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物語2・14

 あたたかそうな毛布を目の前にありがたく手を伸ばそうとした私は、見た目は慎ましくも爽やかに態度悪いことこの上ない男をまじまじと見つめた。

 いったい舌打ちされたのは私なのかそれとも白髪の男性になのかそれとも歯に付いた食べかすでも取っていたのかとか失礼なことを考えていると、男性が口元に手を当ててハハハと笑いだす。

 今のどこに笑う要素が。


「冗談だよ怒らないでくれ。ほら、ひとまず彼女を休ませないと」


 女性をダンスにでも誘うような手つきで、毛布を抱えていないほうの手を差し出される。こちらへ来るといいという男性の言葉に、確かにいつまでも地べたに座っているわけにかないか、邪魔だし。と思って立とうとしたら後ろから両肩をグッと抑えつけられて動けなくなった。

 え、と肩越しに振り返るとやや迷惑げな表情の男とぱっちり目が合う。

 赤い瞳をこんなに近くで見たのはいつぶりか。

 肩に置かれた手とロックマンを交互に見る。緩く結われた長い髪の間から、緋色の小さな耳飾りがチラリと光って見えた。


「彼女はドーラン王国の民ですからこちらで世話します」


 片膝をついて腰をおろしていたロックマンはやれやれといった仕草をしながらゆっくり立ち上がると、まだまだ乾きそうにない私の濡れた頭に厚手の手拭を被せた。どうやらこれで頭を拭けということらしい。

 ついでに肩にかけられていた青い上着も袖を通せとばかりに広げて差し出されたので、海風に身震いしていた私は抵抗なく素直に腕を通した。

 やけに甲斐甲斐しいな。なるほど世話するってこういうことか。

 ぶかぶかの袖をパタパタさせると、ふんわりいい匂いがした。


「ドーランの? 知り合いかい?」


 驚いた表情で私を見る。


「へぇ、広い海の上でよくそんな偶然があるものだ」

「ええ」

「だが、そういえば……貴女をどこかで見た覚えが」

 

 男性は腰を屈めると首をかしげて私の顔を覗き込んできた。青い瞳が湿っぽく輝いて私を食い入るように見つめる。


 濡れて束になった前髪が額に張り付いて、雫が頬をつたった。


「貴女のような美しい女人と会ったら忘れるはずがないのに」


 後ろ手を組んで無邪気な視線を向けられる。太陽に照らされた白銀の髪は涼しげに揺れていた。


 距離の近さに驚いた私は首をヒクリと引っ込める。


 ん……? 

 あれ、なんだこの感じ。

 この人のことを見たことないはずなのに既視感が。


『待って。水色髪のお嬢さん、今夜お食事でもどうでしょう』

『私ですか?』


 競技場でボリズリーさんに話しかけられたときのことを思い出す。

 この人の言葉の訛りからしてドーランの貴族でないことは確かだ。どちらかといえばヴェスタヌのデグネア王女やボリズリーさんの訛りに近い気がする。


「そうだ新聞の記事で似たような……」


 男性はその綺麗な顎に人差し指をそわせて視線を上にやった。


「記事とは」

「ああ! 確かシュテーダルを倒したというドーランの女性か」


 思い出せてスッキリした顔をする男性とは反対に、私の顎にはもれなくシワが寄る。たぶんげっ歯類が威嚇した時みたいな顔になってる。

 くそ、また記事か。人がまぁまぁ長く眠っていたのをいいことにあいつら個人情報をドバドバと晒しやがって。この人がどこのどんな記事を読んだのか知らないが、一回ドーランの新聞を読んだことがあるけど私の実家の場所まで書かれていたうえに『この都会から程遠い存在すら怪しい辺鄙な村に生まれた彼女は~』とか書かれてて失礼千万だった。自分で自分の故郷を辺鄙な村と言うぶんには良いが第三者どころか第十者かってくらいまったく知らない赤の他人に辺鄙とかコケにされてた。たいへん不愉快極まりない。しかも今まで恋人はいたことがないという恥ずかしい情報を載せられた挙げ句『一人もいたことがないのは見た目に反して性格に難あり?』とか余計な一言が添えられていた。

