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物語・30おまけ

 未来から来たという教え子を見送り、ソフォクレスは実験室に倒れていた子ども達を治癒室へと送った。


「プライクルが逃げ出していた? 校長、何故すぐに知らせて下さらなかったのですか」


 教頭のクリオス・ケイグルが、治癒室へ運ばれた生徒達のことを知り校長室へと駆けこんできた。

 小言が多い彼の慌てた登場に面白味を感じつつ、ソフォクレスは悟られないように咳払いをする。

 

「クリオス教頭、いや、草むしりに熱中しておってな」

「生徒三人に被害が出たと聞いていますよ!?」

「悪夢を見せられておっただけじゃから、心配なかろう」


 プライクルは噛みついた人間や動物に、いい夢や悪い夢を見させる大きな猫だ。

 ドーラン王国魔法学校では二匹飼っており、いずれも生徒達が当番制で餌やりをしている。プライクルに噛まれても外傷はなく痛くも痒くもないので、それほど危険なことはない。

 眠りについた動物を口に咥えてどこかに持ち去ってしまうことはあるが、学校内から逃げ出すことはできないので管理はそれほど難しいものではなかった。

 今回の騒ぎはそのプライクルの仕業だと、ソフォクレスは話をつづけた。


「まさか逃げ出すとは。柵をもう少し広くしたほうがよいかの?」

「そんなことより! 被害にあったのは、あのボードン先生の教室の生徒だとか。校長、急に教室の振り分けを変更し、二人の平民を貴族の中に入れたのは何故です? 昨今高まる平民、貴族の教育の在り方に、教室を分けるべきだと声が上がっていたのは承知でしたでしょう? だから実験的に一つだけ貴族のみの教室を作ろうとおっしゃっていたではないですか」

「そうじゃなぁ」


 ソフォクレスは校長室に飾られた歴代校長の肖像画を眺めて、腕を組んだ。

 ここは長い歴史のある古い学校だ。凝り固まった思想は以前より緩和されてきているが、同時にそれに反発を抱く人間も少なからずいた。


「平民、貴族、関係なく友情が育まれ、それは親家族を超えて、誰かの為に必死になれる。そんな未来が子供達にやってくると信じられるような……夢を見た」


 当たり前のように王子と口喧嘩をする平民の青年。

 理想とは言い難い光景だったが、互いの為に何かをしてあげられる、そんな彼らの様子に、ソフォクレスの胸は躍った。


「夢? また校長はそんなぽやっとしたことを言いなさる」


 溜め息をつくクリオス。

 そんな彼に笑みがこぼれる。


「おぬしも本当は、ホッとしとるじゃろう? 昔からの友人達を否定されるような取り組みじゃろうて」


 その言葉に彼は、またため息を吐きつつも少しだけ口元を緩めていた。


「ところで教頭、教育実習の先生の名前は覚えとるかな?」

「教育実習の先生? 何を言ってらっしゃるんです?」

「いいや、勘違いしておったわ。なんでもない」


 じきに、自分の記憶も薄れていくだろう。

 未来への一筋の光を思い、目蓋を閉じる。


 たとえ忘れても、なくならない物はあると信じている。

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