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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
9章 震災
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70話 フォード進出

この小説を書くにあたって、私は西園寺公望や石原莞爾を相当辛らつに表現することになると予測していた。それでプロローグでは西園寺を大徳寺、石原を水野と変えていました。しかし、書き進めていると二人を高く評価しないといけないと感じるようになったのです。

そこでこれから二人を本名のまま書いて行こうと思います。読者の皆様には混乱するかと思いますが、なにとぞご容赦ください。

また36話で水野雄二を登場させていますが、石原莞爾とは全く関係ありません。



25年春、東京の人たちは震災という大災害を受けても早くも立ち上がり、復興の槌音を響かせていた。

そんな中を水野雄二が久しぶりに尋ねてきた。彼は満州に永らく派遣されており、1週間前に日本に帰って来たばかりだ。

彼は士官学校を卒業すると、陸軍大学も卒業したエリートだ。

前に士官学校在学時に、訪問してきた正平に剣道の試合を申し込み、簡単にひねられている。それ以来、いつも「先輩」と呼んでは親しく口を聞くようになった。正平が結婚すると新婚なのも構わず押しかけるずぶとさもありながら二人は気が合った。

二人とも陸軍をいかに強くするかに興味はあったが、出世については無関心だ。周囲が派閥を作り他人の批評をあけすけに言い合う姿に辟易していたのだ。会えば必ず新兵器のことや技術力のことで長談義となる。それが二人とも楽しかった。

今、帰国するや正平がアメリカ人女性と結婚したことを聞きつけ、いてもたってもいられなかったらしい。どんな花嫁か興味深々なのが顔に出ている。

「いやあ、先輩にはもったいないくらいの美人さんですな」相変わらずの口ぶりだ。

「妻の顔を見に来ただけではないだろう。満州はどうなっている?」そんなことに取り合わないでいつもの口調で用件を聞いた。

「芳しくありませんな。現地には不穏な空気が流れており、いつ反日運動に繋がるか分かりません」

「・・・」何も言わず正平はキッと口を結んだ。これまでの水野の分析はほとんど外れたことがない。満州派遣の関東軍の報告よりも当てにできると感じていた。

(関東軍の報告は楽観視過ぎるとおもっているが、やはり治安維持は難しいのだろう)

「お前も、余り無茶をするなよ」水野は独断専行するキライがある、人の話を聞かずにさっさと行動してしまう。その結果の多くは良いことに繋がるのだが、上司の判断を仰がずに進めるやり方にいつも危惧している。

「まあ、その辺は適当にやりますよ」とにやりと返した。


「先輩の状況はどうですか?」水野は少し満州の話をした後、話しを変えてくる。

水野の質問は新兵器の開発を指している。二人はこれまでも陸軍の将来について良く語り合う仲だ。

二人ともヨーロッパの大戦時の状況から、次の戦争は機械化が進み、新兵器が登場するのは必須と見ていた。それは陸軍内部でも共通していたが、具体的なビジョンを持っているのは正平などに限られていた。水野とは新兵器開発話になるのは当然だった。

「フォードがいよいよ日本に進出することになった。」

「いよいよですな」

二人とも日本に自動車産業を興し、自動車やトラックを量産しなくては、戦車や装甲車なども開発できないと考えていた。そのためには日本に自動車会社を設立しなくてはならないのだが、一から自動車会社を設立するのでは時間がかかると思っていた。

「アメリカの自動車会社を進出させよう」それが2人の一致した思いだ。

フォードでも全ての部品をフォードだけで作り出せるものではない。ネジなどの細かいものから車体、タイヤなど様々な全てを作り出すのは不可能だ。いくつかの部品は日本の会社に発注するしかないのだ。そうすれば日本の自動車部品企業が育つだろう。何よりもフォードを真似して、自動車を作ろうとする会社も現れるはずだ。

アメリカに正平が行ったのもその考えからだ。直ぐに実現できなかったが、ようやくフォード進出が現実のものになった。

震災から立ち直るにもフォードの日本進出はありがたい話だった。


「ミスターツカダ。貴方のおかげで日本に進出できました」フォードの日本支配人が開所式に正平夫婦を招いてくれた。

リップサービスもあるが、支配人が正平を感謝しているのも事実だ。

メアリまで招待したのもその表れと言える。正平が訪米して日本進出を働きかけなければ具体的に動きがでなかっただろう。

「フォード車が日本の道を走る姿を早く見たいものです。」正平も支配人を持ち上げるのを忘れない。

「ええ、フォード車で日本の町をあふれさせます」

もう一つ正平には狙いがある。

正平としてもメアリを利用してフォードやアメリカ政府につながりを持ちたいと思っていた。

式典にはアメリカ大使も列席していて、早速メアリを売り込んだ。

「大使。妻のメアリです。見覚えください」

「ええ、お二人の仲の良いことはよく知っています。私にとってもお二人と親しくなりたいです」

既にアメリカは男女同権の考えが強くなっていた。式典などに妻を伴って出席するのは当然と思われている。

それに比べ、日本は「鹿鳴館」などでは女性同伴の慣行があっても、一般社会では同伴の習慣はなかった。

正平が軍人でありながら、メアリを連れてきたことに大使は喜んだのだ。

「アメリカとの友好を私は願っています。」

「勿論私もです。」

その後、正平夫婦は大使の個人パーティに呼ばれるようになっていく。


「君にもアメリカとのパイプ役になってもらうことになるが不満はないか?」正平はメアリに帰宅して聞いてみた。

「あなたの役に立つなら、何でもするわ」メアリはにっこりと答えてくれている。


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