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物語2•20

 彼女に案内されるまま書庫へと向かっていると、長い廊下の先に銀色の重厚な扉がポツンとあった。


「こちらへ」


 端まで歩みを進めて行き止まる。

 どうやらこれが書庫の扉らしい。

 念のため中までついてきてもらえるようで、何度も頭を下げてお礼を言った。

 父はこの離宮でセレイナの海洋学者としてドーランから派遣されたことになっているらしく、客人専用である白華宮に期限付きで滞在しているようだった。


「でも、手短にお願いね。本当はもっと時間をあげられたら良かったのだけど」


 カチャン。

 扉は重そうなわりにベラ王女の細い腕ひとつで簡単に開いた。


「あ……お父さん!」

「ナナリー!」


 あらかじめ伝えておいてくれたのか、扉を開けると父が書庫の中心で出迎えてくれた。

 木の匂いが香る本棚に囲まれる中、両手を広げている父のもとへ、私は恥も迷わず飛び込んだ。


「すまない。こんなに待たせてしまった」

「ううん大丈夫、大丈夫だから泣かないでよ」


 私たちは抱きしめ合った。

 鼻水をすする父は笑顔なのか泣き顔なのか判別しがたい表情をしていた。

 こんな風に触れ合ったのはいつぶりだろう。

 魔法学校へ行く前に恥ずかしがる私をぎゅっと抱きしめてくれたのを思い出す。

 思えば就職してからも寮生活で、目が覚めてからも今までずっと会ってなかった。

 もう一度きつく抱きしめる。

 この歳になると私生活はおろか人前で父親に抱きつくなんて死んでも嫌だと思っていたのに、だいぶ会っていなかったのと母のことが込み上げてきてそんなのどうでもよくなっていた。


「ベラ王女から全部聞いた。手掛かりは見つかったの?」


 あまり下手に長居はできない。

 色々聞きたいことはたくさんあるが、今必要なことだけを聞こうと決めていた。

 こもりきりだと聞いていたので進展があったかどうか気になり確認してみるが、例がなくて何にもわかっていないのだと返される。

 ハウニョクがいるので母には何度も会いに行けているらしいが表立って会うことはかなわず、海の中でこっそりと逢瀬しているらしい。

 具体的な頻度を聞いたら、なんと週四回。

 ……ほんと好きだな。

 海の王国では王女の帰還を喜んで最初の一ヶ月は宴三昧だったらしいが、主役である母はずっと俯いていたという。

 海の王国はセレスティアル王のおかげで統制ができているので、王女が戻ってきたことが周囲に知れ渡っても、彼女が今までどこで何をしていたのかというのが誰かの口から漏れることは絶対にないそうだ。

 その前に王女が失踪していたなんてことはセレイナ王以外知らなかったのだから、これから海の王国が他国と交流していくのに王女を隠し続けるのは逆に不自然になり怪しまれかねない、ということで海の王国としては表向き上、王女の存在は披露していくことにするそうだ。


「もしお母さんが戻らなかったら、どうする……?」


 万が一のことを考える。

 でも正直言えば、考えたくはない。

 けれど氷の始祖の力があったからこそ成しえたことであり、生物そのものの根本的な造りを長く永久に変えることができる魔法の存在は私が知る限り確認されていないのだ。

 始祖にもう一度頼み込めばどうにかしてくれるんじゃないかと期待してみるも、だいたいその始祖今どこにいるんだっていう話だ。

 私の中? 

 それともシュテーダルと一緒に消えた?

 全貌を把握できていないので、氷の魔法を使えているからもしかしたらまだ私の身体にいるのかもしれないが、居たとしてどうやって話せるのかはまったく不明である。


「ミミリーとずっと一緒にいるって約束したんだ」


 父は抱擁をといて私の瞳を見つめた。


「ドーランには帰れないかもしれない。だから探すのは父さんに任せてくれ。お前は国へ帰って、いつも通りに暮らすんだ。絶対に探しまわってはいけないよ。お前までどうにかなってしまったら、俺は」


