物語2・5
この不毛なやり取りを、この煌びやかな城内で意味も無く繰り広げているのだ。天井にあるシャンデリアの輝きが今は虚しく見える。
五日前もそうだった。
あの魔術師の人もいい加減やめてくれと思っているに違いない。声に出して訴えてほしい、私もやめたい。
こうなってくると公的に嫌がらせをしているのではと疑いたくなってくる。
過去での出来事が未来で少しでも影響されていないか心配だったので、一度サタナースとベンジャミンの三人で学校へ顔を出して確認してみたが、私達教育実習生の記録は残っていないことがわかった。
入学式の日やその後数日の校長の日誌には、入学式の翌日にプライクルに噛まれた生徒三人を発見。教頭に怒られた。
とだけ書いてあった。
三人とはロックマンと私とトレイズのことだ。
変わったようで変わっていない未来は、時の番人の修正力により、特に大きな変化は生じていなかった。
こんなにいびられるならあんなに心配するんじゃなかった。
私は唇を尖らせる。
だいたい、自分で自分の胸刺すってどうなんだ。ノルウェラ様にこってり絞られればいいんだ。
と矛先を変えようと話題をそらしてみれば、またそれを持ち出して、とロックマンは額を押さえだした。
「話をそらさないでくれないか。はぁ……。話が進まないなぁ……。キャメル、お茶を持ってきてもらえる?」
後ろに控えていた男性は、ロックマンに頼まれると部屋から出て行った。
「今日で一旦調べるのは終わりにするから、そのつもりでもう一回会話を思い出してみて」
「私の中ではもう終わってるんだけど」
カチャリと部屋の扉が開いて、魔術師の男性が戻ってきた。
静かにお茶が運ばれてくる。
「この女の人屁理屈なんだよねぇ」
「は、はぁ……」
そっとテーブルに茶器を置いている魔術師の男性に同意を求めていた。
屁理屈はどっちだとぶつくさ垂れながら私は紅茶に手を伸ばす。
でもこれで最後だというなら、とりあえずもう一度始祖の女性が言っていたことを思い出してみてもいいかもしれない。
最初は自分が始祖だと語りかけてきてくれて、シュテーダルが生まれたところを見せられて、それから命を生み出すのはいけないことだと話してくれた。
全部彼には報告済みの内容だ。
母親の話が絡む、海の国に沈んでいた氷の魂については話さなくていいと言われたのでそれは一旦置いておくとして。
シュテーダルが生み出された経緯も初日に話したので、それ以外となると……。
『呪いも千年――』
ハッと目を瞬かせる。
ソファの背もたれから離れて背筋を伸ばした。
「そうだ」
「何かあった?」
ロックマンは運ばれてきた紅茶を口に含んだ。
私も一口飲んで一呼吸おき、すっかり忘れていた、あることを伝える。
「女の人にね。シュテーダルの呪いで、火と氷の間には子供が出来ない、って言われたの」
「んッ……」
そう言った直後、ブフッとロックマンは口にしていた紅茶をものの見事に噴出した。
ケホケホと咳込んで口元を拭っている。
「大丈夫?」
飛沫の中に綺麗な虹が見えた気がする。
彼は眉間にシワを寄せて苦しそうな表情をしていた。
大丈夫かと声をかけたが、手を上げて大丈夫だと言う。
口直しなのか、ロックマンはもう一度紅茶を啜っていた。
あんなにもう話すことはないとか言っていた手前、まだ忘れていたことがあった事実に恥ずかしくなる。悪いことをした、と私は小声で謝った。
気を取り直してそのまま話を続ける。
「でも呪いも解けてきているようだから、仲良くすれば大丈夫だとか言ってたわ」
「――ブフォッ」
またロックマンが紅茶を吹きだした。さっきより大きい飛沫だった。
胸を叩いて眉根を寄せている。
こいつ本当に大丈夫なのか。
何か病気でも患っているのではないのかと心配の目を向ける。
もしかして魔物の術の影響で紅茶が飲めない病にかかったとか、過去で大人ロックマンに首をしめられたせいで喉が病気になったとか、そういうのが原因では。
と、力説してみれば首をぶんぶん振って否定された。
じゃあなんだと言うのだ。
「……ええと、まぁ氷が少ないのって、そういうのもあったからかも? って思う。子孫が残せないしさ」
「あぁ……うん」
ゲホゲホと喉を鳴らしながら、もう大丈夫ありがとうと彼は立ち上がった。
キャメルという魔術師の男性が背中をさすってあげていた。
「本当にもうないみたいだから、聞き取りはここまでにしよう」
「え……でもせっかく思い出したし、まだ忘れていることとかあるかもしれないわよ」
「たぶんないと思うから」
あんなにしつこく聞いてきていたのに、急にはいもう良いですと言われると今までのは何だったのかと拍子抜けした。
妙に疲れた様子のロックマンになんなんだと呟き、私は部屋を出る。
白い制服の騎士に下まで送りますと言われて、大人しくその背中について行った。
帰りにベンジャミン家へ寄って今日はどうだったかと聞かれたので話したら、彼女はロックマンと同じように紅茶を吹き出していた。
これを見るのは今日で三回目になる。
もしかして彼女も魔物か何かの影響がと本気で心配したら、このお馬鹿と指でおでこを弾かれた。痛い。
そしてベンジャミンに諭されて私は初めて自分がとんでもないことを話していたのだと理解し、無言でテーブルに突っ伏したのだった。




