物語2・13
ここはどこ私は誰。
なんていうベタな言葉なんていつ言うときがあるんだ使いどころないだろとか小説を読んで思ったことがある。
ここはどこ私は誰。
まさに今が使い時かもしれない。
青い空に青い海、そんな景色なんてなんのその。
視界に広がるのは美しく豪華に彩られたどこかのパーティー会場に、一生分働いても手にできるかどうかもわからない宝石を散りばめたドレス、衣装に身を包んだ紳士淑女多数。
「ここって……」
海水に濡れた髪がダランと頬に垂れ下がり、邪魔になって片耳にかける。
ポタポタと雫が床の板に染みていた。
揺れを感じるし私も馬鹿じゃないのでここが船の上だということはわかる。
言ってしまえばこれが何の集まり、パーティーなのか、視線の先にいるアルウェス・ロックマンとゼノン王子を見てうっすらなんとなくわかった。
不躾ながらも私が王子に断りの手紙を送った件。
ミスリナ王女もいて、何より純白のドレスをまとったシーラの第四王女もいらっしゃるということは(シーラの王女は昔仮面舞踏会で見たことがあるから顔はわかる)。
おそらく結婚式関連の集まりだ。
まさかここで結婚式を……? 船上式?
でも確か王国で盛大な式を挙げている予定だったような。
もしやこれは二次会みたいなやつか。あの楽しいやつだ。
「あ、あの、お嬢さ……」
それはさておきこんな末恐ろしい場所で我ながら今とんでもなく汚ない叫び声をあげてしまったと、私を助けてくれたらしい白い服を着た男の人が隣でドン引いた表情でいるのを見て我にかえった。
いやそんな顔しなくても。
でもちょっと待て、王族がいる船上パーティーにずぶ濡れの平民女が紛れているこの非常識な事態、みんな手にグラスを持って優雅に楽しんでいたところに何ていう迷惑をかけてしまったのか。
今すぐにでも船から飛び降りてしまいたい気持ちになるが、それはそれで助けてくれたお礼もしない無礼者になりかねない。
「ありがとう、ございます」
私は真正面から恥を受け入れ、助けてくれた男の人の大丈夫ですかの声に大丈夫だと大人しく応える。
背中を支えてくれており、次いでやんわりと手をすくわれ、指先を握って冷えていないか確認してくれているのかギュッとされる。
珍獣を見るかのように、扇子で口元を隠してこちらを凝視してくる目力の強い女性たちの視線が四方から突き刺さってジクジクと地味に痛い。
何か事を成して大勢に囲まれ崇められるのは悪くないが、大勢に囲まれて奇異の目で見られるのはすこぶる嫌だ。
濡れた肌が海風にあたって少し震える。
さてここからどうすれば。
「大丈夫?」
奇声の元凶であるロックマンが近づいてきて、私を見下ろす。青い生地に金色の刺繍が施された衣装が眩しく目に映る。
手紙でのやりとりがほとんどだったこともあり、思いがけない場所で本人を目の前にしたのでついあんな声をあげてしまった。
きっと叫ばれた本人が一番恥ずかしかったに違いない。それはそれでいい気味だと未だ消えないロックマンへの対抗意識及び私の性格の悪い部分が高笑いをする。
「なんでこんなところに?」
「いや、えっと」
ため息をつき、何故お前がここにいるのだとあきれを含んだ視線を寄越された。
何ヵ月ぶりかに見た奴の髪の毛はやっぱりまた伸びていて毛根凄いなと感心しつつ、確かになんでこんなことになったのかと記憶をさかのぼる。
出張は想定していたとおりで、鱗の採取許可を得るために大臣宛に書類を送ったのち、いいよーという返事が来るまでに一か月、外官(外調鑑識官)で荷物が引っかからないように、国内に持ち込んだものを門で没収されないようにするための手続きも必要になるので外官宛にまた別の書類づくり(害はない~とか生態系に影響ない~とか無許可の物じゃないです~とか色々書く) 最終的に国王の調印をもらって計二か月。やはり時期も被るので王子の誘いを断っておいて正解である。
