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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
10章 改元
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77話 若槻内閣瓦解

銀行の取り付け騒ぎは一時治まっていた。しかし4月に鈴木商店が倒産すると、台湾銀行も経営が不安視されるようになる。

台湾銀行は1895年の台湾統治後に日本政府の国策で設立され、紙幣発行権を持つ特殊銀行であった。台湾における産業の育成する目的で始まったが、樟脳の取引を介して鈴木商店と関係を深めていた。情勢が悪化し始めていた中国大陸への融資を縮小し、新たな融資先を開拓していたところでもあり、鈴木商店への融資を足がかりとして日本本土にも経営を広げようとしていた。だがそれは鈴木商店と特殊な関係となり、鈴木商店だけに融資額が膨らみ、依存する形になっていた。大戦後に起きた不況で、鈴木商店の経営が傾くと、台湾銀行の多額の融資も焦げ付き、追い貸しを行うようになっていた。


若槻内閣は台湾銀行の重要性を考えて、日銀から緊急融資をして、救済することを決定。ただ、国会が閉会中であったことから緊急勅令という手段を使うことにした。

この緊急勅令には枢密院の審査が必要で、これを枢密院は緊急性がないと言う理由で否決した。この審査の委員長は伊東巳代治顧問官で、彼は野党政友会に近い人物だったのだ。

この否決が大変な事態を引き起こす。

台湾銀行には預金を引き出す人が殺到して、休業に追い込まれる事態になる。

そうなると全国で、預金をしている者達が「台湾銀行でさえ、融資が断られたのだ。俺の預金している銀行は大丈夫か?」という不安が広まってしまう。

全国の銀行には預金者が殺到して、金融パニックが全国に広まってしまった。

預金の引き出しに応じきれなくなった銀行は休業に追い込まれるか、倒産する事態にまで発展する。


若槻内閣にはもはや金融恐慌を収める決意もなくなり、遂に総辞職をしてしまった。

枢密院は国王の諮問機関で、イギリスなどにもあるが大統領が国家元首となる共和制国家にはこのような機関はない。

日本においては法令に関する天皇の諮問機関であり、天皇や内閣がその意見に従う必要はない。実際に枢密院が政府の政策に反対することは極めて異例だった。

伊東は「東京の大地主さん」とも呼ばれ、政友会の総裁に担ぎ上げられようとした、極めて政友会に近い人物だった。

そのような人物を使って、政友会は倒閣運動をしたことになる。

選挙で民意を集めて、政権を奪取するのが本来の政党のやることだ。政友会の政党の本来あるべきことを放棄した。


伊東の緊急性がないと言うのもおかしな理由だった。次の話で述べるが結局日本政府は台湾銀行に融資することになるのだ。

台湾銀行は銀行券を発行も出来る特別な政策銀行だった。それが倒産ともなれば、影響ははかり切れない。

「台湾銀行さえもつぶれるのでは中小の銀行など持たないかもしれない」人々が不安になり、預金引き出しに殺到するのも当然だった。

台湾銀行への融資が決まり、人々が安心するまでに、日本の中小の銀行は多く潰れ、預金者は多額の預金を失うことになった。もし緊急勅令が発動されていたなら、倒産しなくても済んだ銀行もあり、預金者も泣かずに済んでいたのだ。

「緊急性のありなし」よりも台湾銀行を救わなければ、取り返しのつかない事態に陥っていることを伊東は見落としていた。


何よりも枢密院を使って、倒閣運動したことは政友会の、政党として運動に疑念を残す。

選挙を行わなかった若槻も政党人としてどうかと思うが、政友会の在り方もおかしかった。

日本経済を考えるなら、まず台湾銀行救済の必要性を論議すべきだった。


「こんなやり方で、政権が変わるなんておかしいわよ」メアリは日本政治の不可解さを嘆いた。

「政党なら、政策を争うべきだろうね」正平も同調する。

「あなたなら、日本の政治を変えられるのではないの?」

「いや、今の私には軍人としてやりたいことがある」

現役の軍人は政党に入れないことになっている。政治活動するなら、軍人を辞めなければならない。今の正平は参謀本部に入り、陸軍の機械化、とりわけ戦車開発に力を注いでいる。どんなに日本の政治に不満があっても、政治活動するつもりはなった。

「ええ、そうね。おかしなことを言ってごめんなさい」メアリも無理を言ったのは分かっていた。

「それよりも、息子たちは元気にやっているのかな」

「それは大丈夫よ」

長男と次男はアメリカに旅立っていた。長男の平壽ひらかずは半年、予備校に通った後、去年の9月から大学に入った。それを追って、次男の正司しょうじもこの春からアメリカの高校に編入している。

「二人とも、元気に暮らしている両親からも手紙が来ているわ」

メアリの実家から二人は学校に通っている。アメリカで自活できるまで両親に面倒を見て貰うことになっている。


そして子供たちがいなくなった代わりに、今メアリのお腹には新しい命が芽生えていた。


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