*閑話【物語6時点・テオドラ/グロウブ】
破魔士も少ない深夜のハーレでは、職員が二人体制で勤務についていた。食堂はこの時間は閉めているのでたむろしている破魔士はいない。
そんな昼間とはうってかわっている静かな魔導所に、一頭の天馬が舞い降りた。
ゾゾのお見合い大作戦の会議から弾かれ、ふて腐れながらも王国に提出する国内依頼数及び魔物調査書を深夜まで居残りまとめていたテオドラは、職員の一人に魔導所の外に騎士団長が来ていると言われたので仕方なく所長室から出ることにした。
こんな時間に何の用事だろう。
呼びに来たアルケスが受付にいたのは唯一の救いだろうか。なんだかんだと彼には世話になっている。
グロウブ・ダルベスプ。
なるべく会いたくないのが本音だったが、それを露骨に表情や言葉に出してもまったく本人に効かないのが恨めしかった。
二人きりでは会いたくない。
第三者がいてくれて助かった。
「所長大丈夫?」
「大丈夫よ。教えてくれてありがとう」
しかめ面をするテオドラにアルケスは笑った。
魔導所の玄関に出て何の用事かを不機嫌全開で尋ねれば、たまたまここの上を通ったから寄ったのだとグロウブからは返された。
たまたまここの上を通ったならば寄り道なんてしないですぐに宿舎へ帰ればいいものを。
こんな時間に、別に暇なわけではないだろうに。
シーラからの帰りだったようで、人間に化けていた魔物について調べるためにあちらの騎士団長とオルキニスへ赴いていたらしく、調査もそこそこに一時帰国したのだと大きな肩をまわして疲れきった表情を見せる。
……だから疲れたのなら宿舎へ帰ればいいのに、とため息を吐く。
けれど人間に化けていた魔物については気になるところだったので、追い返すことなく食堂の椅子にお互い座りこみ話を聞くことにした。
二人きりだが、八人座りの大きなテーブルを挟み向かい合って頬杖をつく。
革製の椅子はこの席しか設置していないので、座り心地は他の硬いものとは段違いだった。普通の木の椅子に直に座ると腰が痛くなる。
だからこの席に座ってしまったのは、無意識に話が長くなるだろうと思ってしまったからなのかもしれない。
すぐに追い返すつもりが自分にないことに、少しだけ驚いた。
そしてまたしかめ面になってしまう。
「顔がこんなんになってる」
グロウブが自分の目尻を指で吊り上げて、テオドラの真似をした。
なんとも嫌味な男である。
「失礼ね。それよりオルキニスへ行って何かつかめたの?」
「オルキニスの新王には調査をしても良いという許しをもらえた。だからこれからという感じだな」
「なぁによそれ。じゃあまだ全然なのね」
「まぁなぁ。シーラの連中から軍事同盟を今のうちから結ばないかと申入れされたんだが、」
「はい?? 軍事同盟?! 戦争でもするの!?」
軍事同盟を結びたいだなんて、いったい誰と戦う気なんだろうか。グロウブからの思ってもみなかった発言に、早まるな早まるなと彼からたしなめられる。早まるなと言われても軍事同盟どうたらと聞かされてびっくりしない人間はいない。
アルケスあたりは動揺もしなさそうだが。
「また魔王が暴れまわるような世の中になった時のために、今から合同で軍事練習をしたりできないかってことだ。緊急の連絡経路とか色々」
「あ~なるほど。そうよね」
日々私たちを取り巻く日常は変化していく。
「シーラは近く王女様の結婚式を盛大に開くとか言っていたな。国中が祭状態だったぞ」
「臣下の男性とだっけ? 貫いたのねぇ。……本当に、色んなことが過ぎていくわ」
職員は休憩の時間になったので、受付にはアルケスしかいなかった。様子を伺ってみると彼から頭を下げられて軽く会釈をされる。
アルケスしかこの場にいないのなら、ここで少しくらい私語をしても構わないだろうか。
「私、……変わりたくないのよ」
物事はどんどん移り変わっていく。
「あの頃からずっと」
それは止めようがなくて、どんなに変わってほしくないと願っても、自分を一人置いていってしまう。
あの日、エルーヴが殺された日から時計の針を動かしたくないのに、手で止めても何をしても、自分以外の時計は針を動かしていく。
「でも時間はどんどん過ぎて、身体は成長して、歳もとって。いつまでもあの頃のままの私でいたいのに」
変わるのは嫌だ。
あのキラキラした時間を置いてどんどん先になんて行きたくはない。
エルーヴよりずいぶん年上になったが、髪も長いまま、少し伸びたら切って、ずっと同じまま。
気持ちだって変わらない。黒天馬殺しの犯人を捕まえることを諦めてはいない。王国や騎士団が諦めても、地の果てまで追いかけてやるのだ。
エルーヴのことが心から消えてなくなることはない。
「私……変わっちゃった?」
視界がぼやける。目頭に熱い温度を感じた。
それでも日に日に変化していく身体は止めようもなく、まわりもあの頃と随分変わった。
エルーヴの墓に手向ける花は昔より少なくなっている。自分が忘れなくても周りが忘れていく。そんな世界にいたくはない。もう見えない残像を探して泣くのには疲れたのだ。