そうして昨日やっと出張先のセレイナへ後輩であるヤヌスと来ることができた。
道のりは長かった。
『先にセレイナの外官に行く? 一番近いよね』
『ですね。でもこの街並さっきも見たような……ひょっとして俺たちぐるぐるまわってません?』
という会話を幾度となく繰り返しながらも土地勘のない私たちはセレイナの地図を見ながら駆け回り、長かったけどこの国での仕事は一日足らずで終わった。
クタクタで倒れそうになっていたヤヌスは借りていた宿の部屋の前で白目を向いていた。無理をさせ過ぎて申し訳なかった。
翌日の今日はセレイナの魔導所へ挨拶に行くだけだったので観光がてらヤヌスと二人で王国内をふらふらしていた。そして街観光に飽きたらしいヤヌスが海を見たいと言うので海岸へ近づいていくと、港にいた褐色肌の元気なおじさんが五重の虹が見れるところがあるから船に乗らないかと声を掛けてきたのである。
五重の虹とは名前のとおり虹が五重になっている現象のことでセレイナの観光誌にも度々掲載されている。それが観光的にセレイナの売りな部分でもあるのだ。
『行きます?』
『行く?』
『行きましょう!』
『そうしよう!』
というわけでまぁまぁ悩んだけれど仕事が終わって浮かれていたのもあって私とヤヌスは満場一致でノコノコついていきお金を払って小舟に乗った。
でも浮かれていただけじゃなくて、私は純粋に気になっていたことがあった。
母と父はどうしているのか。
海に出ただけじゃどうなっているのかなんてわからないけれど、なんとなくおじさんの言葉にひかれてしまったのはそんな気持ちが常にあったからなのかもしれないと今は思う。
まさかその小舟に乗るのは自分たちだけでおじさんは乗らなくて私達素人二人だけで海の上をさまよい、あげくそこに大型の船が突っ込んでくるなんて想像もしなかったのだけれど。
というかこれある意味ぼったくりじゃん。
私の大切な金返せ。
前回セレイナへ来たときも散々な目に遭ったし私と海は大分相性が悪いのかもしれない。
「海の水は簡単には乾かないから。風邪引くよ」
ぐるぐる思い返しているとロックマンが目の前にしゃがみこむ。
ペタリと両膝を床につけて間抜けな表情でいた私はハッとし、出張のことを考えている場合じゃないと現状を把握するため今度はしっかりと辺りを見回した。
私の横にいた男の人はいつの間にかいなくなっていて、見れば引き上げられたもう一人の遭難者、ヤヌスのところへ駆け寄っていた。
ケホケホ咳き込んでいるのが聞こえ、意識もあるのか男の人は私としていたやりとりをヤヌスにもしており、彼も無事なことがわかる。
ホッとできる状況じゃないがとりあえず胸を撫で下ろしていると肩にぬくもりを感じる。
ふいに視線をそちらへやると、風邪ひくから、と上着をロックマンが私の肩にかけていた。
「んな、」
ななななななななななになになに。
また奇声をあげるわけにもいかないので口を開けるだけにとどめる。凄い顔をしているのは自分でもわかっている。
そんなさなか、ロックマンの後ろに白髪の若い男性が来て立ち止まる。
その人は私を見るとニコリと人の良さそうな顔で笑いかけてきた。
誰だこの人。
「こちらのもっと暖かいものをかけるといい。そのような服では寒いだろう。アルウェスは気が利かないな」
ふわふわした毛布、確かにあたたかそうだ。
高貴な雰囲気というか実際こんな場所にいるのだから高貴な人なのだろう。
平民のずぶ濡れ迷惑女になんて優しいんだ。
気が利かないは余計だと思うが、他人の優しさに目が潤み横目でロックマンを見た。
涼しい顔で舌打ちをしていた。