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物語・27

 美味しい食べ物を前にして瞳をぎらつかせた狼のように、舌なめずりをしている。

 唇を舐めまわすその姿は、獰猛な肉食獣の仕草そのものだった。

 肩の辺りがぞわぞわして気持ち悪くなる。

 喧嘩ばかりの仲だったけれど、こんなことをロックマンに感じる日がくるなんて思いもしなかった。


 だけど一目で分かる。

 あれはロックマンであって、ロックマンではない。

 彼の形をした不気味な物体は小さな私を引きずり歩きながら、こちらへ近づいてくる。

 一歩一歩と縮まる距離に、寒気を感じて鳥肌が立った。


「トレイズに憑いていたものと同じだ」

「なんでロックマンに?」

「わからない……あれはもしかして、いや、そんなことがあり得るのか……?」


 ゼノン王子は視卮を発動したまま、操られているであろうロックマン少年を見つめていた。何か思い当たるものがあるのか、言い淀む。

 どうしてだ。わけがわからない。

 今の声は到底、未来のトレイズが取り憑いて出した物ではない。もちろん彼自身の声でもない。

 もっと違う、別の、邪悪な何かだ。

 禍々しい魔力。それを持つある生物を私達魔法使いは知っている。

 ゼノン王子もきっとそれが頭に浮かんだのだ。


「あなたは一体、誰なの」


 まだ正体不明であるそれに、寒気で震える片腕を押さえて問いかける。

 震えるなんて、こんなに情けない姿を晒すなんて、ここにロックマンがいなくてよかった。

 きっと生まれたての兎鳥みたいだとか何だとか言われて、馬鹿にされるに違いない。鼻で笑われてきた、あの今でも腹の立つ小賢しい表情の数々を思い浮かべて魔物に向き直る。

 

 あれは絶対に、絶対にトレイズじゃない。

 睨みを利かせる私達に、人間の皮を被った、悪魔のような表情をした彼は笑い声をあげた。

 なぜロックマンに取り憑いたのか。

 いくら幼いとはいえ警戒心の強いあいつが、そんな簡単に取り憑かれるなんて信じられない。

 そもそも時の番人に接触した人物がトレイズではない可能性が高いうえに、仮にどうして彼女だと嘘をついてわざわざこの時代に飛んで来たのか、分からないことだらけだった。


「シュテーダルの一部、と言ったほうが、ハヤイカナ?」


 シュテーダル。

 どこかで聞いた名前だ、なんてとぼける暇もない。

 脅しのようにニマニマとした顔で吐かれたその名前に、私達は無意識に一歩下がってしまった。

 ニケは、何でその名前がここで……と、口もとをおさえた。


「オマエたちの大嫌いな、黒きもの、マモノさ」


 キャハハ。と相手は心底おかしそうに笑い狂う。金髪を振り乱しては口角を歪ませて、お腹を抱えて声を上げる。


 気持ち悪い。

 あんな醜い笑いを、ロックマンの身体であろうと誰のであろうとも、意思関係なくさせるのは許せない。


「やはりか。だが魔物にしては、あまりにも不気味じゃないか……?」


 ゼノン王子は相手の正体を知れても尚、疑問を投げ掛ける。

 あれの正体は魔物だった。

 そう、確かにあの禍々しい魔力の気配は魔物そのものではあった。頭の片隅にあった正体の可能性のひとつだったので、それが確信に変わっただけである。

 けれど私達がよく知る魔物は知能があまり見られない個体で、シュテーダルのように意思疎通を図れる魔物は極めて稀だ。

 だから余計にわからない。

 あれがシュテーダルに匹敵する魔物なのか、違うのか。どのくらい危険であるのか。


 魔物はまた一歩私達へ近づいた。

 

「我らの王が倒されたのは、氷、つまりオマエのせいだ」


 後ずさりするこちらを嘲笑いながら、私を指差す。


「全ての同胞はシュテーダルの記憶であり、分身であり、力の一部。オマエがいなければ、この世はあのお方のラクエンになるはずだった。時を遡りお前を殺そうとしたが、時間の流れにその命は守られていた」