私だけは変わらないでいたいのに。
あの人を愛した時のまま身体も気持ちも、変化なんて許さない。
今、グロウブはどんな顔をしているのだろう。いきなり何を馬鹿なことを聞いているのかとあきれているのかもしれない。
しばらく間を置いたあと、お前は変わった、と耳に響く低い声がそう言った。
変わりたくないという女性に対して、やはりこのグロウブという男は気配りが足りない気がした。
「前よりずっと、綺麗になったよ」
天井の換気扇が音を立ててまわる。
こちらは表情を見ていないのに、やけに優しそうな顔で話しているだろう声質がテオドラの胸の中の苛立ちを大きくしていく。
頬の火照りには気づかないふりをした。
そんな言葉に涙を流す自分が腹立たしかった。
「なんで時間……とまって、くれないの?」
こんな時間まで仕事をしていたのが悪かったのかもしれない。
涙で濡らした腕に顔を押し込んだまま、テオドラは眠りに落ちていった。
*
腕に顔を押し付けたまま動かなくなったテオドラは、静かに寝息を立て始める。
どうやら本当に寝てしまったようだ。
グロウブは頬杖をつく。
んん、とちょうど良い寝かたを探しているのか向きを左右に変えている。何度か動いたあと、やっと気持ちいい方向を見つけたのか、左上を向いて落ち着いた。
彼女の目尻が赤く色づいている。
涙のせいもあるが無意識に腕で擦ってしまったのも原因だろう。
こんなに時間が経っても、俺達の時間は進まない。
手入れがされた彼女の赤茶色の前髪をそっとすくって浮かせると、歳を感じさせないあどけなさの残る寝顔が見えた。
「グロウブ、それ以上は駄目だ」
テオドラの前髪に触れたグロウブを、受付にいたはずのアルケスが止めに入った。
「何をするつもりもありません。ただ、変わらない為には変わる必要もある」
テオドラの変わりたくない気持ちには、変わろうとしている自分から逃げたいという意思があるからだろうと感じた。
あの事件から10年以上が経った。そして責任を感じて騎士団を辞めた彼とは、また違う形で10年以上側で見守ってきた。
どんなに嫌がられたって離れてはやらなかった。
それが逆に本人に現実を突きつけていたのかもしれなくても、彼女がこれ以上心を追いやってしまわないように、喜怒哀楽を出して少しでも共有できるようにと自己満足かもしれないがやってきた。
側にいて分かってきた。
テオドラは俺の顔を見るのが嫌いだ。
でもからかえば視線はそらしながらも本当に心から笑う。
少しずつ、少しずつ。
「俺にはロクティスさんの気持ちが良く分かるから。今はそうされても本人が困惑するだけだ」
念をおして言われる言葉に、わかっていますと呟く。
「あの時、本当は俺が中に入っていたらと、何度も思いました。同じ顔でも重みが違うでしょう?」
「お前……そういう考えは良くないぞ」
「ただ、あの中に迷いもなく入ったアイツには一生敵わない」
亡き人間の想いも行動も、生きている人間にはけして、これからも上回ることはできない。
どんなに足掻いてもそれは一生変わらないのだ。
アルケスがテオドラの横に座り、その寝顔を眺めた。彼の視線から感じられるものは、自分のそれと同等なのか未だ掴めない。
「今でも……。ロクティスさんは花神祭になれば、木彫りのリュンクスに白い花を飾ってる」
木彫りのリュンクス。
まだ持っていたのか。
……いいや当たり前だ、テオドラが捨てるわけがない。
愛する男からの贈り物はそう簡単に捨てられやしないだろう。
当時エルーヴから他国での土産として彼女がそれを貰った時は『木彫りのリュンクス……喜んで良いのかしら』と、相手の贈り物の趣向に照れ臭そうにしながらも文句を言っていた。
「あの日からいい加減動き出さなきゃ、俺もお前も、ロクティスさんも、前に進めない」
グロウブ、と名前を呼ばれる。
「噂の時の番人。作ったのは誰だと思う」
作ったのは誰か。
常々彼にも相談していた、時の番人の行方。
その行方のみを掴むために探していたが、この間アルケスと話し合った際に作り手はそもそも誰なのかという話になった。
「あの魔法陣を誰にも見られず敷くのは困難なうえに、不審な人間の報告もなかった。真の犯人であろう人物に記憶を消された技工士は、魔法陣をどう張ったのかまでは覚えていなかった」
「時の番人を使ったのだとしたら、不可能でもないですね」
「ああ。人が絶対にいない時間を下見し、魔法陣を張る。干渉ができるなら何年も前に遡りその場所に魔法陣を張り、時間が経った頃に発動するように手を少し加えればできなくはない」
もし犯人が生きているならば、見つけ次第テオドラは容赦なくそいつを殺すだろう。
苦しい、やめてくれとせがまれても覚悟は緩まない。
血が身体を支配しなくなるまで、価値のない身体にするまで、骨の髄まで。
下手をすれば彼女は殺人鬼と同じ心を持っている。
そうさせないために俺はお前の横にいよう。
殺すときは、一緒だ。