 当然その新聞はくしゃくしゃにしてゴミ箱にぶち込んだ。

 いつか偉くなったらあの新聞社を潰してやる。


 それよりあの毛布もらっていいのかな。良いんだよね。話をしつつも男性がさっきからずっと差し出してくれていたそれをよーしと思って掴もうとする。

 しかしスカッと空気を裂いて掴み損ねる。


「だーめ」


 というよりは物理的に離れたと言うべきなのか、私はロックマンにガッシリと首根っこをつかまれてズルズルと船の中央へと連れられていく。

 ここの床板は良い木材を使っているのか、服が引っ掛かることなくスルスル移動できて滑りがいい。……んなことどうでもいい。


「えええちょっとなにすんのよ……!」


 毛布と白髪の男性の輝かしい笑顔が遠退いていく。空は青い。


 いちおう救助された遭難者なのにまるで罪人のような扱いだ。

 魔法で手を弾こうとしたらそれを察したロックマンにここで危ない魔法は使っちゃ駄目と言われたので、魔法? 筋力高めるやつも? と聞けばもちろん駄目と返される。だめだめばっかである。

 何か縛りがあるのだろうがせめてもと私はロックマンの手の甲をつねるものの、これまたお上品にペシリと手を叩き落とされた。

 引きずられる私が目に入ったのか、最初に私の意識を確認してくれていた男の人が慌てた様子でヤヌスのところから駆け寄ってきて「お知り合いですか?」とロックマンと私を交互に見た。ええそうですと歩みを止めることなくロックマンが応えると「わかりました」と男の人は納得してヤヌスのほうへ戻る。何がわかったというのか。

 自意識過剰と言われるだろうがまたもや周囲の人間の視線が突き刺さり居たたまれなくなる。

 そりゃそうだ、船の上で引きずられる女なんてそうそう見ないだろう。目が覚めたときよりはいくらか視線の鋭さは和らいでいたものの、特に先ほどチラッと見かけたデグネア王女は目尻を険しく吊り上げて私を睨んでいた。基本お化け虫以外怖いものはない私だが、その視線にはビクッと肩が跳ねた。

 パーティーの邪魔をして本当にすみません。


 大きな白い帆が張られている中央付近にはゼノン王子とミスリナ王女、ベラ王女がいて先ほど同様目が合う。抵抗虚しく三人の前に連れて来られた私は視線をそらしながら誰に何を言われたわけでもなくおずおずと正座の体勢になった。もちろんこの場にいるのはその三人だけではなくお年を召した老紳士や若い淑女やらがたくさんいたがそこは割愛する。

 なにしてんだとロックマンに突っ込まれるがこの面子の前で突っ立ってるほうがおかしいだろう。

 これだから貴族のボンボンはかくかくしかじか。


「大丈夫か?」

「貴女を見たのは式典以来だけれど、こんなところで何をなさっていたの? コックに変なことされてません?」


 頭を垂れる私に向かってゼノン王子とミスリナ王女が声をかけてくださる。

 コックって誰。


「仕事の延長で観光を……たいへんご迷惑をおかけしてお恥ずかしい限りです」


 目を閉じて心の中で涙を流す。

 私ここ最近恥しか晒していない気がする。


「さっき船長に確認したがあれはこの船の不注意らしい。少し進路を外れていたうえに、ここから岸までの距離が旅船にしては近すぎたそうだ」


 本来なら入ってはいけない領域にいたから謝ることはないとゼノン王子に言われる。


「今日はそんなに改まった場ではないから気に揉まずともよくてよ。カーロラも驚いていたけれど遭難者が無事で良かったと安堵していたわ」


 セレイナの正装であろう赤い民族衣裳に身を包んだベラ王女が次いで声をかけてくださった。

 彼女を見るのは競技場へマイティア王子と来てくれたとき以来で、相手は私のことなど覚えていないだろうがあの時すごくホッとしたのを覚えている。


「さぁさぁ、お立ちになって。身体が凄く冷たい……治癒をかけたら少し休まれるといいわ。シーラの方にはセレイナのベラの部屋で休むと言っておきましょう」

「ありがとう、それなら身元の説明は僕がしておくよ」

「王女様のお部屋に!?? ちょっとロックマン!?」


 とんとん拍子で物事が進んでいく。

 やはりやけに甲斐甲斐し過ぎないか。

 王女が私の背中をさすりながら体勢を起こしてくれた。待ってください親切にし過ぎですから直ぐ帰りますからと言っても聞こえているのかいないのかそれに対しての返答はなかった。王侯貴族というものは皆強引なのか。


 手をぐいと引かれて戸惑いつつ中腰になりかけたとき、ベラ王女が耳元で囁いた。



「ちょうどよかったわ。貴女に伝えなくてはならないことがあるの」


 その言葉に反応して振り返ったとき、治癒の光が視界に広がった。

 私の意識はそこで途切れた。

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