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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
2章 少年期
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5話 正平、大志を抱く

この作品は私の妄想から生まれたもので、くれぐれも史実とは違うとご不満されないようにお願いします。正直作品の9割は私の妄想より生まれたものばかりです。それだけをご承知の上でお読みください。

塚田正平が世の中の理不尽に怒り、これを質したいと強く思ったのはまだ少年の時だった。

正平9歳の時、忘れもしない出来事が起きた。

父に連れられ3つ違いの弟と釣りに出かけたときだった。のんびりと伊豆の街中を歩いていると、前から猛然と馬車が迫って来て、父は息子達をかばうようにして慌てて道端にどいた。

通り過ぎた馬車は速度を緩めることなくそのまま通行人をかき分け走っていく。

「やべーぞ」「あぶねー!逃げろ」通りが騒然とした。

通行人が馬車の先から慌てて飛びのいていたが、その先には幼子を背負った子守女が立ちすくんでいた。目の前に走ってきた馬の勢いにおびえ、その女の子は逃げることさえ考えられなかったようだ。

「どー、どー!」あわやと思う寸前、御者は手綱を引き絞りなんとか子守の前で停止した。

「わーん」子守と赤ん坊が同時に泣き出していた。女の子は恐怖でもう腰が抜けてしまっている有様だった。


「なんということか」憤然として父親は御者に文句を言いに走り寄っていた。

「乱暴ではないか」血相を変えて御者に声を荒げた。傍にいた大人達も同様に声を上げる。

「ふん、こちとら急いでいるんだ。邪魔だからどいてくれ」御者は悪びれることもなかった。

「なに!」父親はさらに詰めよろうとした。

その時だった、馬車の窓から乗り出すようにして銅色髪の赤ら顔の男が窓から乗り出した。


馬車の主人が外人だとわかると急に父親や周囲の大人たちが口ごもりだした。父親が御者の無礼を質してくれると思っていた正平にも父親の顔つきの変化が分かるほどだ。

その外人は何事が起きたかというように窓の外に顔を出して見渡し、別段問題もないと判断したのか「ゴー」と命令した。

「先を急いでいるんだ、何か用でもあるのか」御者はこれに勢いづいたのか、かさにかかってきた。

「いえ、そうではない」

「じゃあ、そこをどいてくれ」

「あ、それは失礼した」慌てて、父は馬前からどいた。

「ふん」と言って馬に鞭を入れた御者はそのまま立ち去って行った。


確かに誰もケガはしなかった。しかしあんなにも乱暴な運転をしなければ、通行人も整然と道をあけられたはずだ。危うく子守と赤子は大けがを負いかねなかった。それなのに御者も中の外人も通行人を心配する気配さえなく、御者に至っては外人を乗せて運転していることを自慢顔であった。「虎の威を借る狐」正平はそんな言葉が浮かんだ。

何より悔しかったのが、父親の態度だった。何で父が御者風情に頭を下げなければならないのか。


『理不尽』という言葉をまだ正平は知らなかった。ただ周囲の大人たちが外人に主人顔されても当たり前になっていることに釈然としなかった。

親子3人で釣り場に来ても心のわだかまりは晴れなかった。その日に限って魚のあたりはよく、父親はいつにもない釣果に大満足で、弟までもはしゃいでいた。正平の釣果も多かったが、さっきのできごとに少しも胸のわだかまりはなくならなかった。

「このままではだめだ」夕食の後、布団の中で正平はつぶやいた。


かつてこの地は天領で、幕府より派遣された代官が行政を担い、父親は代々続く小役人の出だった。25年前に起きた改新で政治体制が大きく変わり、この地にも新政府により、以前から役所人事は一新された。祖父の代で一度は役人の地位を失ったが、父が役人に採用され一家はそれなりに生活できていた。父が役人になれたのはそろばんが達者で数字に明るかったことによる。他の昔武士だった者達が碌を失い極貧甘んじている中、役人になれた父親は幸運であり、それを誇りにしていた。家の中での父親の威厳は高く、全ての決まりは父親だ。

そんな父親が御者風情にへいこらして姿は衝撃だった。父親に憧れ、いずれはこの地の役人となり暮らす。そんな子供の夢が無残に砕かれていた。


正平は父親の前で不満の顔を出すことはできず、布団の中で煩悶した。

「父と同じになってはいけない」正平は固く誓った。

それではどうするか、子供の正平には具体策などなかなか浮かんでこなかった。ただもっと勉強して偉くなる。それだけしか思いいたらない。

勉強するならなるべく偉い先生に教わることだ。なんとなくそう考えついた時に、この近くで一番の知識人と思われる人物が浮かんだ。

以前母との会話で東京から偉い役人が療養にこの地に来ていることを知っていた。母の姉が宿屋の女将をしていて、母がよく手伝いに行っていたことから、療養にきていた人が政府高官の役人だと聞き知っていた。偉いお役人ならきっと立派な人物だろう。その先生に学問を教わろう。正平は布団の中で決意した。


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