62話 欧米視察
日本国内においてはシベリア出兵が未だにくすぶり続けている。
その間、新兵器の開発に熱意を傾けながら、正平は淡々と自分の仕事をこなしていた。
「軍人は与えられた使命を着々とこなすのが任務だ。政治のことには口出すべきではなく、まして人事についてとやかく言ってはいけない」それが正平の信条だ。
山県の葬儀が終わって、他人の中に入る気分になれないので、代わりに桑原に挨拶に行くことにした。
「山県さんが亡くなっても、いろいろ言う奴はいる。そんな席で酒を飲んでも上手くはない」
桑原もすでに60を大きく超えて、体が小さく見えるようになっていた。
(桑原さんも御年をなられたのかな)そんな懸念を持つ。ただ、桑原はしっかりと日本の将来を見据えていた。
「山県さんのことは残念だった」政治信念が近かっただけに言葉には実感がある。
そんな感傷に少しふけった後、桑原が切り出す。
「お前もそろそろ結婚した方がよいのではないか。良子さんのことは忘れられないだろうが、お前はこれから重要な立場になるだろう。家を守る人が必要だ」
正平は妻の死後、ずっと縁談話を断り続けていた。その心情が分かる桑原はそれまで一度も言い出してこなかった。
「はい。そのことは考えております。ただ、まだ、良子のことはなかなか忘れられなくて、分切れません」
縁談話を一度受けると次々に舞い込むものだ。
その中には断り切れなくなる縁談も出てくるだろう。ただ正平としては良子への思慕が強く残っている間は、結婚に踏み切れないと考えていた。
桑原もその心情を察しそれ以上、縁談話はしなかった。
「日本陸軍の近代化がお前の信念だな。今後の活動をどのようにするつもりだ」
「まず欧州に行って、大戦の実情を詳しく調べたいと思っています」
大戦において、多くの新兵器が開発された。それは自動車や飛行機などが実際に使われたことを意味する。アメリカ留学ではまだそれらが軍事用に使われるのは遠い先と思っていた。それが、あれほど故障だらけで使い物にならないと判断していた、自動車が主力までに成長した。わけても戦車の登場は衝撃だった。
それまで塹壕に深く潜っていれば絶対安全だと考えられていた。塹壕の中では銃弾も飛んで来ないし、それでいながら敵が近づけば容赦なく銃撃して撃退できた。塹壕は鉄壁の守りと考えられていた。それが戦車の登場により一変されてしまう。戦車にいくら銃撃を浴びせても悉く跳ね返されるばかりか、戦車は塹壕の上を踏みつぶす荒業までしてきた。塹壕に籠る兵士にとって戦車は脅威そのものとなった。土を掘っただけの塹壕ではもはや戦車に太刀打ちできなった。
戦車と言う新兵器が戦法を変えてしまった。
加えて飛行機の開発は目覚ましかった。空からの攻撃に地上からはほぼ抵抗できない。飛行機に対抗するには飛行機でしか対抗できなかった。大戦で、今までなかった兵器が投入され、それまでの戦い方が一変した。
正平はどのような兵器が使われ、戦略が変わったのか確認したかった。大戦中にはこの目で新兵器の威力を早く確認しておきたかった。
ただ、シベリア出兵と良子の死が重なり公私ともに多忙となり、おまけに田中陸相からは煙たがられてしまった。
下手に「新兵器の査察のために海外出張したい」と言い出せば、何年も海外に飛ばされかねなかったのだ。おまけに行き先は大戦とは関係のない、新兵器を目に出来ない南米と言うこともありえたのだ。
そのような立場で黙々と仕事をこなしていくと、とうとうシベリア出兵の撤退の話が決まり、更に田中陸相も辞任している。
ようやく海外出張を言い出せるようになったと判断した。
桑原もそのことは理解してくれた。
「それなら、ひと月と言わず、半年ぐらいの長期出張を考えてみればどうか」逆に桑原から提案されてしまう。
正平は新兵器を見るだけならひと月もあれば良いと考えていた。そんなに長く日本を留守にして良いものだろうか。
だが桑原の見解は違っていた。
桑原は「世界連盟が成立するなど、世界は目まぐるしく動いている。国内で仕事に忙殺されるよりも、世界を広く見て来い」と言ってくれたのだ。
「お前には軍人としてだけでなく、世界情勢を視野に入れて活躍してもらいたい」
原内閣末期にワシントン会議が開催され、日本も招待され、そこでは軍縮が議題となり、さらに太平洋の国際問題も協議された。
シベリア出兵と合わせ日本は反革命政府を極東などに擁立しようと目論んでいたが、アメリカはこうした反革命政府を一切認めなかった。
それどころか日本はシベリア撤退を公約するはめに追い込まれる状況になっていた。
シベリアに出兵した国で日本だけが今もシベリアに駐留を続け、そして日本だけが非難され、撤退を公約することになったのだ。
「日本は英仏の要請でシベリア出兵を決めた。それが今や批判にさらされている。日本政府の不手際は明らかであるが、それよりも国際状況の変化についていけなかったのが大きい。外国は昨日言っていたことを、今日はひっくり返すことも平気でやる。そんな外国と付き合うのなら国際状況を見誤らないことは何より重要だ。世界の動きを注視できるよう目を養っておいた方がいい。お前は15年前にアメリカを見てきた。そのアメリカがどうなっているのかも必要だろう」
正平は大戦後の欧州の他に、アメリカにも足を運ぶことにした。




