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物語2・16

「お尻が丸見えよ~」


 かわいいお尻ね~とケタケタ笑う王女はたぶん酔ってるんだと思う。

 立派なお尻ね~と恥ずかしげもなくお尻お尻と連呼する王女様。そんなお姫様見たことない。

 稀であるのかはたまた私が姫というものについて勝手な幻想を抱いていただけなのか、おおらかな性格であるらしい彼女にこれまた勝手ながら親近感が湧く。

 品行方正なお姫様も好きだけど豪快なお姫様も大好きだ。


「うう」


 思わず布の山に隠れてしまった私だが、この姿のほうが恥ずかしいのではないかと思い至り頭を引っこ抜こうと膝に力を入れる。

 だが髪の毛が変なところに引っかかり出られなかった。埃が口に入ってゲェッホゲホ咳き込む。

 この際咳の仕方が年々父親に似てきてしまっているのは気のせいだと思うことにする。


「無謀ねぇ、いくら瞳を避けたいからって焦り過ぎだわ」

「コックの瞳が危険なのは知ってるだろう? 僕たちに使えなくても平民のヘルは違う」

「でも本人も苦労しているそうよ。……それで? 処置はできましたの?」

「……」


 処置? 

 何の話だ。

 うんしょうんしょと馬鹿丸出しの体勢で抜け出そうと頑張っていると二人の会話が聞こえてくる。

 ベラ王女の問いかけに何の言葉も返さないロックマンを不思議に思いながら、あと少しで出られる気配を感じた私は一気に後ろへ体重をかけた。

 そしてスポーンと勢いよく布から抜け出した私の身体はベシャリと大きな樽に衝突して落ちる。まるで樽が転がるさまを体現したような動きだった。


「それで? できましたの?」


 そんな私の姿を気に留めることなく、ベラ王女は再度念をおすようにもう一度ロックマンへ問いかけていた。

 地べたに両手を広げて夜空を仰ぐ体勢になっている私は、後頭部をぶつけて脳みそがグラグラしていたのでなんとなくその格好のままロックマンのほうへ視線を向けた。

 前髪が上がっておでこが露になる。


「……大丈夫だよ」


 言いずらそうに口を開き、瞼を閉じた。


「そう! 良かったわ~」


 ベラ王女はグラスを放り投げてピョンと樽の上から飛び降りると身軽い踊り子のように片足で着地し、両手で平衡を保ってふわりと横に一回転した。


「……」


 揺れる薄金色の長い髪を前に私は叫びたい。

 すぅんっごく可憐です。


「貴女、後天の瞳って知ってる?」


 ベラ王女は両手を膝につけると、機嫌のいい猫のように細めた目で寝転がった状態でいる私を覗き込んだ。

 垂れ下がってきた彼女の柔らかい髪から、白い砂浜の神秘的な暖かい香りが漂う。


「……はっ、知っています!」


 王女から話しかけられた私は慌てて起き上がり、背筋をピンと伸ばし片手を上げる。


 ペストクライブなどと違い、身体に生まれつき不思議な力が備わっている人間がいるのだが、そのうちの一つに後天の瞳という能力がある。

 能力は他にもさまざまあるが、力を持つ人間は世界に数人~百人いるかいないか。

 後天の瞳は大陸の西側で生まれたクライブ(未成分児)が原因と言われており、発現は子孫に稀に現れるかどうかだ。

 操権の唇、心相の耳、宝石の涙、魅了の香り、先天の瞳と色々あるが、身体に発現し発見されている人数はほんのわずかで、記述は世界各地に残ってはいるが本当にあるのか? というくらいのものだった。

 後天の瞳は、相手の瞳を見ることでその人間の真実を覗くことができる能力を持つ瞳のことをいう。

 真実とはつまり嘘をついているかついていないかがわかる。人数は乏しくほぼいないに近いため、詳しい研究はなされておらず所有者がどこまで見破れるのかまではわかっていない。

 しかし同時に、後天の瞳は別名魅了の瞳とも呼ばれていて、能力を最大限に生かすために瞳を合わせれば相手に自分を好意的に思わせる力が付与されていることが少なからず判明している。惚れ薬の効果に近い

