56話 性病
パルチザンはシベリア全土に日本軍が散ったところを狙って、密かに集まり施設などを破壊し、少数の部隊に奇襲を掛けたりした。勝利すると、すぐ撤退するので、捕まえるのが難しかった。日本軍はパルチザンとイタチごっこをしていた。
パルチザンを追い詰めようとして、逆に地の利をよく知るパルチザンに包囲され、全滅する事件もあった。
偵察小隊が村に入った時、そこには多数のパルチザンがいて44名が戦死、これを救助に向かった大隊も逆に包囲され150名が戦死したのだ。その後も、次々と救援に向かった部隊も包囲され、全滅した。
このことはシベリアに行った兵にも知れることになり、先の見えない戦いで日本軍のモラルは低下していく。
そして日本軍は反撃を開始するのだが、パルチザンと住民の区別のつかない軍隊は、銃を住民向けることになった。
イワノフカ村という場所では見せしめのため、290名が殺されたと言う。
その後。この地には慰霊碑が建てられた。
日本兵の悩みはシベリアの厳寒やパルチザンだけではなかった。
「今日で命が潰えるかもしれない」そう思うと兵士は不安に駆られ一夜の夢を女体に求めた。
シベリアの町ブラゴヴェンチェスクでは「日本の売春宿が20数件軒を連ね、ロシア人のものも3,4ほど混じり、遊郭街を形成している。売春婦の数およそ200人」いたとされる。これだけあったことはそこに通った日本兵も多かった。
「売春の値段は驚くほど高く、1時間4円もした。これは日本兵給与の40日分にも相当したのだ。しかしそれでも将校も一般兵も『明日おも知れぬわが命』という不安におびえ、売春宿の門を潜った。
そして売春すれば性病に罹りやすい。
病院においては「患者の中で、3分の一が梅毒患者」であった。
当時の売春宿の女性は性病の検査をほとんど受けていない。一人が性病を持ち込んでも放置されている状態だ。当然日本兵士の中に性病は蔓延する。
そして性病は、戦場での負傷と違って、不名誉なこととされる。軍隊では「3等症」とされ最大の恥辱であった。性病に罹っても秘密にする兵士もいて正確な数は掴めない。広く深くそして隠されていただけ、深刻な問題だった。
梅毒についてはサルバルサンという日本人も開発に携わった治療薬も開発されていたが、ペニシリンなどの抗生物質はまだ誕生されてない。感染の有無検査も05年に見つかり、その後ワッセルマン反応と言う手法が検査に利用されるようになったが、擬陽性も多かった。より信頼性の高い検査は30年になるのを待たねばならない。
売春婦の健康管理は重要な課題でもあって、陸軍でも性病管理を考えていたようだが、技術的に克服は困難な面もあった。
それだけに兵士には「売春宿に行くな」と諭したが、モラルが低下した兵には効き目がない。
正平もこの事態は重く見ていた。
「パルチザンは住民と協力している。これをどうやって切り離すかが成功につながる。
日本兵に住民を殺害させてはならない。もしそれが必要になるなら、他国の軍隊か、反革命派にやらせるべきだ。
住民に日本兵は敵だと思わせてはならない」
「住民に日本軍は生活を良くしてくれる軍隊と思わせないとならない。それには住民が悩んでいることを解決するのがいい。住民たちも日本兵と同じように、寒さ対策、食料不足に悩んでいるはずだ。
住居の提供はできないにしろ、食料なら配れる。
それに教会だ。革命では宗教は排除されている。でも住民には信心深い者が多くいる。教会に近づいて住民との距離を近づけるのもあるのではないか」
「パルチザンの活動は憂慮しなければならないが、まず兵士の環境を良くするのが先だろう」
やはり結論は、前の話と重なった。
「兵士の環境を良くしてやらないと、兵隊のモラルが低下して殺獏となる。病気が蔓延するのも、兵隊たちが他にやることがなく女をかうことしか興味がもてないからだ。戦場は勿論だが、宿舎の環境こそ優先して考えなければなければならない。
安心して休息できる施設、それをどのように整えるかが課題だ。」
正平の描いていたのはアメリカで見た陸軍基地の広大な敷地に広がる娯楽施設だった。
「陸軍士官学校にさえ、運動場ばかりかスキー場や射撃場があった。スキー場など基地をシベリアなどでは、簡単に作れる。そこを走らせれば兵士の憤懣は和らぐ」
ではそんな基地を作るにはどうするか。
シベリアなら広大な土地なら手に入る。問題は基地が広がればパルチザンの侵入を受けやすくなることだ。
「基地を取り囲む様に、金網と鉄条網張り巡らさないとならないな」
「兵士の女通いをさせないようにするには宿舎に娯楽施設を入れるのが効果的だろう。
温泉設備や、遊技場など完備すれば、兵たちも基地の外には出向かなくなる」
今すぐ、実現は不可能でもシベリアで起こっている問題を分析して、解決策を考えていくのは今後重要になって来る。
正平はシベリア出兵が失敗に終わるかもしれない不安を持った。
もし失敗した時のことを考えて、原因を突き止め、解決策を考慮しておくべきだ。二度と同じ間違いをしないためにもどのようにしていくか、具体的な計画案を考え始めていた。