 シュテーダルの一部で魔物ということに、氷の女性の言葉を思い出した。


【破壊はしましたが、それでも完全ではなかった。数年すると広い地に散らばった欠片は意思を持ち】


 もしかしたらこの魔物は、あの日私と氷の女性が凍らせたシュテーダルの欠片から生まれた魔物なのかもしれない。


 だから、そうか。

 この魔物は、シュテーダルの仇である私を殺そうとしていたのか。

 過去に遡って、シュテーダルが倒される前の私をこの世から消し去るつもりで。


「これを見てみろ。何をしても死にやしない」


 思考を巡らせていると、魔物はロックマンの手で、幼い私の首元を締め付け始めた。

 時間に命が守られているということは、とどのつまり、番人が言っていたことと一致する。


『白を黒にしたところで、白は白のまま』


 過去で人は殺せないのだ。


「やめて!! なんてひどいことをっ」


 ベンジャミンが炎を片手に、小さな私の首を絞める魔物に飛び掛かった。

 飛び出した彼女へ慌てて手を延ばしたが、空気を切りさくだけで届かない。


「ベンジャミン!」

「そんなに欲しいならくれてやる。波長の合う魂を見つけて此処へ来られたとしても、結局は無駄に終わったわけだ。連れ去ることもままならん」


 魔物はベンジャミンに向かい、幼い私を投げつけた。

 咄嗟のことに両手でそれを受け止めた彼女は衝撃でよろけるが、私が手を出すより先にサタナースが風の力で傍へ飛んでいき、それを支えた。

 二人はすぐさま魔物から離れると、私の首につけられた傷を治すために治癒魔法をかける。


「波長……? まさかトレイズのこと?? 何をしたの」

「我らの王が操っていた男と、たいして変わらないことをしたまでさ。誘惑に脆い人間は、とても居心地がよい」


 シュテーダルが操っていた男――――アリスト博士のことだ。


「番人、トレイズが時間を遡った時ってどんな姿だった?」


 ベンジャミンの胸元から顔を出している番人に当時の様子を聞く。


「ワシに頼んできたのは、可愛らしい女性だった。魔物では無かったぞ」

「あの人間は魂をオレに売り渡したからナァ。キサマにはオレがかわいらしい女に見えていたろう。そしてこの男の身体もついに、俺に従順な依り代となった。ギャハハッ」


 不気味な笑いを続ける魔物は、ひとしきり笑うと大きくアアと溜め息を吐き、キッと赤い瞳でこちらを睨みだす。


「だがこの男の力でも、ソイツは死にはしないらしい。……ああでも……あああそうか! 時間に守られた命ならば、そうではない本体を今ここで殺してしまえばいい話なのか!! 王がいつか目を覚ますときのため、脅威を取り除いておかなければ」


 魔物はベンジャミンの炎よりも禍々しく大きな熱を帯びた魔法を、片手に宿らせていた。ロックマンの身体を乗っ取ってしまえば、力もそのまま丸ごと使うことが出来るようだった。

 待て待て待て。

 それはちょっとまずくはないか。

 当時の彼がどれほどの力を抑えていたのかは計り知れないが、本気でこられてしまえばどうなるのか。


「ふんっ、怖くないし!」


 頬をパンッと叩いて気合いを入れ直す。

 弱気でどうする、また情けないことを考えてしまった。

 そんなものに、彼ではないものに操られた力に負けるわけにはいかない。

 それに私はあの炎と対等に渡り歩いてきた、という自負がある。

 負ける気は毛頭ないのだ。


 だからどうにか彼の身体を傷つけずに、中の魔物だけを仕留めることだけを考える。


「……!!」


 両手を前に構えて戦う姿勢をとっていれば、こちらへ襲いかかろうとしていた魔物の動きが、突然ピタリと止まった。

 片腕がブルブルと震えているので動こうとしているのは目に見えて分かるのだが、それに身体がついてきていないようだ。

 魔物自身、何が起きているのか全くわかっていない様子である。


 構えていた私達は相手の動揺に眉をしかめる。


「あ、ヴ、うあ」


 しばらくすると魔物――ロックマン少年の胸から、人間の男の腕らしき物がグチャグチャと音を立てて生えだした。

 植物の種が土から芽を生やすようなそれに、先ほどとはまた違った気持ち悪さを感じる。

 いったい彼の身体はどうなってしまっているのだ。

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