 反対に先天の瞳は自分の嘘を相手に信じ込ませることができる。しかしその反動で所有者の体調は一時的に著しく悪くなる。

 死をもたらすほどではないらしいが、程度はわからない。


 これらの能力は世間から神により与えられた力だとか言われているが、はっきり言ってそれほど能力に魅力を感じないしむしろ与えられた本人にとっては厄介なのではという印象しか抱かなかったので、こんなの与えてどうするんだろと十歳の頃大陸史を読んで思い至ったことがある。


「あの白髪の男はヴェスタヌの第一王子で、後天の瞳の持ち主なの」


 白髪の人は、なんと王子様だった。

 高位貴族に違いないとは思っていたが、まさか次期国王となる人に毛布をもらっていたなんて。

 しかも後天の瞳を持つということは、母方が西大陸の人なのだろうか。

 ヴェスタヌは能力が高ければ貴族平民関係なく結婚ができる。

 そう考えるとそんな国の王族に特殊な力を持った末裔が嫁いできてもなんらおかしくはない。


 歴史を見ると能力者本人が能力を利用するというより、まわりにいる人間が恩恵に預かろうと能力者を利用する場合のほうが多かったらしいので、本人もそんな立場にいながら能力を持つなどそれこそ苦悩や苦労は普通の人間には計り知れない。


「つまり……?」

「つまり、平民である貴女に遠巻きにちょっかい出そうとしていたから、アルウェスが気をそらしたのよ」


 ちょっかいって、話の流れからするに後天の瞳の能力のことかと理解するが、気をそらすって何のことだろう。


「……つまり?」

「他の異性に少しでも気を惹かれれば魅了を解くことができるから、慌てて応急措置をしたってこ・と!」


 人差し指を立てて、パチン、とかわいく瞼を閉じた。


 なるほど、つまり後天の瞳に魅了されそうになっていたかもしれないから、わざと顔を近づけたり変なコト言ったり変なコトしたと。

 つまりそういうことだと。 


「応急、ね」


 ジロリとロックマンを見る。

 当の本人は袖口から葉巻を取り出してプカプカ吸っていた。

 んだコイツ腹立つ。

 額に青筋が浮かんだ私はたぶん悪くない。

 言えばいいじゃないのまどろっこしい! と叫んで訴えたが奴はどこ吹く風で夜空を見上げた。


「だって言ったら風情がないじゃないか」


 切なげな顔をして自分は何も悪いことはしていないと言わんばかりの態度に、さっきまで私の心臓を突き破ろうとしていた住人が今度は私の血管を千切ろうとしている。

 風情? コイツにとっての風情って何。風情にしてはやりすぎなように思うんだけど風情の程度が天井突破なんだけど本気で言ってたら遊び人確定なんだけど。


「それにわざとじゃないよ」

「破廉恥が服着て歩いてる奴のことなんて誰が信じるのよ。破廉恥なんだから服脱ぎなさいよ服いらないでしょ破廉恥なんだから裸になっても平気なのよきっとさぁそのギラギラした軍服を脱げこの破廉恥クズ野郎無用の長物人の風上にもおけない蛮族め」

「久しぶりにすごいのを聞かされてる」


 魅了なんかされてなかったし余計なお世話にしか思えない。

 確かに目は合ったりしたが、あちらに他意はないだろう。それこそ自意識過剰だしむしろ相手に申し訳なさまで感じる。


「まぁまぁお二人とも。ナナリーさんにはお話がありますから軽食でも持ってお部屋へ戻りましょう?」


 彼女の言葉にふと我に返る。そうだ、話したいことがあると言われていたんだった。

 自分が腹を立てているのが何からくる怒りなのか、なんて今は考えたくもないのでベラ王女のほうへ視線を固定してハイと応える。


「ゆっくり、説明してあげてね。本人が一番混乱すると思うから」


 幼子相手に言い聞かせるような声色でそう言うと、私の頭をさらりと撫でて離れていく。 

 ガッと脳天を両手で抑えた私は、眉間にしわを寄せてベラ王女のほうを向いたまま疑問符が浮かべた。

 混乱?


「さぁ行きましょうか」


 明かりの眩しい会場へと消えて行ったロックマンの背中を眺めながら、ベラ王女に言われるがままその場を後にした。


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