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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
9章 震災
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65話 震災

帰国して、ひと月経たない時、職場で机に向かっていると、突然大きな揺れを感じた。

椅子から転げ落ちるかと思われるほどの激震で、棚から書類が落ちてきて窓から見える木が大きく揺れている。

「地震だ」誰かが大声で叫ぶ。

「誰か、怪我した者はいないか!」揺れが収まると正平は部屋いた部下に問いただす。

「誰も負傷しておりません」

「よし。相当大きかった地震だったと思われる。今から被害状況の確認をする。まず此の階、および建物に怪我人や損壊がないか確認しろ!」

部下たちが散り、正平は電話をとったが、当然ながらつながない。

「塚田中佐。ここには何の被害がありませんでした」部下たちが報告してくる。

それを受けて、本部に入った。

「本部長。3課に被害はありません。他の課の状況はどうですか?」

「いや、お前の所が一番早かった。まだ状況は掴み切れてない」

「それなら、他の課の報告が済み次第、周囲の状況を調べないとなりませんね」

「うむ。お前が外の様子を確認してきてくれ」

陸軍の本部の建物には何の損害もなく、周囲の建物も大きく損壊したものはなかった。だが、下町に行くと、状況は一変し、混乱していた。

丁度お昼時で、当時の炊事場はほとんどが薪か炭であり、火が残っていた。これが倒壊した家屋に燃え広がり、たちまち隣の家に広がっていた。

火災は下町を中心に、100か所以上から発生し、消火活動どころか避難することさえままならない状況になっていた。

「これは大変なことになる」高台にある、火の見やぐらからみると、あちこちから火の手が上がりだしたのを確認すると、正平は直ちに本部長に掛け合った。

「方々から火災が発生し、消火活動は不可能と思えます。倒壊した家屋も多く発生しているので、被災した難民は数万を超える者と予想される。消防や警察では組織立った活動も出来ないでしょうし、被災者の救済にはとても手が回らないと考えられます。陸軍で率先して、被災者の救助と保護、治安の確保に動くべきです。それと同時に、備蓄してある食料、衣料品の供出を考えておかないと混乱します」

正平の提案はすぐに実行に移されることになった。


地震の後の余震もしばらく続き被災しなかった人々にも不安をあおった。まして倒壊して焼け出された被災者にとって、地震からの数日間は生きた心地さえなかった。何よりも身内家族の安否さえ確認できない状況だった。

「おふくろは無事か」「子供はまだ家にいた。生きているのか」

その後ようやく被災状況なども調べ出したが、余りに倒壊し焼失した家屋があり過ぎて、下敷きになった犠牲者や火災で亡くなった数は掴み切れなかった。倒壊した家屋で死んだ人よりも焼死した人が多かったとも言われるが、正確な数字は最後までなかった。おそらく関東大震災で10万5千人が犠牲になったと言われている。


それでも陸軍はく、災害現場に急行し、対策に当たっていた。これは軍隊組織の特徴だろう。

警察や消防署もそれなりの活動を始めたが、被害があまりに広がり、現場が混乱してしまっていた。これは後の評価であるが消防や警察は対応が遅かったと言われている。警察や消防の組織ではこれほどの大規模な災害を考えておらず、指揮系統が混乱するのはある意味当然でもあった。

それに比べ軍隊は戦争を想定して組織されており、どのような混乱が起きても指揮系統の乱れはゆるされない。今回の震災で軍関係者にも死傷者が出たが、それによって指揮系統の乱れることはなかった。

「火事で焼け出されたもの、怪我人などを救助しろ!騒ぎを起こす奴がいたら連行しろ!」陸軍はいち早く、現場に駆け付け、現地の騒乱を鎮めていった。

この措置により、小さないざこざや喧嘩騒ぎは起きていたが、騒動に繋がるような略奪騒ぎには発展しなかったのは事実だろう。


地震から数日たつと被災者の救援活動は少しずつだが、行われるようになっていた。

動きの遅かった警察と消防も組織が立ち直り活動を始められるようになって、治安対策、救援活動は任せられるようになった。

炊き出しなども行われ、救援物資も各地から集めるようになっていた。

地震から数日たつと人々にもようやく不安の影が取り除かれ、復興に立ち上がる姿も見え始めるようになっていく。そして焼け残った資材を使って、バラック仕立ての掘っ立て小屋を建てる者もいた。ただ、このようなやり方は無秩序で、計画がなく、通路の確保もままならないまま建てられることが多く見られた。そのような場所ではスラム化の懸念も持たれていた。

役所も救援活動に忙殺されており、住民の寝泊まりのことにまで手が回れないのが実情で、被災者の勝手にさせていたのだ。


陸軍においても被災者の住居より「安全確保」それが大優先された。

「危険な物は撤去する」この方針が取られることになった。特に地震により倒壊こそ免れたものの、破損の大きな建物の使用は禁止する方向に動いた。

その象徴になったのが「十二階」爆破撤去だった。

十二階とは明治20年に浅草に建てられた凌雲閣のことで、12階建てで、エレベーターにより高層まで上がり眺望を楽しむこともできるので、東京のエッフェル塔とまで呼ばれ賑わっていた。ただ、明治末になると眺望だけでは満足されなくなり客足が鈍り、次第に経営難になり、やむなく銘酒屋などを入れるようにした。銘酒屋とは表看板で、裏では私娼がたむろする店である。「十二階の女」と言えば当時は娼婦を指す言葉にもなるほどだった。ここが震災のため、傾いて倒壊の危険性を指摘されてしまった。

陸軍はこの「十二階」を爆破し撤去したのだ。良いつけ悪いにつけとかく評判だった「十二階」が消えた。

「十二階」爆破は人々に震災の恐ろしさと陸軍の行動力を示すものでいつまでも語り継ぐ出来事として記憶されることとなった。


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