 戻らなかったとしても、どうにか一緒にいれる方法を探したいと、あくまでも母と離れるつもりは毛頭なさそうだった。

 そんな父に安堵しつつ少しさびしさも感じる。

 父と母には離れてほしくない。

 経緯が特殊なのもそうだが、自分の大好きな両親が、好き同士の人たちが離れているのは、自分が彼らと離れてしまうより凄く嫌なことだ。

 私だってもういい大人なのでいつまでも親にべたべたしてなんかいられないが、二人のことは大好きなので寂しくなってしまうのは当たり前のことだった。


「どうにもならないよ、大丈夫だって」

「わからないだろ」

「でもそれじゃ無理があるよ……私、知られてもいいよ、そうしたらだって、そのほうがもっと楽なんじゃないかな」

「っこの、馬鹿言うな! 楽になるのは大人のほうでお前じゃない!」

「私だって大人だよ!!」


 子ども扱いにカッとなって声が大きくなる。


「それにナナリーが王女の娘だと知られたら悪いことを考える連中が湧いてくるかもしれない。人魚と人間の間の子供なんて聞いたことないからな。昔は密漁を企てる連中もたくさんいたって話だ。海では暮らせないし、陸にも完全に守ってやれる場所がない。ドーランで保護もできるだろうが、お前を閉じ込めてしまうことになる」


 さんざん考えてくれたんだろう。

 私が提案する隙もなく言われてしまえば口を噤むしかなくなる。

 心労を増やしちゃいけない。

 下がることでしか納得させられないのだと、目の下に隈を溜めている父を見て自分を情けなく思った。

 私も昨日の今日で何にも考えられてないのが事実。

 さっきから何回も心の中で「始祖さんいたら助けてください」と通じるかもわからない相手にお願いしているが、今自分ができるのはこれくらいしかなかった。


「だって、そんなのさ」


 まごまごと言い淀んで唇を結ぶ。

 自分の選んだ道が本当に正しかったのか思い悩む。

 普通でいたい、とか言わなければ不自由はあれど両親とともにいられたかもしれないし、色んな人に気苦労かけることも母が海にこうして出向いて人魚に戻ってしまうこともなかったのかもしれない。

 そこはどのみち海王様に話をしに出向いていただろうとは思うので結局結末は同じことになっていただろうと思うが、おおやけになっていたら少なくとも父だけで元に戻す方法を探すのではなくもっと多くの人の助けを借りられたのかもしれないのに、とタラレバが溢れて消えなかった。

 私は自由なのに、いっぽうでは両親をこんな風に世間から縛り付けてしまったのだという罪悪感が胸を苦しめた。


 ロックマンは私に十分に自由な時間をくれたと思う。

 だから今バレてしまったとしても後悔はなかった。

 もし記憶を改ざんしたことが発覚してしまったら、私がしたことにしてしまえばロックマンが批難されることもない。

 そんな簡単じゃないかもしれないけど。


 嘘をついてくれた彼のために嘘をつくことは、私にとってなんてことはないんだ。


「……わかったから顔上げて? 家の手入れはちゃんとしておくから安心してね」

「ああ」

「元気にしてるか、それだけでもいいから手紙書いてくれる? ……魔術師長に可能か聞いてみるから」

「必ず書くよ」

「お母さんから絶対に離れちゃだめだからね。危ないことも極力しないで」

「ああ……っ」


 前かがみになって目を抑えることもせず涙を流す父を静かに見守る。

 母が人魚に戻ってしまったということは、身体の造りも当然違う。

 暮らせる場所も違うし、食べるものも同じではない。

 そして寿命は長い。

 母が海王の娘であれば、その血を継ぐならば平均的な人魚の寿命より遥かに長い年月を過ごすことになるだろう。


 ずっと一緒にいる。


 その言葉が母から出た言葉なのか父から出た言葉なのかは重要じゃない。

 少なくとも私たちが母を置いていってしまうことは、今の時点では確かになったのだ。








 しんみりしたまま別れるのは嫌だったので帰り際にお化け虫のマネを披露したら(壁に這ってもぞもぞ動く)、涙ぐみながらお前に貴族の生活は絶対に合わないから父さん頑張る、とわが決死の一芸を神妙な面持ちでそう評された。

 私は無言で天井を仰ぎ見た。


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