであれば今からでも研究は遅くはないだろう。
今は昔よりいろんな魔法があるし対処できなくはないんじゃないか、と根拠もないのにだいぶ無責任な発言をする私を二人は新種の生物でも見るような目で見つめてきた。
「た、確かに言われてみればそうだわ。なーるほどねぇ」
「考えたこともなかった……」
「いきなり落ちてくるってこともあるかもしれないし、時間は必要だと思うから少しでも維持できる方法があると安心なのにね」
お茶をズズズと啜りながらニケに視線を送った。
ああは言ったけど、よくよく考えたら恐ろしいことには変わりない。
「他の国の王の島は? うちの国だけなのかな?」
「ヴェスタヌは変わりないらしいしシーラも大丈夫みたい」
シュテーダルのことといい国が滅亡でもするんかなってくらいドーランだけ災厄な年が続いてる気がするから、もう国をあげてお祓いしたほうがいいんじゃないか。
怖いねと~言いながらもお腹が減っているので呑気にケーキを貪る。
全員が食べ終わる頃ベンジャミンがお手洗いで席から離れた隙に、私はニケに顔を近づけた。
「えっと……私が魔物と話したあとのロックマンって、今は大丈夫な状態なの? 氷の魔法使いの力で治るって伝えたアレ」
「まだ? 聞いてないの?」
「うん」
ついうっかり本人に聞くのを忘れていた。
船で会ったときに聞けばよかったのに、そんな場合じゃなかったせいで頭からすっかり抜け落ちていた。
瀕死という恐ろしい単語を魔物から聞いていた私は、あのあとその症状が果たして完全に消え去ったのかとずっと気になっていたというのに。
ニケは「安心して」と前置きをして微笑む。
「大丈夫よ。ムイーシアが治してくれたわ」
「ヘルドランさんが?」
「身体検査は問題なし。二ヶ月間休みの日も毎日就寝間際まで……ムイーシアが側について見張っていて変化はなかったから、魔物の影響は収まったと思っていいはずよ」
「じゃあ確実に治ったんだね」
腕のいい魔法使いなら心配ない。
それにロックマンのことが好きな彼女なら、きっと完璧にやりきったんだろう。
それなら安心だ、と笑う私に対して、ニケは困り顔になった。
「嫉妬とかないの?」
「嫉妬……? ちょっと、ん~……まぁモヤッとはするけど、治してくれた人に向ける感情ではないというか」
「ナナリーらしいわ……」
詳しくは聞かないけどそのモヤッとが聞けただけでも進歩だわ、とニケは笑いながらお菓子を摘まんだ。