71話 飛行機開発案
この小説を書くにあたって、私は西園寺公望や石原莞爾を相当辛らつに表現することになると予測していた。それでプロローグでは西園寺を大徳寺、石原を水野と変えていました。しかし、書き進めていると二人を高く評価しないといけないと感じるようになったのです。
そこでこれから二人を本名のまま書いて行こうと思います。読者の皆様には混乱するかと思いますが、なにとぞご容赦ください。
また36話で水野雄二を登場させていますが、石原莞爾とは全く関係ありません。
フォードと並んで正平が日本進出を期待していたのが、キャタピラー社だった。
キャタピラー社はアメリカでトラクターなどの農機具の他に、ブルドーザーなどの土木工作機械も製作していた。特に無限軌道と日本では訳されるキャタピラー製の無限軌道土木機械は単に「キャタピラー」と言うだけで無限軌道を指すまでに一般化されている。このキャタピラーが先の大戦では戦車として登場した。
無整地や多少の坂でも苦も無く走破出来、更に重い大砲を着けても走行できることでイギリス軍が初めて実戦に投入した。その威力は正平も現地調査で良く知っている。
「今後は戦車が主力になる。日本でも早く開発すべきだ。それにはキャタピラー社を日本に呼ぼう」その考えもあった。だが、キャタピラー社にとって日本市場は魅力があるとは思えなかったようだ。日本進出に色よい返事を引き出せなかったのだ。それでも正平はキャタピラー製の土木機械を陸軍に兵屯地整備の名目で購入させていた。
これには陸軍関係者ばかりでなく、日本の機械メーカーにも関心を寄せてきた。
「この機械を使えば、土木事業が何倍も速く進む。是非ともこれらを参考にして土木作業機械を開発してもらいたい」
更に、造船会社にも戦車の製造を呼びかけてもいる。
ただこの当時、日本では大型のディーゼルエンジンは輸入に頼っていて技術不足は否めなかった。
「日本陸軍が戦車の開発を先導しなくてはならない」正平はこの言葉を繰り返し言うようにもなっていた。
もう一つ正平が注力していたのが飛行機だった。
「これからの戦争は空だ。空を制する者こそ世界を制す」
正平はいつも口にしている。
「飛行機の形状を考える上で鳥の生態が非常に参考になる。理想的な戦闘機の姿を鳥に求める。大まかに5つの鳥が参考にすればよい。
まず飛行機対飛行機では燕を参考にして開発する。燕は飛行中でも飛んでいる虫を素早く捕獲している。小型で小回りが利き、速度も高く、かつ攻撃力をもつあの動きを見習うものだ。このような飛行機なら、敵の飛行機にも負けることはないだろう。
対地攻撃には3つの鳥が参考になる。
まず、大鷲だ。子牛さえも掴んで空を舞いあがれる程の強大な飛行能力を持つ。迅速に兵士や兵器の輸送することはこれからの戦いで必ず必要な物だ。さらに、大量の爆弾を積み地上を爆撃すれば、1万の兵士を散開させて地上を進ませるよりも、ずっと早くしかも少人数で敵をせん滅できる。
次に、隼だ。高空から急降下して、地上の獲物を捕らえることが出来る。空から急降下すれば地上の防衛陣の機関銃、砲撃では照準を合わせるのが困難だ。地上の堡塁や戦車は何もできおないまま、破壊されるだろう。急降下と高い攻撃能力を持つのが重要だ。
3番目が鳶だ、これは上空を旋回して、地上の獲物を見つけると、素早く急降下して一瞬で得物を持ち去る。「鳶に油揚げ」と言うが、あの早業は上空からいつも見張って獲物の油断を探ってないとできない。隼よりは攻撃力は劣っても、偵察や対人攻撃には優れている。
最後は梟だ。木の上からじっと地上を見張り獲物を見つけ出している。獲物が何時現れるかじっと待てる気力、小さな音や小さな獲物を見分ける能力があるから出来ることだ。これを飛行機に参考すれば、実際には大砲でも届かない高空まで昇り、じっくり地上を観測することになる。攻撃よりも偵察に特化した構造だ。
これらの鳥の生態を参考にして飛行機の開発を進めるべきだろう」
「具体的にはどのような性能ですか?」
「燕型は一人乗りで高速性と小回り、そして500mの射程を持つ機関銃が必要だ。
大鷲型は5、6人乗りで大量の爆弾を乗せ、投下できる。速度、小回りよりも大量輸送を重視し、地上からの攻撃を回避できるように高空を飛べる能力が必要だ。
隼は二人乗りで一人は操縦士、もう一人は射撃手とする。急降下で強固な防護壁を持つ堡塁や戦車を直接攻撃する。急降下と急上昇の飛行能力と、破壊力のある機関銃が必要だ。
鳶型は一人乗りで、空を旋回して常時地上を見張り、敵を発見したなら小銃で攻撃する。隼よりも対人攻撃を優れる。
梟型は3人ないし4人乗りで、操縦士以外は測量、写真撮影、地上の観察を任務とする。成層圏で飛行するため機内は空気圧を保ち乗員の活動を容易にする。更に無線設備、暗室やトイレを設置して12時間程度地上に降りなくても任務遂行できる。」
「随分、画期的ですね。でも技術的には難しいものばかりです」そう言いながら技術者は眼を輝かしている。
技術屋とは面白いもので、難易なものほどやる気が出る代わり、平易なことには関心を寄せない。
その技術屋の指摘を受けるまでもない。当時の日本では大型の飛行機を飛ばせる技術力がなかった。
「まず、目標をつくることだ。その目標に現実は何が足りないか確認する。
足りないものをどうすれば補えるのか考えて行けば良いのではないか」
正平の考えは目標を決め、そのために何が必要か、そして何ができないかを確認することから始める方針だった。
そしてここでも一番ネックになるのが、エンジンであった。
ライト兄弟が自転車にエンジンと翼を付けて、飛ばせた当時なら小さなものでも良かった。ただ、戦争で使うとなると、機体を金属で覆わなければならなくなる。実際に大戦ではそのような飛行機も開発されていた。
「今後は多少の銃弾を受けても、乗員と機体の安全確保に金属被服は絶対条件だ。だが、当然機体はそれだけ重くなる。そして高速性や急降下、成層圏までの飛行力を望むなら、エンジンの性能は相当高めなければならない」
エンジン技術は欧米に相当遅れている。フォードの技術援助を頼るとともに、国内の自動車メーカーの技術向上に期待するしかない。




