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物語・25

 食堂で今まさに昼ご飯が作られているのか、食欲をそそる香りが廊下に流れてきて私のお腹を刺激した。お腹がすいた。そういえば朝から何も食べていない。


 いいやそれよりも、トレイズがどこにいるのか見つけなければ。

 もう時の番人を質問攻めにするより、本人に突撃してしまったほうが早いだろう。


「髪の毛とっておいたんだけど、これでどうかな」


 鳴りそうになるお腹をおさえて、白金の柔らかな一本の髪の毛を皆に見せる。

 魔法陣で手っ取り早く本人の元まで行くのも考えたが、転移した先に万が一他の生徒がいて私たちの姿を目にされてしまったら不信と混乱が起きかねない。

 七色外套の魔法をかけたまま魔法陣で転移しても転移先で魔法が解けてしまうのでそれも出来ない。

 ここは過去である。

 なるべく慎重に、穏便に行かなくては。


 ということで。


「いつの間に取ったんだ?」


 トレイズの髪の毛を人差し指と親指ではさんでクルクルとまわしていると、ゼノン王子の目がまじろいだ。


「教室から出てくる時に、机まで行ったら落ちていたのでここぞとばかりに……。記憶探知で探るのも良いかと思ったんですけど、人に見られたらちょっとと思いまして」


 王子はまだ具合が悪そうだったので、気づかなかったのも無理はない。


「彼の者の血よ、宿主の元へ戻れ」


 摘まんでいる髪の毛に息を吹きかけて、呪文を唱える。


 人の血液の成分が多少なりとも含まれている物は、基本的に宿主への帰巣本能があるとされている。

 人探しにはまさにもってこいの代物で、その中でも髪の毛は魔法をかけるのには扱いやすい。

 ならば行方不明の人を見つけるのも容易いのに、なぜ世間に流通していないのかというと、それには理由がある。


「ちゃんと案内してくれるかしら……?」

「稀だものねぇ」


 ニケとベンジャミンが不安な面持ちで注視する。

 この魔法は髪の毛一本一本の丈夫さにかかっており、細い毛、傷んだ毛、縮れた毛、短い毛だとあまり役には立たない。もともと癖毛の人の髪の毛もいくら健康であろうと、定まりがつかないので扱いにくく、効果は発揮しないばかりか、魔法をかけてもうんともすんともいかないことが多い。

 抜け落ちて時間が経ってしまった毛も駄目、無理矢理抜いた毛も駄目。


 便利な魔法ではあるけれど、限られたものにしかかけられないので、そんな髪の毛を見つけられたら運が良いと思った方がいいと父が以前言っていた。

 頭皮を気にしながら「お父さんの髪は直毛だしまだ大丈夫だと思う」とか言って一番長いだろう自分の髪の毛を洗面所から持ってきて魔法をかけていたことがあるけれど、結局なんの反応も示さず母に薄ら笑いを向けられていた。


 まぁつまり、そういうことだ。


 トレイズの髪はブルブル震えだすと、ピンと上に向かって起き上がった。

 上の階にいるということか。

 反応するか心配だったがとりあえず魔法がかかったようで、一同は一安心する。

 そして時の番人はというと、ニケから解放されて、ちゃっかりとベンジャミンの胸の中へと戻りデレデレと鼻の下を伸ばしていた。

 くそう、もっとニケに搾られていれば良かったのに。


 なんて悪態を吐きつつ七色外套の魔法を全員にかけてから、先ほどマリス達に教えた階段から上の階へと上がっていくと、ピンと立っていた髪の毛がへたりこんでしまったので再び魔法をかけ直した。

 トレイズの髪の毛は分類すると癖毛の枠に入るのでこうなるのは仕方がない。動いてくれているだけでも助かるのだ。


 魔法をかけられた毛はさっきよりも勢いをなくしており、ゆるりと起き上がると今度は左に毛先を向ける。


「よし」


 隣を歩いていたベンジャミンと目を合わせて慎重に歩いていく。

 大きくて古めかしい校内の廊下は、歩く度に遠くに音が響く。

 幸い、二階に教室を構えている筈の三年生達は、課外授業で出払っていたので人気は少なかった。校内探索中の一年生の姿もポツポツとまばらにいるくらいである。


 この先は実験室、薬草物乾燥室、上第生(じょうだいせい)専用の部屋しかない。

 余談だが上第生とは一教室から二人ずつ選ばれる、学年全体を取り仕切る生徒のことである。ひと学年で計六人だ。

 成績がいい悪いで選ばれることはなく、学年をまとめることが第一なので主にしっかり者が選ばれる傾向が強い。

 成績上位だった私はロックマンとの争いで毎度騒ぎを起こしていたのでもちろん選ばれることはなく、また同じくロックマンが選ばれることもなかった。

 たぶん奴が選ばれていたら私は悔しさに毎夜枕を濡らしていたに違いない。


 ……あ、久しぶりに奴と言ってしまった気がする(心の中でだが)。


 意識してそう呼ばないようにしていたが長年の癖はやっぱり消えないらしい。

 今更失礼な言いようだとは思うが、たぶんまた言ってしまうかもしれないので心の中でだけは許してもらいたい。

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