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物語2・6

 床に寝転がりながら、黄ばんだ紙に丸を描いては捨て、丸を描いては捨てを繰り返す。

 この作業のお陰で、私は丸を描くのがすごくうまくなった気がする。

 今すぐ丸を描け!と命令されたらたぶんそこいらの画家より一発で美しい球体が描ける自信がある。


 しかしこのままではいずれこの部屋がゴミ屋敷と呼ばれてしまうだろう。

 横目で床の惨状を確認する。

 なんとかしなきゃ。

 なんて思っても目の前のことに集中するとものぐさになってしまう私は思うだけにとどめる。

 こんな姿を母に見られたらお尻を叩かれるに違いない。


 豆を煮込ませている鍋からコポコポと沸騰音がした。朝起きてすぐに仕込んでいたやつだ。

 あれはまだもう少し煮込みが必要なので放っておこう。


 音を立てる鍋をよそに紙に向き合ってひたすら文字や絵を書いていると、今度は窓を小さく叩く音がする。

 コツコツと可愛らしい音だった。

 朝からコポコポコツコツまぁ騒がしいことだと欠伸をして立ち上がり、窓に近寄って鍵を開ける。

 窓を開けるとふわりと冷たい風が頬を撫でた。鼻先がツンとする。

 視線を下にやると、一羽の白い小鳥がキョトンとした面持ちで私を見上げて、縁にとまっているのが目に入った。


「……」


 きょとん。

 つぶらな瞳でじっとこちらを見てくる鳥を見つめ返す。

 私の休日を狙っているのか、この小鳥はこうして休みのたびに私の気を引いては窓を開けさせて、物欲しそうな顔を見せる。

 そう、これが初めてじゃない。

 この前も来た。

 こいつはあれだ、確信犯だ。

 そんな顔をすれば私から食べ物がもらえるとでも思っているのだろうか。


「ピイ。カリッ、もぐ」


 奴はいつの間にか私の手のひらで豆を食べていた。

 こっそりと手の平にのせていた豆が、一瞬でなくなる。



 豆を食べ終わると小鳥は用無しと言わんばかりに飛び去った。

 白い羽が一本縁に落ちた。

 まったく可愛げのない鳥である。


 起きてから時間は経っているものの中々目が覚めている気がしていない私は、寮の井戸で汲んできていた水を洗面台でパシャパシャ顔に浴びせた。

 やはり魔法で出した水より自然に湧いた水のほうが目覚めがいい。マリスからお肌のお悩み相談を聞かせられていたので今度これを勧めてみよう。


「魔法陣の作成はいかがです?」


 顔を洗ってボーッと惚けている私を横に、ララが散らばっていた紙を口に咥えてまとめてくれていた。


「もうちょっとな気がするんだ……お肉」


 水気を払った手で腕まくりをして、再び筆を握りしめる。

 

 肉の生成をしたいと思ってから早四年。

 私はお肉作りを諦めていなかった。


「ああ! ナナリー様! お豆がっ、お豆あふれています!!」

「きゃあぁ! お豆が!!」


 放っておいた鍋から、沸騰し過ぎて豆が溢れて零れ落ちそうになっていた。

 慌てて火を消して床に落ちてしまった小麦色の豆を拾う。

 お豆……。

 魔法陣でお肉が出せないのならお肉になるような別の何かを代用して作れないかと色々試していった結果、辿り着いたのが豆だった。

 干し肉、クルクルマープ、卵、果物、瓜類などなど、実験に使ってきたものは数知れない。

 その中でどの食材よりもお肉に近い物体になったのが豆なのである。

 このちっさい豆粒。

 休日のたびに肉作りを諦めずただひたすらに豆を使った肉の生成の為の魔法陣の作成に没頭していた。

 火を起こす呪文「クレイゼル」を円の中に書き込む。その周りに豆の組織を分裂させるための小さな魔法陣をちまちま描く。

 またそこに囲むように円を描いていく。次は風型が使う魔法とは違う生活魔法程度の風の呪文(みんなが使える)を象形文字を使って書く。足し算引き算、計算式も間に入れる。ここは重要な部分だ。

 これで何割程度の成分が分離されるのかくっつくのか、肉の生成に必要な魔法の割合が決まる。

 でもなかなか難しい。


 私は計算に詰まってララのお腹に顔を押し付けた。


「むっふぅ……」

「ナ、ナナリーさま」

「むふむふ」


 心地よい白毛の海に深呼吸を繰り返した。

 今日も失敗である。




「よっこいしょ……」


 ハーレの資料室で借りていた本を広げて、寝台へ腰かける。

 よっこいしょとか言ってしまうあたり着実に仕草が歳くっているのを感じた私は、腰をパンと一発叩いた。気合いの一発だ。

 こんなんじゃいけない。もう少し自分磨きを頑張らなくては。

 

「『時間とは、万物にはけして逆らうことの出来ない代物である』と。それはわかるんだけどなぁ」


 時間に関する本をペラペラめくり、自分磨きどうのこうのを忘れて枕に頭を乗せる。

 近頃、すき間時間を見つけては「時間」というものを調べている。

 考えてみれば時間というものは不思議なものだ。

 時間は誰が決めたのか、流れとは何なのか、人や生き物が老けていくのと時間は関係があるのか、進んでいる物事を巻き戻すことはできるのか、など日常では時間というものは当たり前過ぎて、その存在自体に疑問を抱いたことがなかった。


 寝台横のテーブルに置いてあるもう一つの本は「魔物の七不思議」という魔物についての書物だ。

 作者はアリスト・ピグリ。

 アリスト博士が書いたものである。


「博士……大丈夫かな」


 天井を眺めてポツリと呟く。

 彼に関しては、まだ王国裁判院で正式な罪状が決まっていないらしく、あと数年はこの状態が続くだろうと、城での尋問の際にロックマンから話を聞くことができた。

 王国裁判院派は死刑を検討しているけれど、王族派と神殿派は保留を求めているそうだ。

 正式な判決にはこの三つの組織の調印が必要となるため、まだまだ長期戦になるだろうと言っていた。

 釈放とまではいかないまでも、最終的には彼の命を取らないような判決に持っていければいいとロックマンは話している。


 仮面舞踏会の時のアリスト博士と、最後に見た姿、操られた状態だった博士を思い出す。

 世界は一時的に平和になったけれど。

 なんだかなぁと心が重たくなる。

 平和って、むずかしいな。

 

 私は気を取り直して、再び本を開いた。


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